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『クリスマスの雪 』
白里・焔寿1305

「絶対、ぜったいだよ。ボク楽しみにしているからね」
 指きりげんまん。
 クリスマスのお約束。
 この時期の幼い子はみんな、「悪い子はサンタさんにプレゼントをもらえない」という不気味な脅し言葉に不安を募らせつつ過ごす。 
 聖夜が明けて、自分の枕元にプレゼントがなかったらどんなに不安なことだろう。だから、頑張っていい子にしている。
 いい子にする、というのは、幼い子供にとって大概は「我慢する」ということだ。
 駄々をこねない、いわれたことはすぐにする、親の言うことをちゃんと聞く。
 だが、それが「クリスマスをパパもママも一緒に今年は過ごせないけど、ごめんね」を納得させるための方便だったら可哀想すぎるのではないか、と彼女は思う。
 「いい子」でいるために彼は素直にうなずいたのだろうか……?
 
 白里・焔寿(しらさと・えんじゅ)は、まだ幼い従兄弟の顔を思い浮かべながら、机の上の小さなパステルブルーカラーのマフラーを眺めていた。
 さっき編み上げたばかりの子供用のマフラーだ。
 そっと手に触れてみると、柔らかなモヘヤの毛糸を選んで作ったそれはとても軽く暖かい。
「喜んでもらえるかしら?」
 ふと思い出し笑いのような微笑を彼女が作ったとき、そのマフラーの近くで丸くなっていたネコが、急に起き上がり、窓をかりかりとかいた。
「?」
 視線を向けると、その2階の彼女の部屋の窓の外に、白い雪の降り積もる路地を、息を白くして駆けてくる件の従兄弟の姿がみえた。
「雪……積もっていたのね」
 寒いと思ったら。焔寿は少年が家にたどり着くのを見守りながら、目を細めた。昨日の深夜から降り始めた雪。積もるかもしれない、と天気予報では言っていたのだがあんまり信用してなかった。
 クリスマス前にはそういう予報はいつも出るものだし。
 でも一度だけ、昔クリスマスに雪が降ったことがあるように思う。
 だけどいつのことなのか思い出せない。きっととても幼いころのことだろう。

 まだ5歳の幼い彼は、焔寿にいつも特別なついていて、今日は一緒に幼稚園に行くことを彼女は彼に「約束」したのだった。
 幼稚園ではクリスマスの日には、恒例のパーティーがある。両親がともに行けないということで、焔寿が代わりに行くことになっていたのだ。
 玄関先のチャイムが響く。
 家のものの誰かがそれに返答する声が聞こえる。
 自分の名前を呼ぶ声が、家の中に響く前に、焔寿は白いコートをはおって階段を急いで降りた。
 応答したものにも目につくように、キッチンの横を通り抜け、玄関に向かう。
 彼は靴にいっぱい雪をつけ、寒さで頬を赤くしながら、焔寿を見つけて満面の笑みをする。
「メリークリスマス!焔寿!」
「メリークリスマス」
 微笑みを返して、彼女はくせのないまっすぐな茶色の長い髪を冬風に吹かれつつ、外の白世界に踏み出した。
 お気に入りのモコモコフードつきのコートに、新調したばかりの茶色のブーツ。
 昨日遅くから降り始めた雪は、深夜のうちに町を真っ白に変えた。
「これは…・・・プレゼントですわ」
 可愛くリボンを巻いていた袋を手渡すと、彼はおもちゃを始めて手にした時みたいに夢中で開けた。
 でもあけてしまうと、きょとんとして首をかしげる。
「こう…・・・するの」
 膝を降り、彼の首にマフラーをまいてあげる。
 彼はきょとんとしたまま、まいてもらい、「これでよし♪」という焔寿の声で笑顔になった。
 
 幼稚園の庭は、積もった雪で遊ぶ子供たちの歓声であふれていた。
 父兄はこちら、と案内されたのは、パーティーの会場のひとつで、幼稚園のクラスのひとつ。
 明るいパステルカラーの壁、折り紙で作られたパーティ飾り。壁には動物やキャラクターの形に細工された色紙がところせましと張ってある。
 庭で遊ぶ子供たちの姿を見ながら、がやがやと賑やかな彼女の周りの大人たち。
 こういうのはやはり両親が来るべきものなのだろう。焔寿と同い年くらいの人はどこにもいなかった。
 あまり居場所がないような気持ちで、肩身を狭くしながら、庭で雪合戦をしている従兄弟を見ていると、ふと、さらに父兄たちがざわざわとした。
「……園長先生が」
 隣の若いパパらしい人が、そう他の人に話すのが耳に入った。
 ガラリ、とクラスの扉が開き、白髪の美しい老女が入ってきた。薄桃色のワンピースを着て、齢は経ているが上品で華やかな雰囲気を持っている。
「あ……」
 ふと喉もとから声が出た。
 どうしてだかわからないけど、その人に見覚えがあったのだ。
「あら?」
 園長先生の方も、彼女を見つめて声を出した。
「お久しぶりね」
 にっこり。
 彼女が微笑む。つられて、焔寿も微笑んだ。
 ……でも、どうして?
 
 クリスマスパーティが始まる。
 主な内容は発表会らしい。聖歌を歌い、簡単なお芝居をする。
 従兄弟の役は、シンデレラのネズミの役で、愛嬌たっぷりなところを見せてくれた。
 お昼はケーキと、父兄持参のから揚げや玉子焼きなどが並んだ席が設けられたけれど、なんとなく雪が見たくなって、焔寿は幼稚園の庭に佇んでいた。
 空から降り注ぐ白い雪。
 ダッフルコートの肩にも、彼女の長い髪にも触れていく。
 どうしてだろう……。
 幼稚園の緑色の屋根も、さびの少し入った門扉も、ジャングルジムも、どこか見覚えがある気がするのは……。
「焔寿ちゃん? どうしたの。寒いわよ、さあ中にお入りなさい」
 呼ばれて振り返る。
 園長先生が立っていた。
 ……あのときと同じ微笑のままで。

 そうだ。
 昔、私、ここに通ってた……。
 突然駆け巡るようにいろんな記憶が、よみがえってきた。 
 まだ小さな焔寿は、12年前ここにいた。ここで他の小さな友達と、遊んで、はしゃいで。
「私、ここの生徒でしたのね」
 園長先生はやさしくうなずく。
 そして、前にクリスマスに雪が積もったのは、あなたがいた頃だったわね、と続けた。
「雪……」
 いわれてまた何か思い出す。
 
 見上げた空に一粒の雪。
 幼い手のひらに積もる雪。それをそっと受け止めて、手のひらで握り締め、宝物を手に入れたような気分になった頃。
 でもそれを園長先生に見せようとしたら、もうそれは消えていた。
 悲しくて、泣いてしまった焔寿をだっこして、園長先生は、また雪をつかませに外に出てくれた。
「……懐かしいです。園長先生もお元気で、本当によかったです」
 焔寿は感激していた。
 やさしくて大好きだった園長先生。どうして忘れちゃったりしていたのか、自分を責めたくなるくらいに。
 園長先生は優しく頷いた。
 幼稚園の建物の方から、ジングルベルの歌声が響きだす。
 どうやら昼食会は終わって、午後の出し物が始まったのか。
「さあ、体が冷えてしまうわ。ほら……中に入りましょう」
「はいっ」
 建物に戻りながら、もう一度だけ、焔寿は幼稚園の庭を仰ぎ見た。
 白い雪がしんしんと積もる庭。子供たちの元気な歌声を、まるで祝福するように降り積もる。

 ……しばらく忘れられない記憶になりそうだった。

                                              完
PCシチュエーションノベル(シングル) -
鈴 隼人 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月24日

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