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『宴がはじまる 』
巫・灰慈0143



 暑い。
 まだ五月だというのに、汗が噴き出す。
 森を渡る風も爽やかさを欠き、なんとなく粘ついた感じだ。
 苛立たしげに、男が黒い前髪を掻き上げた。
 汗が飛ぶ。
 鍛え抜かれたサーベルを思わせる長身。印象的な紅い瞳。
 巫灰慈という。
 肩書きはフリーライター。金になるならどんな記事でも書くゴシップ屋。
 そしていま、彼はある事件を追っていた。
 行方不明事件だ。埼玉県で六人の児童が連続して消えたのだ。むろん、子供が自分の意志で消えたとは考えにくい。
 となれば、
「さらわれたってことなんだよな」
 呟く。
 子供に対する犯罪が横行する嫌な時代だ。警察の捜査も熾烈を極めた。
 だが、いまだに子供たちは見つかっていない。
「‥‥当然なんだけどな」
 日本警察は無能ではない。客観的にみてかなり有能な部類に入る。
 それでも巫は、警察では子供たちを見つけられないと知っていた。少なくとも生きている状態では。
 誘拐された六人は、すでに殺されているからだ。
 彼にはそれが判る。
 判りたくなくても、判ってしまう。
 紅い瞳の青年の特殊能力であった。そして彼のもうひとつの顔だ。
 浄化屋、と、人は呼ぶ。
 報われぬ霊たちを慰め、向こう側への道を啓いてやる。
 もちろん、公言できる仕事ではないし、報酬などゼロに等しい。
「割に合わないよなぁ」
 とは、本人の台詞であるが、やめるつもりはなかった。
 このあたり、軽薄そうにみえても敬虔なのである。
 いま現在はどちらの顔で動いているのか、彼自身にも不分明だった。
 ただ、六人もの子供が殺された事件だ。あまり良い記事にはならないだろう。あるいはサディスティックな大衆は喜ぶだろうか。
 いずれにしても、記事を書くかどうかはこのあとの展開次第だ。
「書きたくても書けないって状態もあるしなぁ」
 戯けたような笑い。
 子供たちがすでに亡くなっているということは、殺した犯人がいるということだ。
 巫が犠牲者の列に加わらないという保証は、どこにもない。


 下草が鳴る。
 背後に人の気配。
 感じた瞬間、巫は右に跳んでいた。
 森の中だ。いつ背後を取られてもおかしくない。
 そう思っていたことが吉と出た。
 跳びながら身体を半回転させ、相手を視認しようとする。
「ちっ!」
 大きくのけぞる青年。
 目前に、一〇センチも離れていない距離に相手の顔があったのだ。
 正確極まる動きで追尾されたのである。
 二転三転と蜻蛉を切る。
 いきなり本気モードだ。
 猫科の猛獣のような巫の速度についてこれるものなど、そう滅多にいない。
 つまりそれだけ油断ならない相手、ということである。
 たかが誘拐殺人犯と侮ったら、本気で死者の列に並んでしまうだろう。
 一旦距離をおいてから再突撃して最接近戦に持ち込む。
 回転しながら、ごく簡単に作戦を立てる。
 着地と同時にチャージ‥‥は、できなかった。
 赤い光が、正確に巫の額を照らしていたからである。
 一分の隙もないポインティング。
「フリーズ(動くなよ)」
 正面に立った男。彼よりわずかに年長そうな男が言う。
 黒い髪が風にそよいでいた。
 そして、右手に握られている拳銃は、絶対にモデルガンには見えなかった。
「‥‥動けねぇよ‥‥」
 ふてくされたように応える浄化屋。
 銃を向けられて、なお動き回れる人間がいるとすれば、余程のバカか実戦経験のないものだけだ。
 実際に撃たれたら、痛いどころの騒ぎではないのだ。
「警察まで来てもらうぞ。一緒に」
「誘拐犯が銃まで持ってるとはな‥‥」
 男たちの声が重なる。
 まったくかみ合わずに。
「はぁ?」
「だれが誘拐犯だって?」
 そして質問をぶつけ合う。また同時に。
 間抜けな話だった。
 紅い瞳と、黒い瞳が点になっている。
 先ほどまでのシリアスなムードはどこに行ってしまったのだろう。
 その答えは、ふたりとも持ち合わせていなかった。


「なるほどねぇ」
 巫が頷く。
 慌ただしく自己紹介がおこなわれ、とりあえず敵ではないということは判った。
 マルボロとキャメルが、細い煙を紡いでゆく。
「麗香女史から名前だけは聞いたことがあるぜ。怪奇探偵だったな」
「その異称はやめてくれ」
「じゃあ、武さんって呼ぶわ」
 笑う浄化屋。
 四歳も年長の人間を呼び捨てにする、というのも気が引ける。
 こう見えても、それなりに礼節は重んじるのだ。
「ああ。俺はアルプスの少女って呼んでやろう」
 草間武彦と名乗った男も笑う。
「それは勘弁だぜ」
「じゃあ、普通に灰慈だな」
「そうそう。普通が一番さ」
 どうでもいいが、わずかな間にどんどん吸い殻が地面を汚してゆく。
 ヘビースモーカーが揃えば、まあ当然の結果だろう。
 地球に優しくない二人だった。
「で、被害者たちはもう殺されてるっていうんだな?」
 黒髪の探偵が訊ねる。
 苦々しい表情になるのは、このさいは仕方ないだろう。
 警察とは違う切り口で調査していた草間にとっては、努力を無にするような話だからだ。
 とはいえ、彼自身、被害者が無事でいるとは考えていなかったのだろう。
「これ以上の被害者を出すわけにはいかないな」
「ああ」
「灰慈はどう解決するつもりだったんだ?」
「この森に死体がある。それを探し出してやるつもりだった」
「それは、浄化してやるために?」
 探偵の質問に笑みを返す。
 成仏できない霊体が巫に助けを求めたのだ。それが彼の参戦理由である。
 だが、おそらく他人に言っても信じてはもらえないし、理解してももらえない。
 そういうものなのだ。
「浄化もあるけど‥‥死体が発見されたら警察はそこから犯人までたどり着けるだろ?」
「たしかにな。この国の警察は無能じゃないからな」
 軽く頷く探偵。
 彼は、むろん巫の内心を忖度したりしなかった。
 人それぞれの事情があるからだ。
「だがまあ、とりあえず目的は同じだな。そこで提案なんだが」
「よし。のった」
「おいおい。まだ言ってないぞ」
「即断即決が俺の流儀だからな。それに、武さんが何を提案するのかなんて、すぐに判るさ」
「ほう?」
「手を組まないか。だろ?」
「ご名答」
 シニカルな笑みを交わし合う。
 森の中。
 怪奇探偵と浄化屋。
 この時点で、まさかこれほど長い付き合いになろうとは気づいていなかった。
 神ならぬ身の上、とは、よくいったものである。
 木漏れ日が、二人のうえに落ちかかっている。








                         終わり

PCシチュエーションノベル(シングル) -
水上雪乃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月22日

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