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『その手の温もり 』
功刀・渉2346

1.
功刀渉(くぬぎあゆむ)は眉間に皺を寄せ考えていた。
確か30分ほど前に今日の一日の仕事を終え、今夜の相手を誰にするかを悩んでいたはずだ。
そう、たった30分前である。
それなのに今のこの僕の状況・・どこをどうしたら予想できたというのだろうか?
功刀は今、夜の街のど真ん中で小さな女の子を抱き歩いていた・・・。


2.
冬の夜は人恋しさゆえか街中に人が溢れる。
仕事を終えそんな人込みを掻き分けて歩いていた功刀はふと、袖口をつかまれた。
「パパ〜・・・」
「・・・え?」
瞬時に今まで会った女の顔が走馬灯の如く流れては消えていく。
どの女の顔とも似ていない目の前の少女の顔。
まだ3・4歳ぐらいなのだろう。
少女は目に涙を溜めて功刀の袖口をしっかりと掴んでいた。
「パパ・・いないの・・・どこ行っちゃったの?」
その一言が功刀の思考を中断させた。
どうやら迷子のようだ。功刀はホッとした。
「僕は君のパパじゃない。離してくれないか?」
功刀が少女の手を袖口から離そうとした。
すると・・・
「う・・パパーーー!!!」
大音量で少女は泣き出し、通りかかる人々の視線が功刀に集まる。
こ、この状況は・・・。

 「あいつ自分の子供置いてこうとしてるぞ」
 「サイテー、きっと奥さんに逃げられたのよ」

完全に少女の父親が功刀であると周囲は誤解したようだ。
功刀は慌てて少女を抱きその場を離れた。
「わかった。僕がその父親とやらを見つける。だから、絶対に泣かないでくれ」
功刀がそう言うとしゃくりあげながら少女はコクンと功刀の腕の中で頷いた。


3.
「いいかい?君の父親が見つかったら絶対にこの労働に対する報酬は貰う。S席5万だ」
「Sせき〜?」
「舞台だよ、お芝居。まぁ、君みたいな子供なんかに言ってもわからないだろうけど」
「あたし、あばレンジャーがすきー!」
微妙に噛み合ってるんだか噛み合ってないんだか分からない会話をしつつ、功刀は少女の手を引きつつ街をさ迷っていた。
先ほど父親を探すために少女から父親の特徴を聞いてみたが会話がまったく噛み合わず、とりあえず子供を捜している男を探索するように式神を使いを出した。
だが、それだけではあまりにも不安。
功刀は重い足取りで父親探しに少女を連れて街をさ迷っている・・・という訳だ。
一目見れば父親かどうか位は会話の噛み合わない少女だろうとわかるはず。
もしくは逆に父親が見つけてくれるかもしれない。
警察に連れて行くことも一瞬頭を掠めたが、先ほどのように誤解を生むだろう事や面倒な事情聴取などに付き合うのは真っ平だった。
「最悪だ。パパ呼ばわりされた上に、妻に逃げられたダンナ役とは・・。僕は三流役者か?あぁ、こんな厄日には今までお目にかかったことがないね。不幸の大売出しでもしてるのかい?」
ブツブツと呟く功刀の眉間からは深い皺が取れない。
「・・おじちゃん怖い・・」
「・・・」
ポツリと呟いた少女に、功刀は少々バツが悪くなった。
子供の前で怖い顔をしていたことに気がついた。
だが、子供の前でどんな顔をしたらいいのか・・・功刀には思いつかなかった。

くしゅん!

少女がくしゃみをした。
功刀は少し考えると「温かいココアでも飲むかい?」と少女に聞いた。
温かい飲み物というとどうしてもコーヒーや紅茶しか浮かんでこない功刀の中で唯一、子供が好みそうな飲み物の名だった。
少女はパァと顔を輝かせた。
「飲む!」
功刀は溜息をついた。
どうもペースを乱されっぱなしだ。
功刀は近くに在った自販機に硬貨を入れた。
「私が押す〜!」
少女が届かない背で一生懸命ボタンを押そう努力する。
功刀は少女を抱えてボタンを押させた。
「おじちゃん、ありがとう」
少女が満面の笑みでココアの缶を両手で持った。


3.
近くに座れる場所を探し、少女と2人で並んで座った。
人並みがザワザワと流れる様を見ていた。
少女はフーフーとココアを冷ましながら、ちびちびと飲んでいる。
フワッと式神の帰ってきた気配を感じた。
「どうだった?」
言葉で返事をするわけではないが、功刀はそう聞いた。
式神がダメだったと首を振った。
「おじちゃん、それ誰??」
少女が不思議そうに功刀を見た。
式神の姿は本来見えないはずなのだが、どうやら少女には見えているらしい。
子供は時々不思議な力を持っているらしい・・と功刀は思い出した。
「これは・・・僕の・・そうだな。お使いをしてくれるんだ」
子供に難しいことを言っても分からないだろう。
かと言ってどんな言葉にしたら伝わるのだろう?功刀には分からなかった。
少女は「そっかぁ」と納得したようだった。
「ごちそう様〜!」
少女がココアを飲み終えた。
「もうちょっと探しても駄目なら、仕方ないが警察に行くか・・」
功刀が呟き、歩き出した。
と、少女の手が功刀の手に絡みついてきた。
「あのね、手を繋ぐと迷子にならないんだよ」
少女の手はココアの缶のおかげでホカホカと温かかった。


4.
「・・・あ、すいません、3歳くらいの女の子を見かけませんでしたか?」
少し歩いたあたりで、功刀はそんな声を聞いた。
前方でなにやら誰彼かまわず人探しをしているらしい男の姿を見つけた。
「パパの声!」
少女が功刀の手を振り解き、走り出した。
「美和!どこ行ってたんだ!探したんだぞ!!」
「パパ〜!!」
抱き合う親子の姿・・・功刀は振りほどかれた手を無意識に見ていた。
「あのね、あのおじちゃんがパパを探してくれたの!」
少女が父親にそう説明したので、功刀は軽く頭を下げた。
父親は功刀に近寄ると「ありがとうございました」と深々と頭を下げた。
「いや、大したことはしていない・・」
功刀はそう言ったが父親は「後日改めて御礼に・・」と食い下がった。
「あのね、『Sせき』なんだって」
少女が唐突に口を挟んだ。
「え?」と父親はきょとんとした。
「・・そう。僕はこれから観劇に行くので時間がないんです。ですから、これで・・」
少女のよく分からない助言を元に、功刀は踵を返した。
「本当にありがとうございました!」ひと際大きな声で父親がいい、「ありがとう、おじちゃん〜」と少女の声がした。
少し歩いて、功刀は後ろを振り返った。
少女は父親に抱かれ、人込みの中に紛れていくところだった。

功刀は少女と繋いでいた手を見た。
温もりは既に消えていた。
家族・・・家庭・・・どこかで自分とは無縁だと思っていたもの。
いつか・・・僕も・・・?

功刀はギュッとその手に力を込め、握りしめた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
三咲 都李 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月16日

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