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『『STAND ABLAZE』 』
ラクス・コスミオン1963)&雨柳・凪砂(1847)

 半壊した建物の中心で飄然と佇む人影が在った。
 生々しい埃と煙が立ち上るなかで――寧ろ超然と佇んでいるという方が相応しいかもしれない。
 
 三大図書館の広大な空間、その一角に設けられた白塗りの様式建造物。
 其処はかの魔術師協会や大英博物館にも引けを取らない、世界でも有数の魔術研究所である。その手の技師の他、本物の魔術師たちも多く存在する、いわゆる異界。常識では考えられない非現実的な出来事も、この施設の中では日常と認識されている。
 それが――。
 高度な魔術結界は粉々に砕かれ、並みの妖魔など何百来ようがびくともしないはずの警備迎撃システムも不能に陥っていた。
 原因――、
 渦巻くような強風に長い黒髪を逆立てさせて、瞳を爛々と輝かせる女性にある。
 彼女の首には絶えず「力」の束縛と「暴走」制御の意を示していた『首輪』が…在った…はずだったが…。
 黒く蠕動する暗黒色の塊が、不吉な揺らぎを見せ始める。
 現在――、
 人的被害…実験用の魔法生物は全滅。研究者、及び魔術師の負傷者多数。死傷者は奇跡的にゼロ。
 ――暴走が始まって未だ三分も経ってない。
 ことあるごとに普通の女の子を提唱してやまない不運な大和撫子――雨柳凪砂。不本意極まるが今回も破壊神と為りつつ在った…。


***『KISSING THE SHADOWS』***

 ―それより時を少々戻り―

 研究施設練のとある一室に凪砂の姿があった。
「あの、ですからっ!?」
(――困るんですっ、一体これで何度目の問答になるのかしら?)
 溜息混じりに、それでもしつこく食い下がる相手に粘り強く応え返す凪砂。
 彼女は育ちのせいか意外に忍耐強かった。これが某漫画風ちゃきちゃきの江戸っ子娘などであろうものならば、威勢良く怒声と罵声が入り混じり、この段階までくれば鉄の拳が繰り出されること間違いなしであろう。ようするに其処までしつこかったのだ…相手の要求は。
「――…っ、ラクスさんの言葉を聴いてなかったんですか!」
 しかし、さすがに限界も近づいている様子。
 予定通りに身体検査と簡単な戦闘を終えた凪砂であったが、スケジュールの最後の正式名称が難解な、ようするに魔力測定検査らしき段階でこのような状況と相成ったのである。
 即ち凪砂が普段嵌めている『首輪』が、研究者たちの興味と好奇心と研究意欲を促進したらしいのだ。こうなることを半ば予想していたらしきラクスが、さんざん釘をさし、研究者陣に厳重注意を促したのだが、まったく効果がない様子。
(ラクスさんはこれを不安がっていたのね。でもどうしよう…まさか傷付けてしまう訳にもいかないし)
 凪砂の身体は診察台の上に仰向けに寝かされ、四肢は丁寧にもベルトで拘束されていた。頭には脳波検査などで見かけそうな何本かのコード、ちらっと覗ける強化硝子の向こうでは、真剣な様子でディスプレイをモニタしている技師の姿もある…。一見ちょっと非人道的対応っぽいが、凪砂自身は別にあられもない格好とかではなく、検査用の清潔な服を着衣したのみ。何となくまな板の鯉の心境なのは仕方ないが。
 この状況で彼女が出来ることはやはり抗議のみらしい。
 されど向こうからは大丈夫だと、何を根拠に言っているのかは謎な答えのみ。暖簾に腕押し…そんな手応えしか返って来ないうちに。
「―――っえ?」
 さすがは魔術施設。
 普通おいそれとは外れないはずの『首輪』も、どんな手を使われたのか綺麗に外れ。
 
 ―凪砂の意思空しく―
 運命は影へと口付けする。
 またしても忌まわしき暴走が始まった…。


***『DECEMBER FLOWER』***

 ―更に時を遡ること数日前−

 季節的にそろそろ雪がちらつく頃。
 午前はそろそろ午後へと変わる雨柳家の庭先であった。
 少し肌寒かったが空は青く澄み、それなりにうららかな陽気のなかで、その声はやたらと弾んでいた。
「行きましょうっ!」
 じょうろを使って甲斐甲斐しく花壇に水をやりながら、凪砂が親友の彼女へと大きく頷いてみせる。
「あの…向こうでは検査とかもありますよ? それに…」
 と、承諾されたにもかかわらず、何故か後ろから戸惑うような此方は…、スフィンクスの魔術師にして、居候の身であるラクス・コスミオンであった。
「それに?」
「え、えーと…」
ラクスとしては余りにも素早く、しかも活き活きと快諾されて、かえって凪砂よりも不安になってしまったらしい。
 ふわりと、花の香りにも劣らない黒髪を靡かせて、ラクスの方を振る凪砂。彼女は戸惑うような親友の様子に首を傾げながら、
「検査って危険なものなの?」
「いえ、簡単な身体検査とか…害の無いものですけど、ちょっとした戦闘は、するはずです」
 ほんとに、ちょっとしたモノでしょうけど…、と後半は小さな声で一応断言してみせる。身体検査及び軽い戦闘データの収集は、向こうからも予め提示されているので間違いなく行われるはず。勿論、ラクスの言葉どおり凪砂には危険がなく、戦闘も簡単にクリア出来るはずであり。
「だったら問題ないですわ」
 丁寧にプランターの隣へじょうろを置いた凪砂は、芝の上で寝そべるスフィンクスに歩み寄ると、唇を緩めてふふふ、と笑った。両膝を折ると、間近にあるラクスの冴えない表情を覗き見て。
「あたしとしても、そろそろ気分転換に何かしたいなって思ってましたし。ちょっと悲しいけれど、幸いお仕事の方も閑古鳥が鳴いてますからね。それに…なんといっても交換条件が、あの『図書館』の本の閲覧を許されるのでしょう?――これはっ、魅力的なお誘い過ぎますっ、断れません」
 くすりっと、愉しそうにもう一度笑う凪砂。
 其れほどまでに『図書館』といういわゆる神秘的な響きを持つ異界の存在と、其処にあるであろう数多くの幻の蔵書は好事家の興味をそそるのだ。寧ろ『三大図書館』からの招待状は、知識欲に少しでも飢えている者にとって垂涎ともいえ―。
「わ、分かりました。それでは凪砂さま了承の旨を伝えておきますので」
 一抹の不安を残すが、結局は大家さまの愉しそうな笑顔に、何もいえなくなってしまうラクスであった。
 大丈夫ですよね――、
 ちょっとした空想に耽る凪砂を見上げながら、やはり表情は冴えないラクスであった。
 
 数日後…雨柳邸から二人の女性が「旅行」へと出発した。
 特に凪砂――後の悲劇など露知らず…。


***『RISING FORCE』***

 ―再び時間はかえり―

 ラクス・コスミオンは懐かしくも親しみ深い匂いに囲まれながら、熱心な表情で調べものに勤しんでいた。
 一口に『図書館』といっても収めた本の種類、または年代、若しくは秘められたる「力」によって、閲覧所、保管場所も様々に分割させていた。そんな中でラクスが訪れた部屋は、空間の広大さを考えさえしなければ、かなり近代的で模範的な図書室だった。
 閲覧室の机に幾つかの本を取り寄せて、椅子には腰を下ろさず床に寝そべりながら書物に目を通している彼女。
 美しく澄む碧色の瞳は、ノルトや独特の北欧ルーンを追っている。
 文献はワーグナーの誤訳「神々の黄昏」で有名な例の詩、その別訳の写本である。存在さえ知られていない、おそらくこれからも語られることのない書物の一つ。
 
 ――此処にはパピルスの書物は保管されていない。
 一部の例外を除いては殆どが洋皮紙、若しくはそれ以降の紙で製作されたものばかりである。丁寧な注釈が添えられた写本も多く、効率的な調べものを望むならば最適で、高度な魔術師たちが原本に手を出そうとすれば、先ず此処で調べてからというのが常識となってもいる。
 とまあ、ようするに此処は件の『図書館』なのだ。
 雨柳邸で暮らすはずのラクスが何故…?
 しかも北欧神話の調べ物など…?

 事の発端は――先日、家主である凪砂からの依頼に始まる。
 当然断るはずなど出来ないラクス。とめどなく獲物を求める相手の『貪欲』さや、意地になった自分もあり色々と苦労をしたが、依頼自体は事なきを得、どうにか満足してもらえる結果に終った。
 しかし、その折に収集したデータを『図書館』へと送ったことで、今回大家さんをも巻き込む形で此処に来る羽目になってしまったのだ。ラクス自体はこの場所は落ち着き、空気も馴染み深いので訪れるのに不服はない。ただ、少なからず凪砂へ迷惑を掛けてしまったと感じていた。そのせいか調べ物の最中だというのに、時々溜息をついては周囲を落ち着きなく見回す有様。
 一向にはかどらないのだ。

「あ〜、とっても心配です…」
 ―偽らざる彼女の心境―
 口に出したところで誰もその言葉に振り向くものも居ない、そんな静まり返った室内だったが。
 ちなみに調べ物の方は、とりあえず凪砂について気になる点を。
 勿論邪まな考えなどではなくて、純粋に力になれたらと…首輪のことや、其れを彼女に渡したという人物について、北欧文献などを当たっていた。諸事の報告を終えてから、もう数時間はこの作業――なのだが、やはり集中できない。
「悪い人たちではありませんけど、研究熱心すぎる人たちですから…。やっぱりラクスが付き添うべきでした…」
 零れた言葉は誰の身を案じているのか、言うまでもなくこれもまた大好きな大家さんこと雨柳凪砂嬢のことであった。
 彼女も特別に招待される形で『図書館』へと訪れているが、現在はラクスの居るこの部屋とは正反対に位置する、特殊な研究施設で色々と取調べ(?)を受けている。勿論表向きは「協力」の二文字。実際凪砂の方はかなり乗り気で『図書館』へと御呼ばれしたのだし。
 ただしラクスの方は凪砂ほど「こと」を楽観していなかった。
 何よりも研究者や魔術師たちの興味を惹きつけて止まないことになるであろう『首輪』の存在が気に掛かる。ラクスにしては珍しいほど釘をさしておいたが…。
 ―胸騒ぎ―
「――…っ、どうか、何も起こりませんように〜」
 祈る気持ちで天井を仰ぎ見たラクスである。
 しかし、
 その瞬間に大地を揺るがすほどの轟音。それはまるで彼女の願いを裏切り、胸騒ぎを肯定するような響きかたで。
「―――にゅあっ!?」
 奇妙な声で一つ鳴く。
 直感、ついで迸る魔力の熱い流動を感じ取ったラクス。
 彼女の祈りは小奇麗な天井に空しくも阻まれたらしく、悲しくも天へは届かなかった。
 そう、既に最悪の事態が展開されていたのだ。


***『STAND ABLAZE』***

 振動が幾つかの本棚を縦に揺らし、最後には縦横に激しく動いたが、其処は神秘と深遠の異界『図書館』――簡単に散らばるような本たちでもなく。寧ろ棚に施された魔法のお蔭だろうか、パタパタと落ちた本は、机や棚脇に乱雑に積み重なっていた代物だけであった。
「凪砂さまっ!?」
 不安を抱いていた矢先の異変。
 叫ぶようにして前足を起こしたラクス。
 そんな彼女の傍らにパサリと、一冊の本が開かれたままの状態で落ちて来る。近くの机から跳ばされて来たらしき比較的古い本の正体は、ヴォイニックのもう一つの写本であったろうか? 当然ラクスは目もくれないが。
 兎に角、流れ伝わる魔力の波動、それは余りにも親しく感じられればラクスとしては由々しき事態であり。
「ど、どうしましょうっ――ええっと…先ずは現場に急がねばっ!」
 意外にも室内で調べ物をしていた他の者たちの多くは、余り大げさに騒ぎ立てることがなかった。
 ラクス一人は大いに慌てた様子で顔色を緊張の色に変えると、四本の足がもたらす恐ろしい速さで、調べ物を投げ出して駆け出したのだが。
 
 勢いよく廊下に飛び出すと、迷わずに魔力と振動の発生場所――件の研究施設へと走り出す。これだけ建物が大きいと途中すれ違う人々も疎らだ。
 長い廊下を走破すると装飾美しい木製の扉を潜り、巨大な大理石の柱の傍を駆け抜け、石の廊下へと躍り出る。そしてまた其処を風のように駆け抜けて。

(やはり間違いないですっ、これは凪砂さまの魔力っ!?)
 近づくごとに強く感じる波動。もはや確信すれば泣きそうな顔となり。

 ――――、
 ラクスがあの部屋から飛び出してどれくらい経ったであろうか。
 時間にしたら数分…せいぜいその程度のはずだった。
 が、ようやく辿り着いたその場所は、
「うあ…――っ」
 真夜中、そう錯覚させるような薄暗さだった。
 本来外的侵入者を阻止するための重厚な魔術結界壁も、粉々に吹き飛ばされ、建物を覆うはずの外壁も9割近くが無くなっている有様で。
 一体どのような「力」が「此処」を襲ったのか、屋根も天井ももう存在せず、施設が二階建て構造で無くて幸いといえる惨状。ところどころには呻き声を上げて転がる人影もあり、ラクス同様に騒ぎを捉えて新たにやって来た警備の者、救助の者と右往左往し始めていた。
 一目見ただけで事態の深刻さが分かる。
(……………)
 暫し呆然としていたラクスだったが、とりあえず今は一刻も早く目的の人、凪砂さまを探そうと、濛々と煙立ち上る廃墟の中を進む。
「な、凪砂さま〜?」
 荒れ狂う彼女の魔力を、手繰るように奥へと。
 歩みながらのラクス、呼び声もやはり泣きそうで。
 幸いラクスを阻もうとする者もおらず、彼女は迸る魔力の中心地へと辿り着くことが出来た。
 
 ―――――、
 轟々と渦巻く黒い風。
 まるで竜巻のようなそれが廃墟となった施設全体を夜のように薄暗くしている。
 そしてその竜巻の中心に凪砂が居ることは最早疑いようがなかった。
「す、凄い…」
 巻き込むような風とは逆に、全てを薙ぎ払う突風。それがラクスを襲い、強制的にその場で立ち止まること余儀なくされる。これはまるで強固な魔術障壁のような力であった。
「な、凪砂さまーーーっ!!?」
 無駄だと思いつつも必死に呼びかけるラクス。
 立ち尽くして応答を待っても、変化は起こらなかった。
 凪砂――意識はあるのか?
 ラクスの瞳には、黒い竜巻、激しく燃え盛る其れが、暗黒色の炎と映り…。
「凪砂さま…」
 弱々しく呟いた彼女。
 だが一瞬後の表情は決意の色を浮かべていて。

(このままじゃいけないですっ、ラクスが…なんとしても凪砂さまを止めなくてはっ!)
 誓うように暗がりで魔術式を編むスフィンクス。
 辺りを覆う黒色は依然衰えることはなく、
 まるで燃え立っているような圧倒的な凪砂からの魔力、威圧感。ラクスはそれにも臆することなく碧色の瞳を輝かせ始めた。 
 
 ―ラクスと凪砂―
 果たして………どのような決着が…其処にあるのか。 
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
皐月時雨 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月25日

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