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『鳴き声の届くところで 』
桜木・愛華2155)&藤宮・蓮(2359)

 俺は退屈していた。
 体育の授業なんてかったるくてやってられない。昼食前にある体育は更に腹立たしかった。
 自発的に見学を決め込んで、屋上のコンクリに寝そべっていた。グランドから教師のカウントを読み上げる声が響いている。
「腹減ったな……」
 父親が用意してくれていた市販のサンドイッチ。紙袋に入れて鞄に突っ込んである。
 ファスナーを開いて取り出した。雑多に入った鞄の中で、少し形は歪んでいるが問題ないだろう。
 パクつくと、イライラした気分も凪いでくる気がした。
 腹を満たし、目を閉じると睡魔に襲われた。
 小春日和。当然の成り行き。
 俺はこのまま睡魔の誘う惰眠を受け入れることにしたのだった。

 ――がなり立てる放送の声に叩き起こされた。
「掃除の時間です。皆さん、丁寧に持ち場を掃除しましょう」
 高い美化委員の声だった。
 昼休憩を含め、2時間は経っている。欠伸をひとつして、俺は教室に降りることにした。
「後がうるせぇからな……」
 クラスメイトは自分に関係のないことには口出ししてくることはない。けれど、掃除はひとりいないだけでその過重が他人に掛かる――だからこそ、文句の発生率も高いというものだ。
 別に気にするタイプでもないのだが、耳が痛いほどしつこく苦言を吐かれるのは好きではない。
 屋上を囲う鉄柵にもたれる。
「掃除担当場所はどこだったけか?」
 廊下と視聴覚室だったように思う。階段へと向かい掛けて、誘われるように空を見上げた。
 白い雲が青い空をのんびりと移動している。穏やかで和やかな景色。自分とは縁遠い暖かい家族の景色。手に入れることの出来ない遠い景色は、空も家族も同じだ。
 俺は小さくため息をついて、階段を降りた。
「あーあ、今日は誰んとこに泊まっかなぁ〜」

                             +

 クラスメイトが呼ぶ声に振り向く。
「なぁに? 愛華に用事?」
「うん! あのさ、ゴミ捨て頼んでもいい?」
「え、いいよ。焼却炉ってさ、熱いから困るよね」
 気をつけるんだぞぉ〜と頬をつねられながら、廊下に出た。制服が汚れないか気になったけれど、気にしていたら大きなゴミ箱を落っことしてしまいそう。それでなくても胸が大きくて、抱きしめるゴミ箱の大きさは何割増しかになってしまっているんだから……。
 焼却炉は校舎をぐるりと回って、理科棟を迂回した体育館の横にある。煙を抑える機能付きの最新鋭らしい。
 愛華は重いの得意だもん。
 重さに負けそうになって思わず強がりを言ってしまう。家業は喫茶店。休日はお手伝いでウェイレスをしている。「CureCafe」という名の店は繁盛していて、持ち運ぶ食器の数も驚くほどなのだ。
 銀のトレイにいっぱいの空食器。一度に運ばなければ、次々に現われるお客様に対応できない。
「愛華もなかなかやるんだもんね」
 励ましにも似た呟きを唱えつつ、焼却炉へと近づいた。
 そして、僅かに上がる灰色の煙が見えた瞬間、体が固まってしまった。

 ――蓮くん!!

 どうしてここに……。
 そう思う前に、彼の胸に抱かれたモノに視線が集中する。彼は子猫を抱いていたのだ。
 ぶっきらぼうでいつも意地悪ばかり言う蓮の姿からは、想像することができない組み合せだった。
 柔らかく緩んだ表情。
 通常では見ることのできない優しい瞳に魅入られてしまう。
「母親は? なんだ…捨てられたのか? 俺と……一緒だな」
 連の家庭環境を詳しくは知らない。けれど、彼が母親を早くに失ったことは知っていた。発せられた切ない言葉の意味くらい、愛華にだって読み取ることはできる。
 彼も、子猫と同じ気持ちでいるんだ。
 寂しいって――。

 ガタン!

 持っていたゴミ箱を思わず取り落としてしまった。激しく音を立てて地面に転がる。
「誰だ!? なんだ……お前か」
「ゴ、ゴミ捨てなの。蓮くんもかな? 熱いから困るよね」
「別に俺は熱くないけど」
「あ、あは。そう…そうだよね、男子は平気だよね……」
 仕方なく彼の立っている焼却炉まで歩いていく。辛うじて会話が成立していることに感謝する。
 彼との会話は決まってからかわれて終わりになるので、それだけは避けたい。
 子猫のことを知りたかったけれど、疎ましく思われるのが恐かった。藤宮蓮という人物は、他人が深く関わることを嫌うということを、今まで何度も痛感していたから。
 震える手でゴミ捨てを終わらせて、踵を返した。
 と、
「お前、コイツ飼えない?」
 ウソ!
 まさか、そんな頼み事をされるとは思わなかった。嬉しい反面、彼の生活環境を思い出して胸が痛くなる。
「たくさんいるお姉様の誰かに、頼んだらいいじゃない!」
 夜毎、人を変え、歳上の女性の家を泊まり歩いている彼。愛華がそのひとりになれるはずもないし、なりたくもない。ただ、特別な存在になりたいとは思うけれど、その不誠実さにはいつも閉口してしまうのだ。
 緊張していたのを忘れて、苛立ちが大きな顔で言葉を誘導していく。
「愛華じゃなくても、いいんでしょ?」
 追い討ちの一言を口にした途端、蓮くんが肩をすくめた。
「わかんねぇかなぁ……。だってさ、信用できる奴に任せたいだろ?」
「え……?」
「俺もちゃんと面倒見に行くしさ」
 彼の口から零れた意外な言葉に戸惑っている内に、素早く子猫を抱かされていた。
「蓮くん!!」
「じゃあ、頼んだからな」
 後ろ手に手を振って、彼の姿は校舎の向こうに消えていった。
 膨れっ面を戻して、困り果てた。飲食店である家で猫を飼えるだろうか?
 憧れている人から預けられたものだから、大切に育てたいとは思うのだけれど、条件が悪過ぎる。
 思案していると、小さな声が耳に届いた。
「愛華ちゃん……。優しくしてもらえって言われたよ」
「猫ちゃん。蓮くんがそう言ったの?」
「にゃーお、そうよ。ありがとう。寂しくて、本当に寂しくて死んじゃいそうだったから……」
 語り掛けてくるのは胸に抱いた子猫。愛華の動物と心を交わすことのできる能力の賜物。
「愛華、がんばって飼えるように説得するね!」
 両親と対決することを心に決めた。
 連くんもこの子を見に来てくれるって言っていたから、逢えるかな?
 自分を頼ってくれたことが、後から後から嬉しさの波となって押し寄せる。胸が熱くなっていくのを抑えられなかった。

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「あいつなら、きっと大切にしてくれる……」
 髪を梳かす女性の背中を眺めながら呟いた。
 俺と同じ寂しい子猫。預けられるのは、あいつだけだ。
 どんなに数多くの女に優しくされても、満たされることのなかった胸の器。愛華の困った顔や笑顔を見ていると、透明な水が満ちていく気がしていた。
 それが何という感情か、俺にはまだ判断することはできないけれど――。


□END□

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 初めましてvv ライターの杜野天音です!
 不器用な恋をする二人。というか、まだ恋は始まっていないのかもしれませんね。
 一人称で書いたのですが、如何でしたでしょうか?
 蓮くんのキャラがイメージと合っているといいのですが、どうにも不安です。
 それではこれからの二人を楽しみにしております。今回はありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
杜野天音 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月22日

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