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『年の初めの…… 』
真名神・慶悟0389

 正月にも関わらず、境内は空いていた。
 近所の萎びた氏神など参りに来る気も起こらないのか、さっと見回してある程度人数が把握出来るの人出だ。年々、この氏神への参拝客が減っているような気がする。
「嘆かわしいな」
 呟いて、たった今初詣を終えたばかりの真名神慶悟はパンツのポケットに両手を入れる。
 霊験あらたかと人気のある大きな神社よりも、自分たちの住んでいる土地におわす神を詣でることの方が大切だと思うのだが、どうも賑やかな方へ賑やかな方へと人は行ってしまうらしい。
 新年だからと言って改めて参拝する者も、最近では減っているに違いない。例え参拝したとしても、神の前で心から一年の誓いを立てる者など皆無だろう。
「これも時代の変化と言うものか……」
 少々年寄り臭い事を言って、慶悟は境内から出るべく鳥居の方へ向かう。
 と、その時。何か白い物が視界をよぎった。
 慶悟の後ろを歩いていた老女の連れていた犬が逃げ出したか……と振り返って見ると、室内犬であるらしい白い小さな犬は毛布のショールにくるまって老女の腕の中。
「別の犬か……」
 少し首を捻ってさっきの白い姿を追う。
 太い松の木の陰に、それはいた。
 犬……と思ったが、どうやら違う。
 大きさは猫か室内犬かと言う程度だが、やたら毛が深い。ペルシャ猫かとも思ったが、それにしてはふわふわ揺れる尻尾が太すぎるようだ。
「変な動物だな……」
 それは、木の根本を行ったり来たりしながら少しずつ本堂の方へ向かって行く。
「本堂の床下に何か住み着いたか……」
 以前、床下で子を産んだ猫を見た事がある。コロコロ動き回って、犬とも猫とも判別出来ないがその可能性が高いだろう。
 餌でも探しに来たのか、と思い踵を返す。
 すると再び視界に白い姿が入った。
「うん?」
 立ち止まり、もう一度慶悟は首を捻って姿を捜す。
 さっきの白い動物は、まだ松の木の下をうろついている。その少し後方に、もう1匹似たような白い動物がいた。
「2匹いたのか……」
 慶悟の呟きを知ってか知らずか、最初に見かけた動物が後方に移動し、2匹目と合流する。
 2匹は暫し転がるように戯れていたが、話しでもしているかのように鼻先を合わせて尻尾を振った。
 慶悟は境内にいる他の参拝客達を見た。誰も、老女の腕の中の犬も、あの動物には気付いていないようだ。
「一体何なんだ……?」
 犬とも猫とも付かぬ姿。言うならば……そう、鳥居の左右に鎮座する狛犬に似ている。毛のふかふか感、巻き具合、尻尾の様子……、顔こそ判別出来ないが、確かに後ろ姿はそっくりだ。
「………………」
 慶悟は何故か妙な興味を覚えた。
 正月早々に仕事はなく、これからの予定はと言えば得意先への挨拶回り……と称した腹拵えのみ。
 特に急ぐでもなく、大晦日に散々飲み明かし食べ明かした腹も、まだ減ってはいない。
「……ちょっと見てみるか……」
 本堂へ向かう人と、鳥居へ向かう人の僅かな波から出て、慶悟は松の木の方へ足を向けた。


 驚かせまいと足音を忍ばせて近付く慶悟に気付いてか気付かずか、白い動物は2匹で戯れるようにちょこちょこと本堂の方へ向かう。
「しかし何なんだろうな……、やはり犬か……」
 近付いてはみたものの、顔が分からない。
 犬とも猫とも、はたまた別の動物とも知れぬ白い2匹。
 慶悟はのんびりと後に付いて歩くのだが、まるで向こうの方も慶悟の歩調に合わせているかのようで、その距離はずっと一定だ。
 参拝の列から離れて走り回る子供が数人いたが、それに驚くでも逃げるなく動物は歩いて行く。
「お」
 不意に、2匹が参拝客の足元を走り抜けた。
 その場でしゃがんで人の足元を覗き込む訳にもいかず、慶悟は一瞬途方に暮れた。
 反対側の参道まで追い掛けて、別に何があると言う訳でもないのだ。追い掛ける必要があるのか……、たかが境内をうろつく2匹の動物。
「どうするかな……」
 追い掛けて姿を捜してみるか、このまま帰るか……。
 考えてつつ、本堂へ目を向ける。
 と、何気なく下げた視線の先に、あの白い動物。
 参拝客の足元で、2匹が立ち止まっていた。
「あっちに渡りきった訳じゃないのか」
 慶悟はその2匹に近付こうと前へ進む。
 進むと、2匹は斜め前へ移動した。少しずつ人の波を渡りきるつもりなのだろうか……、絶え間なく動く足の間を擦り抜けるのがなかなか上手い。
「前を失礼」
 慶悟は人の間を擦り抜けて参道を渡りきった。
 そこに、白い2匹はちゃんといた。
 まるで慶悟を待っていたかのように、慶悟が人の間から姿を見せると前へ進む。
「…………」
 それから暫し歩いたところで、慶悟は立ち止まった。
 もう随分……と言う程でもないが、後を追っている。逃げるでもなく、かと言って慶悟に気付いていないでもないらしい2匹。
「まぁ良いか……」
 呟いて、慶悟はわざとゆっくりと踵を返した。
 もしかするとこの2匹、慶悟に何かしら思うところがあるのかも知れない。
 だとすれば、慶悟が立ち去ろうとすると何かしら行動を起こす筈だ。
 慶悟はさも付いて行くのに飽きたようにのんびりと鳥居へ向かって足を進める。進めながら、後方に注意を払い2匹の様子を見る。
 と、2匹は暫し立ち止まり、鼻先を合わせて見つめあった。
「さぁて、挨拶回りにでも行くか……」
 声に出して言い、足を進めると、今度は2匹の方が慌てた様子で慶悟の後を付いてきた。
(やはりな)
 心の中で頷いて、再び踵を返す。
 その瞬間、ピタリと2匹と慶悟の視線がぶつかった。
 この時になって、慶悟は漸く白い動物の顔を確認する事が出来た。
「……犬、か……、やはり?」
 思わず呟く。
 犬。
 犬……と認識して、恐らく間違いはないのだろう。
 ビー玉のような目が2つに、やや大きな黒い鼻が一つ、そして、少々大きすぎるのではないかと思う口が一つ。
「……似ているな……」
 どう見ても、狛犬に。
 犬(取り敢えずそう認識しておく)2匹は慶悟からゆっくりと視線を逸らし、ふんふんと鼻を動かして踵を返した。
 明らかに誘っている。
 このまま誘いに乗るべきか否か……。
 何やら訳有り気だが、付いて行った先に何があるのか、検討もつかない。この狛犬に似た犬が何なのかも分からない。
「どうしたものかな」
 呟きつつ、取り敢えず付いて歩くと、2匹は足を速める。
 妖か、何かの霊か、本堂に住み着いた犬か。
「ふむ」
 このまま付いて歩くよりは、取り敢えず霊視してみた方が良さそうだ。
 慶悟は一定のテンポを保ち2匹に付いて歩きながら、少し目を凝らした。


 本堂の裏に回ると、当然人影はない。
 少々賑やかな正面に比べると、静かなものだ。
「これはこれは……」
 少し歩調を緩めた2匹に、慶悟は溜息を付く。
 と、2匹が不意に立ち止まり、慶悟を振り返った。そして、ゆっくりと慶悟を見上げ、口を開く。
「お暇そうな貴方をお誘い申し上げました」
 ……暇そうとは余計なお世話だ。
「俺に何か用があるのか?勿論、出来る事があればしてやるが……」
 2匹が人間の言葉を話した事を、驚きはしない。彼等にはそれなりの能力が授けられているのだ。
 何せ、社殿を守護する霊獣なのだから。
「お誘いしたのは、他でもありません。実は折り入ってお願いが」
「何だ?何か困っているのか?」
 慶悟の言葉に、2匹は顔を見合わせてから頷く。
 霊獣自ら出向く程の難儀とは一体……、と首を傾げる慶悟。
「実は……」
 言い難そうに、角のある狛犬が口を開き、獅子の方を見る。
「退屈しておりまして」
「……退屈?」
「そう、この正月だと言うのに参拝人は減る一方、誰も彼も詰まらない願いばかりだといたくご立腹で」
「これが酒を飲まずしていられるか、と言う次第で、霊力をお持ちの貴方をお誘い申し上げました」
 つまり、何なんだ。
 理解出来ずに首を傾げる慶悟に、2匹は本堂の裏の小さな入口を示す。
 背を屈めれば辛うじて入る事が出来るであろう扉。
 ついさっき参拝したばかりのこの本堂の内部に、入れと言うのか。
「どうぞお入り下さい。肴は少々ご不満もあるかと存じますが、酒だけは良いものが揃っております」
「さぁ、中でお待ちかねで御座います」
 本堂の中で待つ者。
 しかも狛犬を使って自分を誘う者と言えば、勿論神主である筈がなく。
「……断るも無礼か……」
 呟いて、小さな扉をくぐる。
 精一杯背を屈めながら、慶悟はこの氏神の本尊を思い出した。
 阿弥陀如来。
 元日早々阿弥陀如来と酒を酌み交わすこの年が、一体どんな1年になるのか、慶悟には想像出来なかった。


end
PCシチュエーションノベル(シングル) -
佳楽季生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月24日

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