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『階段 』
瀬川・蓮1790
―――新宿。
 そこが、彼らストリートキッズのホームである。光は差し込まず、闇だけが照らすその空間は人目を避けた場所にあり、まるで子供の秘密基地のようだ。
 笑い声が聞こえる。溜まり場となっている路地裏に数人のストリートキッドが集まっているのだ。談笑したり情報を交換し合ったり、仲間とのコミュニケーションに興じている。

「はあ…」
 一人のストリートキッドが溜息をつく。覇気が足りない。表情は困っていると言うよりも戸惑っていると表現した方がよさそうだった。そんなストリートキッドを怪訝な表情で見つめていた一人の少年が彼の前に立つ。
「なにか悩み事?」
 瀬川・蓮(せがわ・れん)はストリートキッズのヘッドだ。
 蓮の呼びかけに気づくのに数秒ほど掛かった。ストリートキッドは躊躇していたが、じきに事情を話し始めた。蓮はその話を黙って聞く。話し終わるまで一切、質問はせず、ただ黙然としていた。
 話が終わると蓮は微笑んで、そのストリートキッドの肩を叩いた。彼の悩み事は恋愛に関することだった。蓮は仲間に恋愛を禁止してはいない。恋愛は一種の病気だと形容されるが、悪い病気ではないのだ。
 照れながら話すストリートキッドの表情は嬉しそうだった。悩み事は人に話すだけで解消することがある。自己の主観的な判断に、他者の客観的な意見が加わると、勇気が生まれるからだ。他人の意見は、実行せずにうじうじ悩んでいる己の背中を押すのである。

 蓮はストリートキッドとの会話を終えると、路地裏のさらに奥にある階段に腰を下ろした。その階段の上に何があるのかは知らない。だが、この場所はお気に入りで来る。路地裏の中で少しだけ高い場所。そこから見える世界の風景は、未知の世界のように思えるのだ。
 仲間が恋をした。それは良いことだと思うが、蓮は同時に淋しくも思えた。二律背反した感情を抱えていると、どうも不安定になりがちだ。そんな時、ここへ来るのだ。いつもとは少し違う角度から見た世界。別の角的から物事を推し量ると、いつもなら絶対に思いつかないようなことさえ閃くのだ。
「あ、またここにいたんだ」
 さっきの彼とは別のストリートキッドがやって来た。蓮は「お気に入りなのさ」と呟くと空を見上げた。蓮の隣にストリートキッドが座る。よく見ると、一段下だった。
「みんな、騒ぎ疲れて寝ちゃったみたいだよ?」
「あはは。まあ、ここは簡単に人に見つかるような場所じゃないから。でも、風邪でも引かなきゃいいけど」
 蓮が朗らかに笑う。隣に座るストリートキッドが背伸びをして、そのまま後ろに倒れた。だけど、段差が背中に違和感を与えたのかすぐに起き上がった。
「蓮は恋をしないの?」
「え?」
 蓮は急な質問に面食らった。こういう質問をされたことが今までになかったからだ。蓮はしばし考えた。いや、考えたと言うよりは言葉を選んでいたというべきか。
「別にボクは恋をしない訳じゃない」
 少し遠まわしに答えたがストリートキッドは意外そうに「へえ」と呟いた。
「でも、こう思ってもいるよ。ボクが恋をしたとき、ボクは大人になる。その時、ボクは裏社会から離れて、光の当たる道へ戻るだろう。平凡な一人の大人の男になるのさ。ピーターパンにとって特別な存在になってしまった女の子は争いの種にしかならないから。本当に女の子のことが好きならばピーターパンは子供の世界を捨てるはずさ」
 蓮は立ち上がり、階段の上方を見つめた。この階段を上るのは裏社会から離れる時だ。そういう意味なのだと蓮は思っている。

 数日が経過した。このところ、あの日、相談を受けたストリートキッドの姿を見ていない。すぐにそれがどういう意味なのかを理解することが出来た蓮は、あの階段を見上げて淋しそうに微笑んだ。だが、すぐにその淋しそうな表情は優しい表情へと変わった。
「素敵な恋をしたんだね、小さなピーターパン」
 蓮は目を細めて踵を返した。
 後方にある階段はまだ蓮が駆け上がるものではない。
 いつになるのかは蓮自身にも分からない。
 今はまだ、少しだけ暗い闇の世界を生きていくのだ。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
周防ツカサ クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月05日

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