▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『Re:「遊んで下さい!」 』
セレスティ・カーニンガム1883

「―― 一体どうしたのですか、急に」
 私の書斎に入ってくるなり、おっちょこちょいで有名な使用人が意気ごんで告げた。その手には見覚えのあるシートを持っている。
「さっきよそ見しながらモップがけしていたら、壁にぶつかってしまって……そうしたら、上からこれが落ちてきたんです!」
「……上から?」
 そのシートは確か、物置に放り込んでおいたはず。あとでまた運転手で遊ぼうと思って……
(!)
 そこまで考えた時、気づいた。
(なるほど、彼の仕業ですか)
 きっと遊ばれるのが嫌で、私の手の届かない場所に隠しておいたのだろう。なんて可愛い努力だ。
「それでご主人様、わたしが他の娘とやりますから、くじを引いてもらえませんか? こういうのって、見る人がいっぱいいた方が盛り上がるじゃないですかっ♪」
 続けた使用人の言葉に、私は内心にやりと笑う。
「私がもっと盛り上げてあげましょう」
「え? ホントですか?! わ〜楽しみぃ♪ じゃあわたし、これから人集めしてきますね! 気合を入れて遊びましょう!!」
 言い終わると、使用人は軽やかな足取りで部屋を出て行こうとした。
 が。
「うわっ、と……あら、運転手さん」
「ちゃんと前を見て走らないと危ないですよ」
「はーいっ」
 ドアの所でやってきた運転手とぶつかりそうになったのだ。使用人がそれをよけて改めて出て行くと、入れ替わりに運転手が部屋の中へ。
「おや、ちょうどいい所に。さすがですね」
「――ハイ?」
「これから皆で遊ぶんですよ。キミも参加しなさい」
 運転手の視線は、既に使用人が置いていったシートに注がれている。
「こ、これは……っ」
「文句は、ありませんよね?」
 にこりと微笑んで脅すと、運転手は力なく頷いた。
「ハイ……」

     ★

「さあ、よりどりみどりですよ」
「やめて下さい、そういう言い方は……」
 男性は運転手1人、一方女性の参加者は使用人が6名ほどいた。
「ああ、妻にバレたらなんと言われるか……」
「おや、あの奥さん嫉妬深いんですか?」
「自分より細身の女性に対してはとても」
「……正直に生きてるんですね」
「はぁ……」
 思わずしんみりとした私たちに、使用人の声が飛ぶ。
「何話してるんですか? 早く始めましょうよご主人様っ」
「ええ、そうですね」
 私が頷くと。
「一番手は、わたしがいっきま〜す!」
 言い出しっぺの使用人が元気よく手をあげた。
「ひぃ」
 何故か一歩退いた運転手の背中を、ステッキで押してやる。
「わ〜」
「往生際が悪いですよ。さっさと位置につきなさい」
「だから隠しておいたのに……」
 呟いた運転手を無視して。
「ではくじを引きますよ。最初は――赤、ですね」
 赤は左端の下段だった。使用人はかがむと、そこに左手を置く。
 そうして楽しいゲーム大会は始まった。



 何の因果か、くじを8つ引き終わった頃には、見事に2人の身体は重なり合っていた。
「も、もしかしなくてもセレスティ様、色がわかっていて引いているんじゃないでしょうね?!」
 腕立て伏せのような無理な体勢で堪えながら、運転手が叫ぶ。トレードマークのサングラスが少しずれているのを、見物している他の使用人が直してあげた。
「あ、ありがとうございます」
「結構疲れます〜コレ」
「もう少しそのままでいなさい。今記念撮影をしますから」
 もちろん初めから用意していたカメラを、取り出しながら私は告げた。
「え?!」
「キャー」
 思い切り「何故?!」という顔をしたのは運転手。喜んで折り重なった2人を囲んだのは他の使用人たちだ。
「ど、どうして写真なんか……」
「折角のゲーム大会ですからね」
「そうですよ、運転手さん! 記念に写真はつきものですっ」
「一体いつからゲーム大会に……」
 私は真顔でその問いに答える。
「それはもちろん、キミがそのシートを隠した時からですよ」
「ぎゃー」
 運転手の間抜けな声が響き、私はカメラのシャッターを切――ろうとした。
「おや?」
 ロックが掛かっているようで、押すことができなかった。――いや、もちろんこれも作戦のうちだ。
「ちょっと待って下さいね」
 皆に断って、カメラをいじり始める。
「セ、セレスティ様……できるだけ早くお願いします……もうこの体勢長く持ちません〜……」
「まあ、だらしないわね運転手さん。いつも車なんか乗ってるからよ! わたしはまだまだいけるわ」
「そう言われましても、それが仕事ですから……と!」
 脱力したような声をあげた途端、運転手の身体を支えていた腕がガクンと曲がった。本当に脱力してしまったのだ。
「きゃっ」
「あっ、すみません!」
 上になっていたのは運転手。使用人の方には余力があっても、さすがに男1人を支えるには至らなかった。2人見事に潰れる。
「そのまま!」
 彼女の上からよけようとした運転手を制する。
「え?」
 と彼がこちらを見た瞬間。
  ――パシャ
「あああーーーーーーっ、いちばん撮ってはならない場面を……!」
「残念ながら、いちばん撮りたかった場面なもので」
「そんな殺生な、セレスティ様……」
「大丈夫ですよ、運転手さん。わたしたちがちゃんとイイワケしてあげますから!」
「なんで皆さんまで家内に見せる気満々なんですか……」
 涙ぐみつつ運転手は、ゆっくりと彼女の上からどいた。相当落ち込んでいるようだ。
(仕方ないですねぇ)
「私とて鬼ではないですから、わざわざ見せに行くような真似はしませんよ?」
「ほ、本当ですか?!」
 私は嘘は口にしない。それを知っている運転手は、だから目を輝かせてこちらを見た。
(――そう)
 私の企みは、すべて口に出さない部分にあるのだ。
「もちろんです」
 満面の笑みに騙されて、運転手は安堵の息を吐いた。



 その後その写真は、廊下の一角に大々的に飾られた。
「ご家族が遊びに来る日が楽しみですねぇ。お嬢さんとはバーベキューの約束もしていましたし」
「セレスティ様ぁ……」
(わざわざ見せはしない)
 けれど目に入ってしまうものを、とめる権利はない。
 少し可哀相かなと思いつつも、私はその日を楽しみに待つのであった。





(終)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
伊塚和水 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月19日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.