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『迷子の迷子の…… 』
観巫和・あげは2129)&丈峯・楓香(2152)

 雨の降る、寒い一日になるでしょう。
 ……と言う予報に反して、天にはイルミネーションに負けぬ星が煌めき始めていた。
 午後6時。
 クリスマスの町並みは行き交う人々の心を反映するかの様に浮き立っていた。12月に入ってからというもの、いい加減聞き飽きた筈のクリスマスソングでさえ、何故かくちずさんでしまいたくなるほど、楽しい。
「辿り着くまでに、ツリーが幾つあるかしら……」
 フラワーショップの店先に飾られたツリーを指差して、観巫和あげはが口を開く。
 クリスマスの今日、あげはの店の常連である丈峯楓香と共に食事に行く途中だ。
「数えてみたら面白かったかも……。今からでも数えてみます?」
 と、楓香が横から答える。
 女2人だけの淋しいクリスマスだけれど、食事はきっと楽しいに違いない。折角のお出掛けなんだから、と2人共いつもより念入りにお洒落をしてきた。
「そうねぇ……、それじゃ、こうしましょう。お互いに予想数を言って、楓香ちゃんが当たったらデザート一つおまけ」
「あ、それって素敵。あげはさんが当たったら、あげはさんにデザート一つおまけ!」
 あげはの予約したレストランでは、毎年クリスマスディナーを売り物にしているらしい。
 街の片隅の小さな店だが、可愛らしい造りで女性客が多い。
 今日、どんなメニューが並ぶのか、2人共知らないのだが、デザートとなれば別腹。早速二人して予想数を言い合った。
「このツリーから始めましょう。まずは、ひとつ……」
 予約は7時。
 少しウィンドウショッピングをするつもりで時間には余裕を持って出てきた。
 2人は街のあちこちに飾られたツリーをのんびりと数えた。
 美容室に一つ、ブティックに一つ、携帯ショップに一つ、カフェに一つ、銀行に一つ、旅行会社に一つ……。
「あ、あげはさん。あそこにも一つ!」
 雑貨店の片隅に飾られた小さなツリーを指差して、楓香。
「本当。これでもう20個ね。この調子だと、私達の予想数なんて簡単に越してしまいそう……」
「越しちゃったら、残念賞でお互いにデザート一つおまけ!」
 もう一つ発見。と、紳士服店のツリーを指差す楓香。
 テストからも学校からも解放されて、楽しい楽しい冬休み……!のはずなのだが、友人には素敵な彼氏がいるにも関わらず独り身の楓香。
 何だか1人だけ取り残されたような気がして、少々凹み気味。
 と言っても、凹んで現実が変わる訳ではない。うじうじしていては折角誘ってくれたあげはにも申し訳ない。
 楓香は頑張って気分を盛り上げようと、通りを彩る、今夜から明日朝に掛けて片付けられてしまうであろうクリスマス限定の小物にいちいち反応してみせた。
「あら、そこにも……」
「あっちにも!」
 2人できゃあきゃあ歩く姿は、あどけなく可愛らしい。外見こそ似ていないが、姉妹のようにも見える。


 とうとうあげはの予想数である30個目のツリーを数えたのは、クリスマスセール真っ直中のデパートだった。
 丁度、信号で立ち止まったところに入口があり、その左右に1m50cmほどのファイバーツリーが飾られていた。
「あらあら、私の負けね……」
 残念に思いながらも楽しそうに笑って、あげはが楓香を見る。
「これで、あたしの予想数を超さなかったらあたしの勝ちですね。でも、この分だと越しちゃうんじゃないかな」
 答える楓香もクスクスと笑った。
 と、その時。
「え?」
 誰かに服を引っ張られて、楓香は振り返った。
「どうかしたの?」
 あげはが振り返った楓香の視線を追って首を捻る。
「え、ええっと……?」
 2人の視線の先に、小さな子供が1人。
 就学前くらいだろうか、余所行きらしいベージュの温かそうなチャイルドスーツに濃い茶色の靴。同色の帽子とミトン。少し薄いヘーゼルの瞳が、真っ直ぐに2人を見上げていた。
「あら、どこの子供さんかしら……?」
 首を傾げる2人に反して、子供はにこにこと何故かとても嬉しそうに2人を見上げている。
「迷子かな?」
 クリスマスのデパートの前だ。そう考えるのが妥当だろう。
「そうね、それとも、ご両親にここで待つ様に言われたのかしらね?」
 信号が青に変わった。しかし、子供が楓香の服の裾を掴んで離さないので2人は仕方なく横断を諦め、デパートの横に移動した。
「お母さんはどちら?ここで待つ様に言われたのかしら?」
 あげはがしゃがみ、子供に視線を合わせて尋ねる。
 と、子供はゆっくりと首を振った。
「迷子なの?お母さんとはぐれちゃったの?」
 同じく、子供に視線を合わせて尋ねる楓香。
 すると子供は、やはり首を振る。
「迷子ではないのかしら?でも、もう7時前でしょう?こんな小さな子供が1人でいるなんて……」
「ねぇ僕?お父さんかお母さんと一緒じゃないの?どこに居るのかな?」
 子供は、真っ直ぐに手を伸ばしてデパートの中を指差した。
「あら、矢っ張り迷子のようねぇ。中で呼び出しをして貰った方が良いかしら……?」
「取り敢えず、入ってみましょうか。もしかしたら、中で捜しているかも」
 話していると、子供が楓香の服を引く。仕方なく2人は子供に従ってデパートの中に入って行った。


 入口を入るとすぐに、茶色のレンガと白い綿雪が目に飛び込んでくる。
 クリスマス限定で設置された、サンタクロースの家だ。昼間は子供達が中に入り込み、保護者の買い物が終わるのを待っているが、今は誰もいない。店内に流れるクリスマスソングと、さんタクロースの家を取り囲むイルミネーションが何処か少し、よそよそしい。
 この時間帯に買い物をする人は、誰もサンタクロースの家等気に掛けないようだ。
「お母さんは買い物をしているのかしら?」
「何処ではぐれちゃったの?」
 尋ねる2人に、子供はにこにことサンタクロースの家を指差す。
「そこで待つ様に言われたの?」
 答えながら、子供について作り物の家の前に立つ。子供は暫し家を眺め、それから2人に構わず中に入って行った。
 大人には少し小さく窮屈な為、2人は外で様子を見守ったが、中にはサンタクロースの人形がいて、安楽椅子に腰掛けている筈だ。
「困ったわね……、」
「泣き出さないだけ良いですけどね」
 予約の時間にはまだ余裕がある。出来れば、子供を無事親に会わせてから立ち去りたい。
「ねぇ?お母さんを捜さなくて良いの?」
 楓香が呼びかけると、子供は跳ねる様に家から出てきて、今度はエレベーターを指差した。
「エレベーター?上の階にいらっしゃるのかしら?」
 子供に付いて、エレベーターに乗り込む。2人が躊躇っていると、子供は迷わず4階を押した。
 4階は贈答品売り場だ。もしかすると、クリスマス用ギフトを選んでいるのかも知れない。
 顔を見合わせて付いて歩く2人に構わず、子供は楽しげに店内を歩きまわり、時折まだ握ったままの楓香の服を引っ張り、顔を見上げてはにこりと笑った。
 そうして、ひたすら子供について歩く事10分。
「おかしいわねぇ……」
 あげはが口を開く。
「え?」
「迷子の呼び出しがかからないわ……」
「あ、そう言えば……」
 少なくとも、もう20分は子供に連れ回されている。20分も子供がいなくなれば、迷子の呼び出しをするものではないだろうか?
「呼び出し、してないって事ですか……?」
「分からないけれど……私、ちょっと……」
 言って、あげははバッグに入れてあったデジカメを取り出した。
 丁度エスカレーター横の休息スペースで子供が立ち止まり、そこに飾ってあるクリスマスのディスプレイに見入っている。
 楓香は再び子供が歩き出さない様、そのディスプレイに自分の作り出した幻をくわえて子供に見せる。
 敷き詰められた綿が雪に変わり、玩具のトナカイが動き出す。
 プラスチックの星が煌めき始め、小さな家の煙突からは緩やかに煙りが登る。
 その隙に、あげははデジカメを持って暫し目を閉じた。
 少し時間を遡って、この子供の母親の外見を知り、それから現在の状態を知ろうと思ったのだが。
「……あら?」
「どうでした?」
 首を傾げるあげはの手元を、楓香が覗き込む。
「……雲?」
 しかし、あげはの手の中のデジカメに映し出されたのは、青い空に浮かぶ綿あめのような白い雲ばかり。
 あげははもう一度、シャッターを切った。
「今度は、夜空……、」
「何なんでしょう……」
 撮った本人も、それを見る楓香も訳が分からず顔を見合わせる。
「雲に夜空……これでは、この子じゃなくて今の空模様だわ……」
 もしや念写の能力が弱まってしまったのだろうか?
 デジカメを仕舞いつつ溜息を付くあげは。
 そこで、子供が再び楓香の服を引っ張った。


 4階から、今度はエスカレーターで階下へ。
 サンタクロースの家の前を素通りして、子供は楓香とあげはを外に連れ出した。
「どうなってるの?ねぇ、お母さんを捜さなくちゃ!」
「きっと心配しているわよ?」
 と言う2人に構わず、子供はどんどん歩いてデパートから離れていく。そして、人通りの少ない路地に入って行った。
「デパートにいるんじゃなかったんでしょうか?」
「さぁ……、でもこんな時間にこんな小さな子供を1人で出歩かせるかしら……?」
 物騒な事件が絶えない昨今、ちょっと考えられないが……。
 不意に子供が立ち止まり、話していたあげはと楓香は慌てて足を止めた。
「あ、ごめん」
 軽く子供にぶつかってしまった楓香が慌てて謝る。
 と、子供が楓香の服から手を離し、駆け出した。
「ちょっと!」
 子供の行方に視線をやって……。
「え、」
「ええっ!?」
 2人は一瞬、ポカンと口を開いた。
 子供が走る、その先に。
「て、て……、」
「天使?」
 真っ白な衣装を身に纏い、背には羽、頭に輪を乗せた女性が立っていた。
「でも、まさか?」
 そこだけが、光に照らされたかのように明るい。
 指さしかけた手を慌てて引っ込めて、楓香は息を飲む。
 すると、ゆっくりとその女性が口を開いた。
「ごめんなさいね、少しお迎えが遅れたものですから」
 鈴が鳴るかのような、澄んだ声だった。
「この子がご迷惑をお掛けしたのではないかしら?」
「いいえ、全然」
 驚きながらも答えるあげは。
 天使はゆっくりと笑みを浮かべた。
「ありがとう。助かりました……」
 そして、小さな子供の手を引いてそっと2人に手を振った。
 パタパタと軽やかな羽音。
 見ると、子供の背にも小さな白い羽があり、猫の尻尾のようにパタパタと動いている。
「さよなら」
 子供が初めて口を開き、楓香とあげはに笑いかけた。
「さよなら……」
「バイバイ、」
 あげはも楓香も、夢でも見ているような気分で天使と小さな子供が空に登って行くのを見送った。
 白い姿がだんだんと遠くなり、星よりも小さくなり、とうとう見えなくなったところで、楓香が口を開く。
「あ、そっか」
「え?」
「さっきの、あげはさんの写真」
「写真がどうかしたの?」
「だって、天使は空にいるものでしょう?だから、空の様子が写ったんですね」
「ああ……、」
 頷いて、あげはは自分のデジカメに写った空を思い出す。
 時間を遡って、昼間の青空。そして現在の夜空が写ったのだった。


「うーん!美味しかったぁ!」
 デザートの最後の一口を食べ終えて、楓香は満足そうに言った。
 2人の前に並ぶ皿は2つ。
 結局、あげはの予想も楓香の予想も外れ、2人は残念賞のデザートを一皿ずつ追加注文した。
「そう言って貰えると嬉しいわ。食べ物って、それぞれ好みがあるでしょう?誘ったものの、楓香ちゃんの口に合わなかったらどうしようかと思っていたの」
 あげはもコーヒーの最後の一口を飲み終えて、満足そうに微笑む。
「美味しかったですよー!また、来たいな。って、来年は是非とも彼氏とですけど」
「そうね、お互いにね」
 クスクスと笑い合って、2人は同時にバッグから箱を取りだした。
 今日の為に、お互いに用意してきたプレゼントだ。
「今年は彼氏はいないけど、こうしてあげはさんと食事出来て、途中に天使に会っちゃったりとかして、ちょっとラッキーかな」
「本当。私も楓香ちゃんと食事出来て良かったわ。天使にも会えたし……。はい、これ。気に入って貰えると良いんだけれど」
 言って、あげはがトナカイ模様の包装紙に包まれた箱を楓香に差し出す。
 と、楓香もあげはに星模様の包装紙に包まれた箱を3つ、差し出した。
「3つ?どうして?」
「えっへへー。見つけたら、買わずにはいられなかったんですよね。一つは、あげはさんに。あとの2つは、御犬様と御猫様に」
「まぁ、どうも有り難う……、喜ぶわ……。飼い主の私でさえ、プレゼントなんて用意していなかったのに……」
 早速お互いのプレゼントを開いて、2人は暫し買ったお店や他に気になった雑貨の話しに花を咲かせた。
「今頃、あの小さな天使もクリスマスを祝ってるのかしらね?」
「うーん、そうかも知れません。プレゼントに何を貰ったんでしょうね」
 店を出る前になって、楓香とあげはは今日2人をほんの30分程引き回した小さな天使を思い出して笑った。
 空では大きな星と小さな星が、寄り添う様に瞬いていた。



end
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
佳楽季生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月19日

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