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『 不幸の招き猫 』
天波・慎霰1928)&伍宮・春華(1892)

 それは年の瀬の草間興信所での出来事だった。
 ツルリ。
 台所にコーヒーを入れに行こうとした草間は、足元のバナナの皮で滑った。
 …バナナなんて、食っただろうか?
 草間は首を傾げながら、気を取り直して台所へ行く。
 カーン。
 間の抜けた金属音が、部屋中に響き渡った。
 食器棚の上に置いてあった金だらいが、おもむろに降って来て、草間の頭に当たった音だ。だが、彼は動じずにコーヒーを入れて、応接間に帰る。
 「おい…どーなっとるんだ。これは」
 草間は、応接間でくつろいでいる2人の来客にコーヒーを出しながら、テーブルの上に飾られている目つきの悪い招き猫に目をやった。招き猫にしては珍しく、漆黒の毛並みをした黒猫の招き猫だ。
 「ど、どーしたんだろーな。急に」
 「た、武彦さん、今日は特にツキがねーみてーだな」
 天波・慎霰と伍宮・春華、2人の天狗系少年は何となく目を逸らしている。
 リン、リン、リン。
 草間興信所の電話が鳴る。草間が無言で受話器を取ると、それは、依頼のキャンセルの電話だった。年の瀬の稼ぎ時に、運の悪い話である。
 カチャリ。と、草間は受話器を置いた。
 テーブルの上の招き猫は、何やら草間を睨んでいるようだった。
 話は少し前、草間興信所の外までさかのぼる。
 慎霰と春華は古ぼけた箱を手に、街を歩いていた。近所の骨董品屋で見つけた、妖力を感じる箱である。
 「なあ、春華。家まで帰って開けるの、だるくないか?」
 慎霰が春華に声をかける。面白そうな箱を見つけたんで仕入れたものの、家に帰るまで我慢出来ない慎霰だった。
 「だるいなー…
  開けちまうか?」
 春華が箱に手を伸ばす。
 「そうだなー、でも、さすがに街の真ん中で開けるとやばいな」
 「うむー、騒ぎ起こすと怒られちまうしなー…」
 と、春華は保護者の事を思い出す。
 「そーだ、草間の武彦さんの所で開けよーぜ。あそこなら、まあ、事務所が吹っ飛んでも問題ねーよ」
 そういえば、草間興信所が近くにあった事を慎霰は思い出した。
 「おお、そーだな。そーしよう」
 春華も納得して、二人は謎の箱を持って草間興信所へと行った。いつものように、興信所は依頼者も無く、閑散としていた。
 「よお、武彦さん。面白い箱、手に入れたから、遊びに来てやったぞ」
 慎霰が箱を草間に示して言った。
 「以下同文だ!」
 春華が、うんうん。と頷いている。
 「面白い箱ってのは…その怪しい箱か…?」
 草間は、明らかに妖気を発している箱を見つめている。
 「おう。面白いから開けてみようぜ!」
 「開けてみようぜ!」
 慎霰と春華が言った。
 「いや、ちょっと待て、ヤバイ物を持ち込むな。お前ら…」
 草間が言うよりも早く、慎霰と春華は不思議な箱に手をかけた。さすがに天狗は素早い。箱は、特に何の抵抗も無く開く。
 「ほ、ほら、カワイイ人形が入ってるだけじゃないか」
 慎霰が眉をひそめた。
 「おお、凄い。こんなカワイイ人形見た事ないぜ。草間さんにやるよ。い、いや、礼なんて良いから」
 箱の中には、等身大…いや、等猫身大の招き猫が入っていた。ただし目付きが悪く、毛の色も漆黒だった。
 「そうだな。ちょっと生意気な所が可愛い、黒猫の招き猫だな…って、そんなわけ無いだろ」
 どーしろというんだ、これを…
 おそらくは、何かの妖怪か妖力を持った人形なのだろう。招き猫は、
 『お前が気に入ったにゃ』
 とばかりに、草間の方を睨んでるようにも見える。
 はあ…
 と、やる気無さそうにため息をつく三人。
 「ま、まあ、せっかくだしコーヒーでも入れてくれよ、武彦さん」
 「そーだ。武彦さんの所のコーヒーは有名だもんな」
 慎霰と春華は草間に言った。
 「お、おう、そうだな。コーヒーでも飲みながら、今後の事について話すか」
 とりあえず現実逃避…いや、気分転換にコーヒーでも入れようと、草間は台所に行ったのだが…
 台所に行く途中、彼は何故かゴミ箱から外に出ていたバナナの皮ですべった。そして、台所では降って来た金だらいが直撃した。一応、コーヒーを持って応接間に生還した草間だったが、次は依頼のキャンセル&クレームの電話が鳴りやまなかった…
 不思議な事に、突然不運な草間である。黒猫の招き猫は、心なしか楽しそうに草間の方を見ているようだった。
 「わ、わかった。なんか美味い物でも食わせてくれたら、何とかしてやるよ」
 「そ、そーだ。俺たちに任せとけ!」
 さすがに、慎霰と春華も責任を感じたようだ。草間は依頼キャンセルの対応に追われている。このままでは、草間が年を越せるか心配だった。
 むう、しかしどうしよう。
 とりあえず、黒い招き猫が問題な事はわかるが…
 面倒だ。
 まず、動いたのは春華だった。
 ヒュッ。と、黒い招き猫にカマイタチを放つ。
 とりあえず、壊しちまおうという考えだったが…
 コロン。
 壁に立てかけてあった鏡…魔力を跳ね返す問という魔鏡…が、偶然、壁から落ちて、春華のカマイタチと招き猫の間に入った。
 鏡に当たったカマイタチは、そのまま反射して、慎霰の方へと向かい…
 「おまえ、いきなり何すんだ!」
 すんでの所で避けた慎霰の背後の壁に、カマイタチで穴が開いた。彼は抗議の声を上げるより早く、天狗火を放ってやり返す。春華は、やはり、すんでの所で避けた。
 「何だよ!
  わざとやったわけじゃないのに、やり返す事無いだろ!」
 と言いつつ、さらにカマイタチを放つ春華。慎霰と同様、口より手が早い。そうして、慎霰と春華の乱闘は続き、草間の電話応対も続いていた。
 『こ、こいつら、何やってるにゃ?』
 黒い招き猫は、わけがわからず呆れているようだった。
 『変な人達には近づかない方がいいにゃ。危ないから逃げるにゃ…』
 やがて、騒がしい興信所の中から、いつのまにか招き猫と入れ物の箱は姿を消していた…
 それから、しばらくの時間が流れた。
 気づけば、荒れ果てた興信所と草間、天狗系少年二人が、その場に残っていた。
 「よ、よし。作戦通りだ。
  妖怪は追い払ったぜ!」
 ぜいぜいと息をしながら、春華が言った。何となく服のすそが焦げている。
 「あ、武彦さん。
  やっぱり、そんなに美味い物食わせてくれなくてもいーぞ。近所のラーメン屋とかで。年末だしサービスしとくぜ」
 慎霰が、寒風が吹き込んでくる壁の穴を見ながら言った。天狗火の暴走で開いた穴である。夏場は涼しくて良いかもしれない。
 「まあ、そう遠慮するな。高いもの食わせてやるよ」
 と、草間は電卓を打ち始める。
 「…で、興信所の修理代と慰謝料の請求の見積もりなんだがな…大体…」
 計算を終えた草間が電卓から顔を上げると、2人の天狗少年の姿は無かった。壁の穴から外を見れば、遠くに走り去る慎霰と春華の姿が見えた。
 ひゅー、ひゅー、ひゅー。
 壁から吹き込む師走の風は冷たい。今年も、もう終わりだ…

 (完)
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東京怪談
2003年12月24日

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