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『携帯電話に言葉を貼って 』
矢塚・朱姫0550)&天樹・昴(2093)

 季節は冬。
 十二月に入れば、次にやってくるのはクリスマス。
 子供たちがプレゼントを楽しみにする日であると同時に、恋人を持つ女性たちがロマンティックなデートに思いを馳せる日でもある。
 そんなクリスマスを間近に控えて、矢塚朱姫は本日上機嫌であった。
 クリスマスと言えば学期終了直前時期。忙しい学生は、とことんに忙しい。――・・・・・・朱姫の恋人、天樹昴の場合はこの時期に限らず普段から忙しい人であるが。――その特に忙しい時期に、二人は久方ぶりのデートをすることが出来たのだ。
 多少無理してでもと時間をとってくれたその理由の半分には、忙しくてなかなか会えなかったため、朱姫の機嫌がこれ以上ないくらいに斜めに傾いてしまった事もあるのだが。
 クリスマスのイルミネーションに彩られた商店街が見える喫茶店の窓際の席で、朱姫はウキウキと嬉しげな表情で外の様子を眺める。
 待合せの時間までは、あと五分ほどだ。
「あ」
 通りを歩く昴を見つけて、朱姫は店の中からヒラヒラと手を振った。
「・・・・・・・・・」
 気付かない。
 チリンチリン――
 ドアにかけられた鈴が可愛らしい音を立てる。
 ちょっとだけ傾きかけた機嫌は、昴が店に入ってくるのを見つけてすぐに立ち直った。
 もう一度手を振って見せると、今度はさすがに気付いてもらえた。
「ごめん、遅くなって」
「いや。まだ待合せの時間にはなっていない。私が早く来過ぎただけだ」
 朱姫が笑うと、昴は穏やかな笑みを返す。
「そうですか?」
 まだなんの注文もしていないテーブルを見て、昴はひょいとメニューをテーブルの上に広げた。
「朱姫さんは何を頼みますか?」
「そうだな・・・」
 二人でメニューを覗き込み、あれやこれやと話しながら注文を決めた。
 たったそれだけのことがとても楽しくて、朱姫は上機嫌の笑顔を見せる。そうすると昴もまた楽しそうに、嬉しそうに笑うのだ。
 だがそんな幸せの時間は、昴が口にしたたった一言で脆くも崩れ去った。
「これからは、もう少し会えるようになるのか?」
 今日、遊びに出れたのは学校の方が一段楽したからだと思っていた朱姫は、クリスマスへの期待を胸にその言葉を口にした。
 途端。昴が苦笑を浮かべる。
「いえ、まだやることが残っているんですよ」
「それじゃあ、遊べるのは今日だけということか」
 本当はもっと会いたいけれど。そんなの嫌だと拗ねて文句を言ってしまいたいけれど。
 今日会えたから我慢してやろう――そんな思いで呟いたのだが、昴はますます申し訳なさそうな顔を見せる。
「ん?」
 昴の様子に気付いて、今日このあとの計画を考えていた朱姫が顔をあげた。
 目が合う。
「それが・・・今日、このあとまた大学に戻らないといけなく――」
「また?」
 朱姫は、昴の言葉を最後まで言わせなかった。
 片眉を上げて聞き返した朱姫であったが、昴だって好きで忙しい訳ではない。きっと今日だって、忙しい中なんとか時間をやりくりして来てくれたのだろう。
 頭ではそれを理解しているから、かろうじて、文句を言うのは留まった。
 だがみるみる不機嫌方向に傾いて行く表情までは抑えきれなくて。
「そうか・・・」
 ようやっと、その一言だけを口にする。
 気まずくなってしまった雰囲気をどうにかしようと、視線をさまよわせて。
 昴の視線が朱姫のコップに向かった。実際にはすでに注文していた飲み物がきていたから、コップの水はカラでもなんの問題もなかったのだけれど。
「お水、入れて来るよ」
 この店はお冷のおかわりはセルフサービスである。普段は面倒だと思っても、こういう時にはあり難いかもしれない。
「ありがとう」
 お礼を言って、昴を送りだし――その姿が、角の向こうに消えた、途端。
 朱姫は誰憚ることなくぶすっと頬を膨らませた。
「別に、忙しいのはわかってる。それに、昴が私を大事にしてくれているのもわかる。だけど・・・」
 思わず口からでた言葉。声にならなかった最後の一言を胸の中に納めたまま、朱姫は昴がいる方角を睨みつけた。
 正面切って文句を言えればよいのかもしれないが、昴の事情もまったくわからないでもないから、なかなか言えなくて。
「・・・そうだ」
 この前あんまり苛ついて、一人で街に繰り出した時に撮ったプリクラが、たしかバックに入れっぱなしになっていたはず。
「この程度の文句は言わせてもらうからな」
 昴の携帯電話にこっそりとシールを貼りまくり。元の場所に携帯電話を納めた頃に昴が戻ってきた。
「お待たせ」
「ありがとう、昴」
 少し頭が冷えたおかげか、さっきまでの気まずい雰囲気はもうなかった。
 それから一時間ほど話をして――そう、一時間! たったそれだけの時間で、もう昴は戻らなければいけなかったのだ。
 二人は、喫茶店を出るとそれぞれの別の道を歩いて行った。



 さて、場所は変わって昴の大学。
「ごめんな、途中で抜けちゃって」
 グループ課題のメンバーに告げると、仲間たちは特に気にするふうでもなく笑う。
「その分これから頑張りゃいいだろ」
「そうそう。抜けた分の穴埋めはきっちりしてもらうからな」
 話しながらも、手早く荷物を整理し――
「ん?」
 携帯電話を手にしたところで、昴の手が止まった。
「プリクラなんて貼ってなかったと思うんだけど・・・」
 もしかして誰かのと間違えたのだろうか。思いつつ、貼られたプリクラを眺める。
 いくつものプリクラは、全て朱姫の顔が写っているものだった。
「・・・・・・」
 やっぱり、怒らせてしまったかと思ったその時。
 あることに気付いて、昴は、一瞬目を丸くした。
 直後。
 爆笑する。
「なんだあ?」
「どうしたんだ、天樹??」
 あまりにも突然な昴の大爆笑に、友人たちが様子を見に寄ってきた。
 昴が見ているのは、自分の携帯に貼られた、プリクラ。
 そのプリクラに写っているのは綺麗な少女。
 そして。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 それに気付いた友人が、呆れたような表情で言葉を失った。
 ペタペタと貼られまくったプリクラは全部で四枚。
 プリクラの中の朱姫の口の動きを読めば、一つの言葉になる。
『ばかものー!』
 直接には言わない朱姫の精一杯の可愛らしい文句に、昴はなおも爆笑し。

 勝手にやってくれと肩を竦める友人一同であった。
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東京怪談
2003年12月15日

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