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『宿命の右腕 』
久住・良平2381

 その日も、久住・良平(くずみ・りょうへい)はいつも通りに、近所の小学校へ向かっていた。
 途中、ペットショップに立ち寄って在庫を切らしていた餌を買い、見慣れた校庭の角に咲く花々を眺めながら、中庭の隅に置かれた小さな小屋へと足を運ばせた。
「あれ……?」
 いつもと違う様子に良平は目を瞬かせる。点々と続く血の跡に眉をしかめつつ、良平は恐る恐る小屋の中を覗き……絶句した。
 視線に飛び込んできたのは一面血に染められた床と、血の海に転がっている元の原型をとどめていない白い生き物の固まりだった。よく見るとまだ細かい痙攣(けいれん)をしているものもある。
 腐敗の始まった肉塊特有の臭いにこみ上げてくる嘔吐感をなんとか飲み下し。良平は震える手でウサギだった固まりに手を伸ばそうとした。
「せんせー、こっち! こっちだよー!」
 校舎の方から子供の声が聞こえてきた。
 体育教師らしき男性を連れた子供達が小屋へと駆け寄ってきている。
 彼らは良平の姿を確認し、小さく声をあげた。
「良平お兄ちゃん……」
「……これ、最初に見つけたのは誰だ?」
 子供達の輪の中から小さな手があがる。涙をいっぱいに瞳に浮かべた少女は嗚咽まじりに、震える声で言葉を紡ぎあげた。
「朝ね、お水交換してあげようと思って、急いで学校に来たの……そしたら小屋の中が真っ赤で、みんな動かなくて……」
 感情を抑えきれなかったのか、少女は涙を頬を伝わらせて、胃の中の物を吐き戻した。教師はあわてて彼女に駆け寄り、そっと背中をさすってやる。
「それで、犯人の特定は?」
 子供達は互いを見やり、肩をすくめる。
 最近の小学校は誰もいない時間はもちろん、授業の時間でも不審者の侵入を阻むために、扉が固く閉ざされている。学校の中には警備員まで雇い、監視しているらしい。この小学校は警備員までとはいかなくとも、面識の無い人間以外は自由に学校を出入り出来ないように立ち入りの制限はしている。生徒達に面識がある良平でさえ、日中の昼間にしか出入りが出来ないのだ。
「朝一番の用務員が見た時は異常なかったそうだ。犯人がいるとすると……残念ながら、この学校の関係者ということになるのだろうな……」
 ぐったりとする女生徒を抱きかかえながら、男教師は渋い表情をさせる。
「あの、良ければとりあえずこのままにしておいて、俺が見張ってましょうか? きっと……こういうことしてる奴って、様子をみにまた戻ってくると思うんで」
「ああ、そうだな……我々も授業があるし……君の方は大丈夫なのかね?」
「今日は入試試験で休みですし、俺も……こいつらを殺した犯人の顔を拝んでおきたいですから」
 冷静を装っていた良平だったが、その瞳は怒りを潜ませていた。震える右手を押さえ、ぎゅっと唇を強く噛み締める。
 良平の熱意を汲み取り、教師は小屋から少し離れた教室を監視場所として提供した。
 小学生からの差し入れを有り難く受け取り、良平は長期を覚悟で小屋の見張りを始めた。
 
 下校時間も近付き、日が傾きはじめた頃のことだ。
 不意に現れた人影がゆっくりとした足取りで小屋へ近付いてきていた。こちらからは逆光になっているため、相手の顔がはっきりと確認出来ない。だが、その服装に良平は眉をひそめた。
(用務員さん……?)
 こんな時間に掃除にでも来たのだろうか。だが、今の時間ならばそんなことをしてるよりは下校する生徒達の見送りのほうが大切のはずだ。
 様子を伺いつつ、良平は足音を殺して用務員の背後に近付いた。
 用務員は腰に下げていた鍵束から小さな鍵を選びだし、小屋の錠前へ差し込む。きしむ音を立てて開け放たれた扉の前でしゃがみ込み、彼はそっとウサギの肉塊を拾い上げ……迷うことなくそれに噛み付いた。
 ピチャピチャと嫌な音を立てて、用務員はウサギをむさぼりはじめる。ふと、小屋の外にあった嘔吐の跡に気付き、彼は鼻をこすりつけんばかりに近付けてその香りを嗅いだ。
「……化け物めっ!」
 良平は握り固めた右拳を思いきり用務員に叩き付けた。
 鈍い音を立てて、まりのように用務員は地を跳ねていく。
 追い打ちをかけるように駆け寄った良平の左足を掴み、人ならざる腕力で用務員は良平を逆さ吊りにした。肉に食い込む痛みに耐えながら、良平は身体をひねり、変化させた獣の右腕で用務員の腕を握り潰した。
「ぐあぁあっ!」
 背に不快感を感じさせる、くぐもった叫び声をあげて用務員だった生き物はその場にうずくまった。
 解放された左足をさすりつつ、良平はじろりと生き物を睨みつけた。
「……お前何者だ……? 餌が欲しいから狙ったのか? それとも単に目に入ったから襲ったのか?」
「……ぐっ……」
「人の言葉しゃべれるんだろっ、なんとか言えよっ!」
 首をわしづかみにし、良平と同等の大きさをした人間を片手で掴みあげた。
 その時。
 視線を感じ、良平はゆっくりと後ろを振り返った。
 そこには怯えた表情をした子供達の姿があった。
 恐らく差し入れと様子を伺いに立ち寄ったのだろう、それぞれの手には菓子やら遊び道具やらが握られていた。
「あ……」
 とさり、と用務員を降ろして、良平は数歩彼らに歩み寄ろうとした。
 ビクッと全身を震わせ、子供達は叫び声をあげて一目散に逃げていった。
 ショックを隠しきれず、半ば放心状態で良平はその場に立ちつくした。
 その隙をついて逃げ出そうとする用務員の背に素早くかかとを落とし、良平は深く息を吐き出す。
「……おまえのせいで、バレたじゃないか……どうしてくれるんだ?」
 半目で睨みつけ、良平は獣化した右腕を用務員の顔に近付けていった。
 
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 数日後、用務員は自主退職させられ、新しい用務員を雇うこととなった。
 子供達のショックがまだ抜けきれないため、小屋は解体させられ、当分の間生き物の飼育は禁止と相成った。
 当然、小屋の動物達の飼育を手伝うという名目で学校に訪れていた良平は、小学校に堂々と入ることが出来なくなってしまった。それ以前に、良平を見ると一目散に逃げていく子供達の姿を見る度心が痛み、いつしか良平は学校へ近付かなくなっていた。
「さすがにアレを見ちゃ……普通は逃げるよな……」
 寂しげな微笑みを浮かべ、良平はじっと己の右腕を見つめた。
 
文章執筆:谷口舞
PCシチュエーションノベル(シングル) -
谷口舞 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月06日

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