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『Real thing 』
水城・司0922)&村上・涼(0381)

【司の罠】

「だからどうして私がキミと一緒にご飯食べなきゃならないわけよ!? そういうのは、言われて喜ぶ世間様の風の冷たさとキミのお腹のドス黒さを知らないヘリウムガス入り風船よりも頭の軽いお馬鹿な女に言いなさいよ! 私はカンケーないわよ絶対! ってゆーか、これ以上、私をそのムカデ足と化した脅威の配線口に近づけるなー!!」
 相も変わらず失礼極まりないことを大声で怒鳴り散らし、村上涼が、後ろ歩きで、水城司から遠ざかる。まともに聞いたら結構傷つきそうなその台詞の数々にも、だが、司は、特に堪えた様子もない。
 涼の悪口雑言など、彼には春の微風ほどの動揺も与えないのだ。今に始まったことではないし、このところ勝ちが続いていることもあって、涼に対して元々かなり切れにくい堪忍袋の緒は、極限までも柔軟に緩みまくっていた。
「まったく……。その素晴らしく良く滑る口の方が、よほど脅威だよ。知り合いがレストランを始めたから、挨拶がてらの食事に付き合ってくれって言っただけなのに、どうしてそこまで話が飛躍するんだ?」
「うっさいうっさい! ともかく却下! 絶対に却下! 私はねー……私はっ! 平凡に地味に平和にフツーに生きていたいだけなのよ! キミと関わるたびに、ろくでもない目に遭うこの身が可哀想で可哀想で仕方ないワケよ! 本当に! 私の残り少ない大事な学生生活を、キミとの小競り合いでこれ以上潰してなるもんですかー!」
 更にずいずいと後ずさり、逃走の意思も明らかな、村上涼。ここで腕力に任せて捕まえてみても、事態が余計にややこやしくなるだけという事実を、むろん、司は知っていた。
「残念だな……」
 と、殊勝に溜息など吐いてみせる。
 押して駄目なら引いてみろの精神ではないが、司は、良くも悪くも涼の性格を熟知していた。彼女を罠に引っ掛けるための手段は、恐ろしいことに、一万も頭の中に唸っている。
「そんなに俺を怖がっているとは、正直、思わなかったよ」
 涼の負けん気を、今の一言は、大いに刺激した。ぴくりと眉を跳ね上げる。
「ちょっと。誰が怖がってるってゆーのよ?」
「村上嬢が。何も無かったって言っても、大いに疑いのご様子だし。いや、まぁ、あんなことがあった後じゃ、確かに普通の女性は怖がるかな。どうも俺は女心には疎くてね。悪かった」
「ちょっと聞き捨てならないわよ!? どうして私がキミごときにビビらなきゃならないわけ!? 寝言は寝てから言いなさいよ全く!!」
「おや。怖いわけじゃないんだ?」
「あったり前でしょ!」
「まぁ、口だけなら何とでも言えるがね」
「いつも口先三寸なのは、キミの方でしょーが! 一緒にしないでよね!?」
「なるほど。村上嬢は、口先だけではないわけか」
「当っ然よ! 私はいつも真心で生きているわよっ!」
「じゃあ、その真心を最大限に発揮して、是非とも俺の用事にも付き合って欲しいな。どうしても怖くて無理、っていうなら、無理強いは出来ないが」
「だから怖いなんて誰も一言も言ってないでしょーが! 食事が何だってゆーのよ。行ってやるわよ、それくらい! キミに馬鹿にされてたまるもんですかっ!」
「ああ、そう。じゃあ……明日は大学のゼミだったな。終わるころ迎えに行くよ」
「……………あ」
 晴れやかな司の笑顔を見て、急速に頭の冷える、村上涼。
 しまった、と今頃になって後悔したが、もう遅い。
「約束を守ることの重要性は、幼稚園児でも知っている。キミの頭にもその程度の良識があることを、心の底から祈っているよ」
 駄目押しの一言をくれてやることも、司は忘れない。絶体絶命の状況に顔色を青くしている涼を横から覗き込み、意地悪く笑った。
「服装は、普通のものでいいよ。特に凝らなくても。さすがにジーンズとトレーナーは避けた方が無難だが。今更言うことでもないが、そういう格好をしてきた場合、食事に加え、買い物の項目も増えるから、気をつけるように。俺に好みの服を選んで欲しいって言うのなら、ジーンズ姿も止めないけどね」
「こっ………この悪魔! 悪霊悪鬼超極悪人!」
「それじゃ」
 最後の涼の悪口雑言は完全に無視して、司は颯爽と身を翻す。虚しい涼の絶叫が聞こえたが、それとても、彼になんら痛痒をもたらすものではなかった。
「神様の意地悪ー!!!」
 人間、逆境を神様のせいにするようになったら、終わりである。





【Cosa realeの女主人】

「逃げてやるわよ絶対! 逃げてやるっ!!」
 幼稚園児より良識が無いと言われても、かまうものか!
 翌日、村上涼は、決意を固めて、ゼミ終了後、猛然と裏門へとダッシュした。正門には、きっと、迎えに来ると言っていた司がスタンバっているはずだ。逃げるなら、裏からこっそりが確実である。
 確実、と、思ったのだが……。
「意外に早かったな」
 裏門には、しっかりと司がいた。涼の行動など、彼はとっくにお見通しだったのだろう。思わず電柱に頭をぶつけそうになるくらいよろめいた涼に、早く乗れと合図する。逃亡する手段もなく、闘争する気力も失い、涼はしぶしぶと助手席に乗り込んだ。
「服装、考えてくれたみたいだな」
 司が、思いの他、嬉しそうな声を出す。あれだけ脅していおいて、何を今更と、涼は思わず歯噛みした。
「キミに服を買ってもらって、着替えさせられるくらいなら、素直に家でめかしこんできた方が、なんぼかマシよっ!」
「ああ、あれ」
 司が、事も無げにさらりと言う。
「冗談だったのに」
 何?
「俺は君の父親でも兄貴でもないからね。君の服装についてまで、とやかく言う権限はないよ」
 思わず、開いた口が塞がらなくなる。私はこんな奴と喧嘩して、勝とうとしていたのかと、疲労感がどっと押し寄せてくる涼だった。
「………どこ行くのよ」
「イタリア料理の店」
「それは昨日聞いたわよ! 店の名前!」
「Cosa reale」
「なんでそんなに発音本格的なわけよ」
「イタリア人の友人は多いからね。自然と覚えたんだよ」
「うっ。一度は言ってみたいわね。その言葉」
「村上嬢の場合、日本語から学ぶ必要があるからね」
「ちょっとどーゆう意味よ!?」
「意味を履き違えているからさ。俺はタラシでも蛸足でもないよ」
 車が、止まった。いつの間にか、車道からどこかの駐車場に入り込んでいた。イタリア料理の店は本日開店したばかりで、目新しさと店構えの良さに釣られて、驚くほど客が多い。
 駐車中の車がひしめき合う中を、司は、ゆるゆると、中型車両を難なく進める。水城司は何でも出来る万能人間だが、車の運転も、やはり抜群に上手い。ほとんど切り返すこともなく、車は狭い空きスペースにバックで収まった。

「ツカサ!」

 店に入るなり、背の高い黒髪の女に呼び止められた。
 このイタリアンレストランのオーナーの夫人だ。豊かな黒髪が自慢の、さながらカルメンを彷彿とさせるイタリア人女性である。派手な見た目からは想像も付かないが、彼女自身が、夫と共に、優秀なシェフでもあった。
 店の内装を興味深げに眺めていた涼が、ふと、壁の片隅にむしろ遠慮がちに掛けられていた、幾つもの額縁に気付いた。どれもこれも、イタリア料理界では名の通った、権威のある賞ばかりだった。
「ツカサのおかげ! 待望の店、やっと持てたわ!」
 両手を広げ、夫人はがばりと親しげに抱きつく。司は苦笑した。彼女のこのオープンなところは、出会った頃から少しも変わらない。堅物の日本人の夫が、時々、頭を悩ませていたことを思い出す。
 手強い女に関わった者同士、大変ですねと笑い合っていたことが、何だか、ひどく、懐かしく感じられた。
「あらら? めずらし。ツカサに女の子の連れがいるなんて。どーゆう風の吹き回し? 前にワタシがホテルでシェフをしていた時は、いくら言っても、可愛い彼女を連れて来てくれたことなんて、無かったのに」
「やっと口説き落とすことに成功したんでね」
 すかさず涼が司の足を踏んづける。口説かれていない!と、彼女は力いっぱい否定した。
 夫人が、遠慮会釈無く、大声で笑った。司の彼女は、このくらい元気があった方がいい。大人しいだけが取り柄の女では、彼を満足させることは出来ないだろう。
 強かであればあるほど、興味を惹かれる。手に入れたくなる。男とは、多分に、そういう生き物なのだ。それは、水城司に限ったことではない。
「まぁまぁ、いいわ。ツカサのために、ちゃんと席を用意しておいたから。いらっしゃいな。お嬢さん。うちのお店で出す料理は、本物ばかりよ。シェフも、スタッフも、全員、本物だけを揃えている。………それから、友人もね」
 案内係に連れられて、司が先に歩き始める。いまいち高級な雰囲気に慣れていない涼が、慌てて後を追いかけようとしたとき、ふと、背中に、声がかかった。
「お嬢さん。ツカサは本物よ。今のご時世では、めっきり少なくなってしまった、本物の男。逃したら勿体ないわよ? しっかり掴まえておきなさいな」
「だから違うって言ってんでしょうがぁぁ!!」
 大絶叫でこれに返す涼だが、顔が赤くなっているので、今ひとつ迫力に欠ける姿なのは、否めない。夫人はまたケタケタと笑って、腕によりをかけて料理をするために、厨房に引っ込んだ。
「…………ったくもぅぅ!!! 何なのよみんな揃いも揃って!」
 プリプリと怒りつつ、出された料理には、舌鼓が止まらない。本当に、美味しいのだ。麺の一本一本にまで、料理人の愛情が染み渡っているような、そんな深い味だった。
 本物、の二文字が、涼の脳裏に浮かんだ。久々に出会った気がする、本物の、料理。
「デザートは……」
 たっぷりと二時間は長居をしたはずなのに、不思議と、時間の経過を感じなかった。
 司が、最後のデザートを頼んでいるのを聞きながら、そういえば、酒がまったく出て来なかったわねと、涼が考える。会話も、いつもの皮肉毒舌は、あまり聞かされなかったような気がする。
 純粋に、楽しかった。お互いに、大学のこと、仕事のこと、趣味のこと、最近あった変わったこと……等々を語り合う。話が尽きることは、無かった。
「そろそろ出ようか?」
 終わりを促す司の声が、一瞬、残念に思えたなどとは…………口が裂けても、言う気は無いけれど。





【Real thing】

 結局、夜の八時過ぎには、涼は自宅に戻っていた。
 車をアパートの前に乗り付けても、司は上がりたいなどとは一言も言わない。すぐに車を走らせることもしない。
 涼が確実に部屋の中に入るのを、部屋の明かりが灯るのを、車の中から、最後まで見届けてくれた。また行かないかと、次の約束を取り付けるような言葉すら、口にしなかった。
「今日は、ありがとう」
 別れ際の台詞は、それだけ。
 拍子抜けするほどに、あっさりとしていた。
「何なのよ。いったい」
 ツカサは本物だからと笑った彼女の顔が、また、唐突に、甦る。
 わかっているわよと、涼は知らず呟いていた。
 
「偽者だって思ったことなんて、無いわよ。一度も。超嫌な奴だけど……でも、確かに、偽者じゃ……ないわよ」

 



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2003年12月19日

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