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『耳年増の蒼い光 』
石神・月弥2269


『 <深紅の王>の伴侶たちへ。

  予定がなかったらで構わないので、
  僕らにこの時代のこの国のクリスマスを教えてほしい 』

 その真鍮の招待状は、いつの間にかそこにあった。
 胸がちくちくする金属の匂いは、文字が今まさに刻まれたものであるかららしい。
 見たこともない文字が羅列されていたが、不思議と文面が理解できた。


 俺はきっと、<深紅の王>の伴侶なんかじゃない――石神月弥がそう思ったのは、ただの一瞬だった。
「わぁ! これ、招待状だ!」
 その一瞬の後以降は、こうして歓声を上げて飛び上がることに忙しかったのだ。
 真鍮製のカードには、送り主の名前もパーティーが催される日時も記されていなかったのだが、それが『招待状』で、あの真鍮の『塔』から送られてきたものであることは明白だった。
 真鍮の『塔』。
 消え失せた東京タワーの代わりに、港区に現れた『塔』だ。月弥はそこに行ったことがあって、忘れられそうもない経験をした。気のいい天使にも会った。
「これは行かない手はないよね! あぁ、クリスマスって感じだなぁ」
 真鍮の招待状をしっかり懐にしまうと、月弥はそれほどの額もない小遣いを掴んで、冬の寒空の中に飛び出した。
 飛び出してから、クリスマスとはそう言えばどういうことをして、どういうものが必要であるかを、よく知らないことに気がついたのだった。
「パーティーがクリスマスって感じなのはわかってるんだ。わかってるんだよな。……で、どうしてパーティーなんか開くんだっけ?」
『ぎゃははは! だせー!』
 月弥の足元の石ころが上品ではない笑い声を上げた。
 石神月弥は、地球の声――鉱物の声を聞く。己が石であるが故。それは彼にとっての呼吸であったし、彼にとってアスファルトだらけのこの街並みは、満員電車の中のようだった。普段は意識もせずに過ごしているが、こうして小馬鹿にされたときは腹が立つ。『腹が立つ』存在になってしまったのだから仕方がない。
「うるさいなぁ! これから勉強するよ! このやろ!」
『どぅわァ!』
 月弥が石ころを蹴飛ばし、月弥にだけ聞こえていた笑い声は、悲鳴で幕を閉じた。
 は、と月弥は顔を上げる。
 何も周囲は五月蝿いことなどなかった。……人間にとっては。買物途中のおばさんが、月弥を「ヘンな子」を見る目で突っ立っていた。
「ひ、独り言です。すいませんっ」
 『ヘンな子』は素晴らしい勢いで走り出した。とりあえず、繁華街の方向へ。


 その石は正確に自分の歳を数えたことがなかった。最近まで名前も持たなかったブルームーンストーンをあしらったピンブローチは、長い間暗い引出しの中で忘れられていたからだ。そもそもその頃は『退屈』を感じられるような存在ではなかったし、時間の概念すら知らなかった。「たぶん自分は100歳くらいだろう」と見当をつけたのも最近で、人間たちと言うものは自分より遥かに年下だろうと踏み始めたのもつい最近だった。月弥は年齢こそがひとつのバロメーターだと思うようにもなっていて、年下のものに対して優越感を抱くようにもなっていた。
 ……だが石はこうしてクリスマスを迎えようとしている街に繰り出して、自分は100年分の薀蓄を語るだけの耳年増なのかもしれないと、少しばかり落ち込んだのである。何故なら、街は彼が知らないもので溢れていたからだ。
 赤い服を着た白髭の老人の人形がやたらと目についた。何故こんな老人が急に現れて(しかも何体も)、きゃっきゃと子供になつかれているのかさっぱり理解できない。そして何故、モミの木がそこかしこに置かれているのだろう。しかもそのモミの木は、モールや小さなおもちゃのようなものできらびやかに飾りつけられている。
「ままー、さんた! さんたくろーす!」
「さんたさんだー!」
 人間の子供たち(月弥の10分の1も歳を取っていないにちがいない)が、白髭の老人の人形に向かってそう言っている。
 ――そうか、サンタクロースっていうのか、あのおじいさん……。秋頃は見かけなかったな……。
『ほーっほっほっほー! んメェリークリスマァース!』
 月弥が肩を落として通り過ぎたサンタ人形のひとつが、奇声――もとい笑い声を上げて踊り出した。驚いた月弥はしかし、このサンタクロースなる老人がクリスマスに関係している人物だと言うことを、そのとき初めて知ったのだった。
 ――俺、何にも知らないんだ。こんなことじゃパーティーなんか行けないよ。ほんとに、勉強しなくちゃ!
 蹴飛ばしてしまった家の前の石ころに詫びながら、月弥はそのときは何も買わずに、走って居候先に戻ったのだった。


 石は世間を知らないが、物知りだ。月弥がそうであるように。
 月弥は家の中で最も物知りであろうものに助けを求めた。それは天下の回り物。月弥の保護者が、ちまちまと集めている「ギザジュウ」たちだった。
『くりすます?』
『ああ、あれだ、わしらもよく駆り出されたもんじゃ』
『人間の祭じゃな』
「それは知ってるよ」
 夜中の部屋の片隅で、月弥は何故か声を落とした。この家にはいま月弥しか居ない。「ヘンな子」扱いする他人は居ないのだが、彼はこそこそしていた。
「パーティーに招待されたんだ。でも俺、何にも知らなくて」
『成る程、知らずに行くのは恥ずかしいか』
『しかし一朝一夕で理解できるものでもあるまい』
『知らずに行くのは罪にはあらず』
「でもあっちは『クリスマスを教えて』って言ってるんだよ?」
 月弥のその言葉に、ギザジュウたちはひそひそと意見を交わし始めた。銅は基本的に親切だ。やがて昭和28年度のギザジュウが、代表して口を開いた。
『お主だけが招待されたわけではあるまいて。人間のくりすますをその『塔』の住人に教えるのは、他の招待客に任せるといい。お主は、お主でしか知り得ぬくりすますを教えてやるがよいだろう』
「俺だけが知ってることって……『石』が話すこと?」
『さよう、さよう』
『何ならわしらも話して聞かせるぞ』
『石の塀どもは、道行く人間と家の中の人間を知っておる。あやつらに聞くのもよかろう』
「そうか」
 月弥の顔は、ようやく輝いた。
 クリスマスは、人間たちのためのもの。だが、それに関わっているのは人間たちだけではない。モミの木、人形、ショーウインドウ、硬貨、七面鳥、ケーキ。月弥は、人間だけではなく、関わったものたちからも話を聞くことが出来る。人間から話を聞くのは人間にも出来る。月弥に出来ることは、真鍮の『塔』と人間たちが知らないクリスマスを知ること、それを伝えることだ。
「ありがとう! 俺、これから準備するよ!」
『ほっほ、人間のようじゃな』
『わしらにとっては、くりすますなぞ、ただの1日に過ぎぬのだが』
『お主はきっと、わしらにとっては「羨ましい」存在なのだろう』
 月弥はテーブルにギザジュウを広げたまま、冬の夜空の下に出た。
 また、通りすがりのおばさんに「ヘンな子」扱いされてはたまらない。石たちは眠ることもなく、時間も知らずにそこに居る。クリスマス・イヴまでの夜と朝が、月弥の準備期間だ。
 ――待っててよ、珍しい真鍮さんたち。
 月弥は近所でも一番立派な石塀に向かって走りながら、港区の方角を振り返る。
 ――クリスマスって、ひとつだけじゃないからさ。


 クリスマスとは――

 ゴミステーションの脇の電柱が知っている。この祭のあとのゴミには鳥の骨や甘いものの食べ残しがたくさん入っているから、カラスや野良猫たちが喜ぶ。
 石の塀が知っている。いつも父親が居ない家も、その夜は家族全員がテーブルを囲む。
 パン切りナイフが知っている。その夜は、決まってケーキを切らされる。
 教会のステンドグラスを知っている。その夜は、教会にとってとても大切な日。自分は蝋燭の光で照らされる。
 エメラルドの指輪が知っている。その夜に、自分は確か、若い女のものになった。

 クリスマスとは、そんな日だ。




<了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
モロクっち クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月25日

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