▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『振子細工の心 』
海月・透花2230)&要・一也(1828)&雨宮・戒(1821)
●婚約者
 秋もそろそろ終わりを迎え、冬――年末が向こうから歩いてくる時期。街中を並んで歩く青年と少女の姿があった。
 少女の方は高校生くらい、青年の方は大学生といった所だろうか。しかし、そうはいっても同じくらいの年代。青年の方が背が高いので、僅かに年上に見えるのかもしれない。
「あそこで一也君と偶然会うなんて……珍しいよね?」
「そうだな」
 銀髪の青年の方を向き、嬉し気に言う赤髪の少女。だが、青年は少女の方を向くことなく、興味なさげにぶっきらぼうに答えた。
(お話が終わっちゃった……)
 少女――海月透花は少し寂し気な表情を見せ、軽くうつむいた。もう少し話が弾むかと思ったのだが、どうやら予想が外れてしまったみたいだった。
 透花の隣を歩く青年の名は要一也、日系アメリカ人の交換留学生である。そして、透花の婚約者でもあった。
「……資料を探してたんだ」
 透花の寂し気な様子に気付いたのか、一也はぼそっとつぶやいた。
「講義の?」
「レポート。これからも何度となく使いそうだから、いっそ買うことにした」
 前髪を掻き揚げ、一也は面倒臭そうに言った。必要な際に借りに行き返しに行く手間暇と、一時的ではあるがそれなりの額の支出とのトレードオフで、一也は後者を選択したということだ。
「だから一也君、上の専門書の階から降りてきたんだ」
 へえといった表情を、透花は一也に向けた。
 今日2人がばったりと出くわしたのは、地上2階地下1階建ての大きめな書店でのことだった。そこは1階が雑誌や漫画など、地下が小説や実用書などを扱い、2階で各種専門書を扱っていた。
 そして透花が1階で雑誌を買い、レジで支払いを済ませて帰ろうとしていた時、出口そばの階段から不意に一也が降りてきたのである。
「あはは、でさー。そいつがまた、面白い店知っててさー」
「え〜、ほんとほんと〜? 今日行ったお店とは違うとこ〜?」
 そのうち、前方から腕を絡めて仲よさそうなカップルがやってきた。年頃は、透花や一也と同じくらいだった。
 話の内容からすると、そのカップルはデート中であるのだろう。擦れ違い様、透花は自然とそのカップルを目で追いかけていた。
(いいなあ)
 今のカップルをうらやましく思う透花。視線をそのまま一也の方へ向けてみる。
 けれども一也が透花の視線に気付く様子はなく、すたすたと前を向いたまま歩道を歩いてゆく。
(一也君、全く気付かないね……)
 透花はふと足を止め、少しずつ離れてゆく一也の背中を見つめた。で、30メートルほど距離が広がった頃、一也が足を止めて透花の方に振り返った。
「……何やってんだ、早く来いよ」
「あ、はい!」
 立ち止まったままの透花を、怪訝そうに見ている一也。透花は慌てて返事をすると、小走りで近付いていった。
(デートなんて無理なのかな)
 駆けながら、透花はそんなことを考えていた。実際問題、婚約者という間柄ながら透花は一也と一般的なそれらしいデートをしたことはなかった。
 別に透花が避けている訳ではない。婚約者である一也の存在を、それなりに意識しているのだから。なので、どちらかといえば原因は一也の方にあるのかもしれない。
 彼にとって透花は親の決めた許婚であり、それ以上でも以下でもない。さっきみたく気遣いはしてくれるが、別段恋人であるとは思われていない様子。何度か顔を合わせた頃から、透花はそんな雰囲気を少しずつ感じ取っていた。
 けれども、それを感じ取った後も透花は一也を嫌いになってはいなかった。無論、それにはちゃんとした理由があるのだが。
「あ。そこ段差になってっから、気を付け……」
 一也まであと1メートル弱となった時、一也が透花に注意を促した。が、時すでに遅し――。
「きゃあっ!!」
 少し浮いていたコンクリートブロックに足を引っ掛け、前につんのめる透花。しかし一也が大きく1歩踏み出し、透花の身体の前にすっと腕を出した。
「っと!」
(あっ……!)
 一也の腕に支えられる透花の身体。その瞬間、透花は胸がドキリとした。
「あの……一也君ごめんなさい!」
 一也のおかげで、透花は何とか転ばずに済んだ。そして体勢を立て直すと、ぺこんと一也に頭を下げる。
「たく、足元くらい見てろよな。怪我ないな、大丈夫だな?」
 一也に尋ねられ、透花はこくんと頷いた。
「ほら、行くぞ」
 一也はぷいと前を向くと、またすたすたと歩き出した。
 まあ……こういう部分が、透花が一也を嫌いにならない理由である。いや、むしろ淡い恋心を抱いてさえいた。
 一也は口調もぶっきらぼうだし透花の見ている限り乱暴だが、時折ドキッとするような格好よさを見せたりもする。そう、例えば先程みたく。
 けれども、それが全てだったのは少し前までのことだった――。

●どうしてあなたは
「じゃ、俺こっちに用あるから」
「うん、分かった。一也君、またね」
 少し先の交差点で、透花は他に用事があるという一也と別れた。
 透花は一也の姿が見えなくなるまでその場に居たが、姿が見えなくなると小さく溜息を吐いた。
「デート終わり?」
 と――透花の背後から、聞き覚えのある青年の声が聞こえてきた。
(えっ?)
 声にドキッとし、振り返るとそこには細身の青年が1人立っていた。
「雨宮さん?」
 びっくりしたように透花が言った。目の前に居る青年の名は雨宮戒、一也とは親友である。
「どこ行ってきたの?」
 軽く笑みを浮かべ、戒がのほほんとした雰囲気を漂わせ透花に尋ねた。
「あの、えっと……」
 言葉に詰まる透花。そりゃそうだ、デートなどではなく単にばったり出会っただけなのだから。説明出来るはずもない。
 さすがにこうなると、戒も何か変だなと気付き、結局透花はありのままを説明することになったのだった。
「何だそうか。あの様子を見たら、デート中かと思ったんだけど違ったのか」
「え? ……雨宮さん、どの様子のことですか?」
 戒の言葉にきょとんとなる透花。さて、戒はいったいいつ透花たちの姿を見ていたのだろう。
「つまずいて、支えられてた所」
「ど、どこでそれをっ?」
 透花は純粋にびっくりしていた。あの時、周囲に戒の姿は見当たらなかったはずなのだが……?
「2階の喫茶店から偶然見かけたけど。そろそろ出ようかと思った時に、2人して歩いてるんだから驚いたよ」
 どうやら透花がつまずいた場所が、戒の居た喫茶店のある建物の前だったらしい。
「あ、あはは……」
 照れ笑いを浮かべる透花。つまずいた場面を見られた恥ずかしさからか、ほんの少し笑顔が引きつっていたけれども。
「じゃ、デートじゃなかったのか」
「はい、そうなんです」
 透花は戒の言葉に頷いた。
「……憧れますけど」
 そんな言葉が、透花の口を突いて出た。
「え?」
(あ!)
 戒に聞き返され、透花がしまったという表情を見せ口元を押さえた。口が滑った、そんな状況である。
「うーん……」
 思案する戒。少しして、こんな提案をしてきた。
「さっきのお詫び。デートをセッティングしようか?」
「えっ?」
 今度は透花が聞き返す番だった。何と、戒が一也とのデートをセッティングしてくれるというのである。
 最初透花は遠慮したのだが、戒が『いいから』と何度も言ってくれたので、最終的に好意に甘えることにした。
「それじゃ、詳しいことはまた」
 決まったら連絡すると言い、戒は透花と別れた。
「……どうして」
 戒の背中が小さくなってから、透花の唇が僅かに動いた。
(どうして、私のこと気遣ってくれるのかな……)
 透花は唇をきゅっと結ぶと、衣服の胸元をぎゅっとつかんだ――。

●ゆらり、ゆらりと……
 デート当日――透花の姿は遊園地の中にあった。もちろん、透花1人きりで居るはずがない。
 右手には一也の姿がある。そして左手には、セッティングしてくれた戒の姿があった。ちょうど2人の間に透花が挟まれるような感じだ。
「急に『遊園地行こう』だなんて、驚いたぞ。どういう風の吹き回しだ」
 ちらりと戒を見て、一也が言った。
「ひょんなことから無料券が手に入ったから、どうかなって思っただけさ」
 さらりと答える戒。どうも戒は無料券の話から一也を誘い、せっかくだからと透花をも誘うように持っていったらしい。
「しかし、久々に来ると、色々とあるもんだな」
 一也がぐるりと周囲を見回して、しみじみとつぶやいた。定番のジェットコースターやメリーゴーランド、観覧車などは当然のこと、他にもビックリハウスだとか、季節外れながら意外に客が入っているゴーストハウスなど、内容が充実していた。
「あれなんかどうだろ」
 そのゴーストハウスを指差し、戒が一也に勧めた。
「せっかくだから、2人で入ってくれば? 俺、ここで待ってるから」
 さらにそこまで言い、戒は一也と透花を促した。けれども、それに対して一也はこう切り返したのである。
「何だよ。こういう所は、一緒に行かないと面白くないだろ」
 一也にしてみれば、自然と出てきた親友を気遣っての言葉だったのかもしれない。しかしその気遣い、今日に限っては不要であった。戒にしてみれば、婚約者たちを気遣っての言葉であったのだから。
 結局、ゴーストハウスには3人で行くこととなった。移動中、戒は透花にごめんという仕草を見せていた。
 一事が万事そんな感じで、婚約者たちに気を使う戒と、気に留めない一也。そして、そんな2人に挟まれている透花。この三角形が描かれたまま、1日が過ぎていった。
 3人が最後に乗ったのは観覧車であった。ただちょっと形が変わっていて、外観は球体で中が3つの席に分かれていた。3人はごく自然に3つの席に分かれて座った。
 3人の乗った観覧車は、ゆっくりと上へ向かって回ってゆく。ゆらりゆらりと揺れながら。
「たまに来ると、面白いよな」
 外の景色を眺めながら、一也がぽつり感想を漏らした。遠くに夕焼けが見えていた。
 その一也の言葉が出たきり、観覧車の中で言葉は発せられなかった。3人とも外の景色に目を奪われていたからである。
 透花は次第に小さくなる地上を、じっと見つめていた。人も物も、どんどん小さくなってゆく。
(……どうしよう……)
 透花は2人に気付かれぬよう、小さな溜息を吐いた。そして一也と戒の姿を、横目でちらりちらりと見る。
(やっぱり私……)
 近頃透花が感じていた気持ちの変化、図らずも今日はそれを改めて認識させられることとなってしまった。
(……私の気持ち……なってる……)
 透花はガラスに映った戒の姿を見て、唇をぎゅっと結んだ。
 変化の原因は、戒にあった。戒に会うことがなければ、それまでの自分の気持ちは変わることはなかったのかもしれない。すなわち、一也に対する淡い恋心を抱いた状態のままで。
 けれども戒に会ってしまったことにより、透花は気付かせられることになってしまったのだ。それまでの自分が、恋に恋していたということに……。
 それに気付かせられた瞬間から、少しずつ少しずつ戒の方へと自分の気持ちが揺れ動いていることを、透花は悟っていた。そう、それはまるで振子細工のごとく――。
 しかし、一也のことを嫌いになったという訳ではない。それに今のこの座席位置のごとき関係を、わがままなのかもしれないが透花は壊したくはなかった。
 それゆえに、透花の心は締め付けられるようであった。今日だって、胸に想いを秘めたまま過ごしていたのだ。楽しい表情を見せながらも、心苦しき状態で。
「……ずっとこのままで居られたらいいのに……」
 透花は遠くを見つめ、小さな声でつぶやいた。夕陽が観覧車の中の3人を、とても切な気に照らしていた――。

【了】
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
高原恵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月15日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.