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『リベンジと言う名の無謀 』
本郷・宗一郎2361

 間欠泉。

 間欠泉とは、熱湯や水蒸気を周期的に、断続して噴出する温泉の事である。日本では珍しく、アメリカのイエローストーン国立公園のオールドフェイス間欠泉などは世界的にも有名である。

 が、温泉と名はついていても、大抵は高温の熱湯を吹き上げるものばかり。確かに三十五度前後の湯を吹き上げる間欠泉も存在はするが、少なくともこのあやかし荘に沸いて出た間欠泉は、真水ではなく若干混ざりものがある故に沸騰温度も摂氏百℃以上になると言うツワモノの湯、まず言える事は人が入る為の温泉ではないと言う事だ。少なくとも、通常の思考能力を持った人間なら、だが。
 だが、そんな間欠泉へと続く廊下の入り口に、『男湯』の看板が掲げられている辺りは、あやかし荘ならではと言うか…ここでは男の存在意義は全く(←太文字)なく、その生命の価値は殆ど皆無(←太文字、且つ四倍角)なのだから、致し方ないと言えば致し方ない。

 あやかし荘では、女性が法律である。

 が、ここに、その間欠泉に勝負を挑もうとする果敢なる日本男児が存在した。女尊男卑のあやかし荘にあって、その地位の改善を望むのではなく、無理難題が山ほど詰まった、そのままの環境で、あくまでオレ流で生き抜こうとする男の中の男。その心意気は大抵は徒労と終わる事が多いのだが、それを過ちと捉えずに次なる己への試練と受け止める男。…と言えば、格好いいが、裏を返せば、単なる学習能力の無い懲りないヤツだと言う事になるが、それはまぁそれ。ともかく、本郷・宗一郎はあやかし荘の男湯、完全なる間欠泉に挑むべく、日々厳しい特訓を己に課し、今日と言うこの日を迎えたのであった。

 「……とうとう来たぞ、…間欠泉よ…見ておれ、貴様の息の根、今日こそは止めてみせようぞ!」
 どうやったら間欠泉の息の根を止められるかは深く問わないでおくが、以前、同じようにこの温泉に挑んで完敗した宗一郎にとって、ここは我がプライドをズダズダに引き裂いた、憎い仇なのである。
 男湯の入り口には、『入浴時には下着若しくは水着着用の事』なる注意書きの看板が立っている。元より、入る事の出来ない温泉にそのような看板が立っていると言う事自体、ナンセンスと言うか嫌がらせと言うか。だがそれを律儀にも守ってしまう辺り、やはり宗一郎は古き良き時代の人なのだろうか。宗一郎愛用の、下着であり水着にもなる、これまた古き良き時代の知恵、オールマイティ肌着の褌をきりりと締め直し、今まさに男湯の引き戸を開けんとしているその時である。

 「……なにをしておるのぢゃ、あの爺は」
 呆れたような声で呟いたのは嬉璃だ。何かのアヤしげな気配を察して廊下へと出てみれば、褌一丁で気合を入れる宗一郎の姿が目に入ったのだ。その格好、そこの場所、それらから鑑みれば、奴が再び間欠泉に挑もうとしている事は誰の目にも明らか。嬉璃は思わず深い深い溜息をついた。
 「…ったく……何故にこう、迷惑ばかり掛けるんぢゃ、この一族は……仕方がない、わしが監視するしかないのぅ」
 危険ぢゃからな、と付け足した嬉璃であるが、その危険とは宗一郎が火傷をするからとか怪我をするからとか言うのでは決してなく、宗一郎が暴れて間欠泉が溢れ出ると自分達に火傷の危険があるからとか、そうなると後片付けが大変だからとか(尤も、実際にそう言う事態になれば、片付けるのは勿論男性陣であるが)そんな、あくまで自分達本位の事情なのであったが。
 嬉璃は、男湯の引き戸を開けて中へと突入していく宗一郎の後を追って、自分も男湯の脱衣所へと入っていく。如何に入浴不可能とは言え、一応は男湯に女が入っていく事の後ろめたさとか恥じらいとかは、今の嬉璃には全く無い。それは嬉璃に貞操観念がないと言う訳ではない。あやかし荘に於いて男性と言うのは、そこらのワンコやニャンコとほぼ同列の生き物と言う認識しかないからであった。
 それはともかく、宗一郎は背後に嬉璃が控えているとも知らず、仁王立ちのまま脱衣所から浴場へと続く引き戸をがらりと開ける。すると、一気にもうもうたる白い湯気が、宗一郎の視界を奪った。どうやら、たった今、百度以上の熱湯が吹き上がったばかりらしい。妙なところで慎重な宗一郎は、そのままの姿勢で暫し待つ。すると、冬の寒い気候故、間欠泉が吹き上げた水蒸気は瞬く間に冷えて水滴と化し、その場の視界もクリアになった。岩場の向こうにある、僅かばかりの湯溜まり。その横に、一応湯と水の蛇口が設置してあり、椅子と湯桶が置いてある辺り、念の入った嫌がらせである。が、男の目にはそんな細かい事なぞ目に入らなかった。その視線はただひたすらに湯溜まりの中央を見詰めている。ボコ、と大きな泡が時折沸く、間欠泉がまさに吹き上げるそのポイントだけを。
 「いざ……勝負ぅう〜!!」
 「本当に挑むか、この戯けが―――!!」
 今にも噴出さんばかりの間欠泉目掛けてダッシュを掛ける宗一郎の、褌の端を掴んで嬉璃は引き止めようとする。が、当然、そんな事が起ころうとは想像もしていなかった宗一郎、と言うか、マジで熱湯風呂に入る気満々だった宗一郎故、ダッシュも本気の勢いだった。が、嬉璃の握力も相当なもの。つまりは宗一郎は、そのダッシュのエネルギーを正しく利用する事が出来ず…塞き止められたそれは、褌の結び目を支えとして円を描く事で消費されていく。まぁ簡単に言えば、宗一郎は駒のようにくるくると水平方向に回転をし始めたのである。
 「……おお、いつもより多く回っておるな」
 「な、……何をするのじゃ、嬉璃殿〜!ご、ご無体じゃ〜!!」
 その凄まじい勢いの回転の中、よくもまぁ元凶の嬉璃の顔を見分けられたと感心する事しきりだが、それ以上に、その回転速度の目にも留まらぬ速さに息を呑むものがある。
 「説明せねばなるまい!」
 何故か嬉璃がカメラ目線で、こちらに向かってびしっと指差す。
 「宗一郎殿の褌は彼の故郷、越後ゆかりの越後褌ぢゃ!越中褌の二倍の長さがある為、回転速度も並みではないのぢゃ!」
 「そ、そんな説明は後でよい!た、助けてくれ―――!」
 「案ずるな、宗一郎殿。何事にも始まりがあれば終わりがある。それが万里の理じゃ。如何にその褌が長かろうと所詮は人の手によるもの、いつかは終わりが……」
 嬉璃の言うとおり、終わりは必ず、そして唐突に訪れるものである。褌は全てを解き終わればそのままただの布と化して下へと落ちる、そして結果、褌一丁の宗一郎−褌=褌無しの宗一郎、つまりは………。

 「ぎゃあああああぁぁあぁ!!」
 その悲鳴は、嬉璃のものであったか宗一郎のものであったか。いずれにせよ、この一件であやかし荘における、男性陣の地位が向上する事なぞ、勿論あり得なかったのであった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2004年01月05日

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