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『八年後の餌付けと現在の悲劇 』
悠桐・竜磨2133)&加賀・沙紅良(1982)&真柴・尚道(2158)

 ひそひそと囁かれる声は人数が多いだけに内容は聞き取れずとも大きな雑音として耳に届く。
 その噂話の対象としては真に耳障りな雑音だ。
 さて中華街とか言う老若男女入り乱れて集う界隈でそんな不躾な噂話が何故まかり通っているのかといえば。
 無論のこと、その対象に全く責任がないわけがない。というよりも圧倒的多数から見て当然の事柄であるがゆえに、こんな騒音ともなるほどのひそひそ話が生まれるのである。
 というわけで、
「なあ、俺たち思いっきり浮いてないか?」
 悠桐・竜磨(ゆうどう・かずま)は居心地悪げに身じろいだ。黒系のジャケット姿だが妙に立ち居振舞いが芝居がかっていると言うか仕草が綺麗だったりするのは、まあ職業故だろう。本職は学生なのだが。
「そうか?」
 と意に解した風でもないのは真柴・尚道(ましば・なおみち)。彫りの深い顔立ちは見るからに日本人ではない。実際はインド人との混血で、挙句破壊神の転生という難儀な存在である。服装は皮ジャンにレザーパンツと少々柄の悪い印象もあるがまあまともである。
「んなことより、さっさと飯食いにいこーぜ?」
 二人を見上げて頬を膨らませたのは加賀・沙紅良(かが・さくら)。背景は置いておくとして、外見は見事な幼女である。
 服装がまた奮っていた。中華街で、しかも店員などならそう浮きもしなかろうが、チャイナドレス姿である。尚道が贈ったものであるというが、贈り主が衣装に縫い取られている訳でもない。縫い取られていてもだからどーしたというものだろうが。
 チャイナドレスの幼女というものはまあ微笑ましい部類に入るだろう。
 だがそれを連れているのがどう見ても顔立ちに似通った所のない男二人ときては。父親には勿論見えず、兄にも親戚にも見えない。
 しかも片方は妙に振る舞いに夜の町の匂いが濃く、もう片方は明らかに日本人には見えないと来ては。
 これは一体どんな一行かと世間様が目を剥いたとて無理はない。
 下手を打てば外国人幼女売春グループである。
「そんな事よりって……気楽に言ってくれるねえ」
 苦笑した竜磨はそのままよしよしと沙紅良の頭を撫でる。沙紅良はむっとしたように頬を膨らませて見せた。
「なんだよ、子供扱いすんなっ!」
「まあレディの扱いとしては不適格じゃねえか?」
 尚道もニヤニヤと笑いながら混ぜっ返す。竜磨は沙紅良を見下ろしてシニカルに笑んだ。
「そりゃレディならそれなりの扱いもするけどな」
 幼女にチャイナドレス贈るお前と一緒にするなとは流石に口には出さないが声には出ている。沙紅良は封印された鬼らしく、真実の姿はまた別だということだが目の前にいる姿を見る限り、ランドセル担ぐのが似合いの子供に過ぎないのだから無理もない。無理もないどころか男の反応としては竜磨の方が妥当だといえるだろう。
「流石に俺にも下心は無いが」
 思わず尚道も憮然とする。どちらも幼女趣味はないらしい。
「だーもうんなことどうでもいいだろ! 俺は腹へってんの! 飯飯!」
 このままほったらかしておくとどうせなら驕りがいのある相手に食事と酒をセットで奢りたかったなどと言う湿っぽい話に発展しそうな気配を読んだが、沙紅良が話を打ち切ってずんずん歩き出す。
 つまりまあ何の因果か前世の業か。竜磨は沙紅良に食事を奢る約束をさせられていた訳である。それに尚道が付き合って、女衒かロリかという怪しげな一行は出来上がっているのだった。



 さて奢っても後のお楽しみに発展するには法的になら大概の自治体では後八年という沙紅良を連れて中華街を歩いているうちに、竜磨は八年遅くも早くもない相手に遭遇した。
 一部の隙もなくスーツを着こなしたその女は、竜磨を見るなり破願した。
「あら」
「ああ、偶然ですね?」
 自然と竜磨の顔も綻ぶ。バイトホスト稼業の竜磨にとってはお客様というやつである。言葉のイメージでいればホストの客となると有閑マダムが主のようにも思えるし、実際そういうお客もまだまだ多いが、女性向けの風俗もまた随分と低年齢化して来ている。その女は二十台中盤といったところだろうか。キャリアスーツの良く似合う、硬質な印象の美女だった。思わず尚道が軽く口笛を鳴らす程度には。
「なんだ? 恋人か?」
「だったらいいんだけどな」
 竜磨は苦笑して女に寄り添う。
「俺の片思い」
 ズバリと言ってのける。微妙に営業用スマイルではあるが、何処となく本気の香りもする。つまるところ職業技術というものだが、女はまんざらでもないようで、『なにいってるのよ』などと照れたように笑った。
 こんな女もホストクラブの客なのかと、尚道はしみじみ思った。
 どこからどうみてもホワイトカラー。収入も決して少なくなく、男にも不自由はしない。そんな女に見える。
 商売抜きでお付き合いをお願いしてもいい部類の女だ。
「俺も働いてみるかか……」
 思わず呟く。竜磨はすっかりその女と話し込んでしまい、尚道を見もしない。
 どことなく寂しさを感じてそこらの店を冷やかしていた尚道は、ややあってからはっと気付いた。
 八年早い相手はどうした!?
「おい!」
「ん?」
 ちょうど女との立ち話に区切りをつけて、去って行く女の後姿を見送っていた竜磨の肩を、尚道はがしりと掴んだ。
「沙紅良は!?」
「……あ」
 八年遅くも早くもない相手の存在に、綺麗さっぱり忘れていた。
 人でごった返す中華街の中で、あんなちんまい10歳児を見失うのはかなり痛い。
 頭が悪いわけではないだろうから容易に迷子にはならないだろうが、これだけ人がいればよからぬことを考える人間がいくらか紛れ込んでるのは当然であろう。
「沙紅良!? おーい沙紅良どこいったー?」
 声を大にして呼んでも当然答えは返ってこない。
 暫く人込みを押し分け掻き分け探したが、沙紅良は一行に見つからなかった。
「ま、まさか」
 竜磨の頬から冷や汗が流れ落ちる。目立つ身形をしていたし、沙紅良は年は足りないが見た目が足りないわけではない。
「……誘拐?」
 ぼそっと呟いた竜磨の言葉に、尚道もまた冷や汗を流した。
「いやまさかいくらなんでも……」
 ないと言い切れるわけでは、ない。
 もしそんな事になっていたら。
 ――誘拐犯の命がない。
 そっちが問題なのかとは言わぬが花というものである。
「沙紅良! 早まるな!」
 想像を決定事項にまで進化させてしまった二人は、血相変えて再び人込みに突撃を開始した。



「どう思うこれ」
「俺達のあの心配はなんだったんだろうな」
「まあ、餌付けが有効なのはこれで証明されたな」
「八年待つか?」
「八年後に考える」
 とまあ結構変えていた男二人の肩を落とさせる事態が目の前では展開されていた。
 沙紅良である。
 そこそこ流行っていそうな店の前には、その収容人数を軽く超えた人だかり。
 沙紅良はその店のカウンターで、己の顔の三倍は軽くありそうな幅の皿にまた己の顔の長さよりも遥かに高く盛られた中華やきそばを食べていた。
 実に幸せそうな顔で。
 店主らしい小太りの男が蒼白になている。そのやきそばの大山は見る間に低くなり、そしてやがて平地となった。店の奥にはでかでかと『特性やきそば15分以内に完食でタダ!』と張り紙がされている。
「おいすっげえな」
「ちっこいおんなのこなのになあ」
「おい聞いたかよ、あれ二皿目だってよ!」
 周囲の今度ははっきりと聞き取れる噂話に、尚道と竜磨は益々肩を落とした。それだけ食っても腹も出ていない。相変わらずチャイナドレスはぴったりのままだ。
「胃袋になに飼ってるんだあれは」
「……俺に聞かれても困るんだけどな」
 突っ込む気力も根こそぎない。
 そしてその二皿目を見事に完食した沙紅良は、店の入口で魂抜けている二人に漸く気付いた。
「お前らどこ行ってたんだよー。んじゃ、さっさと飯食いいくぞ♪」
「今食ってただろ!?」
「って言うかまだ食うのか!?」
「あったりまえじゃん♪」
 二人所か周囲の度肝を完全に抜いて、沙紅良はからからと笑った。



 因みに。
 その後、竜磨が前にも増してバイトに熱心になったとか、尚道もまたその店でバイトを始めたとか。
 その理由は請求書の束だけが知っている。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
里子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月27日

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