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『お野菜をつくろう! 』
本郷・源1108

「ふー……やれやれ、腰が折れるのぉ」
 うーんと背伸びをし、本郷・源(ほんごう・みなと)は長時間曲げていた腰を軽く叩いた。
「でも、これで準備は万端じゃ! 後は寝て待つだけじゃな」
 源の眼前にはこんもりと小さくもられた土の山が並んでいる。ようやく出来た、おでんの材料製作所(?)『家庭菜園』の出来映えに、源は満足げな笑みを浮かべた。
 種はちゃんとまいたし、水も太陽の光も充分。普通の野菜ならば数カ月もすれば収穫できるだろう。
 
 そう。普通の土壌ならば。
 
 あやかし荘『薔薇の間』の軒先にある源の家庭菜園では、あやかし荘の井戸から汲まれた、天然の湧き水がまかれ、充分すぎる奇妙な栄養たっぷりなあやかし荘の土壌の養分が与えられ、野菜達はすくすくと成長していった。
 
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 それから数日後のことだ。
「なんぢゃこれは!」
 あやかし荘の庭を陣取る巨大な大根に嬉璃(きり)は思わず声を上げた。
 全長3メートルはあるだろう。桜島大根よろしく真ん丸な白い根が庭を占領し、緑鮮やかな葉が木漏れ日を作り出している。その隣には妙に葉っぱの長いにんじん……、木の幹と言っても差し支えのないネギがちょっとした林のように並んでいた。
「……おお、よくもまあ育ったものじゃな」
 満足といった様子で眺める源に嬉璃は横目で告げた。
「もしやおんしの仕業か?」
「わしの大切な菜園じゃ! おでんの具に使おうとおもっての」
「……これをおでんに……」
 嬉璃は改めて目の前にそびえ立つ巨大野菜達を見上げた。葉っぱには充分すぎる程の艶があるし、根もしっかりとしている。味の方は……食べてみないことには分からないが、この大きさならば、食べごたえだけは充分にあるだろう。
「なかなか、ずいぶん思いきった考えぢゃのぉ。してどうやって調理するのぢゃ?」
「それはいま考えているところじゃ」
 無農薬かつ新鮮な国産野菜を単におでん種とするには勿体ない。大根ならば漬け物にしても美味いし、掻き揚げやサラダ、酢のもの、湯葉巻きと様々な食べ方がある。ただ問題は……この巨大なまでに成長してしまった野菜達をどうやって調理するかだ。
「まずは土から引っこ抜かなくてはならんじゃろうな。どぉれ、わしがいっちょ肌を脱いでやるとするか」
 袖まくりをし、源は力を込めて大根を引き抜こうとした。だが、普通の人の姿の源では引っこ抜けるどころかぴくりとも動かない。
「む……むむむむむ……っ」
「何を抱きついておるのぢゃ?」
「見て分からんか! 今抜こうとしておるのじゃ! 見ておらんでさっさと手伝わんか!」
「わしは力仕事が好かんのでのぉ……」
 言いつつも嬉璃は源の隣にちょこんと手を乗せる。
「ええか、いっせせーので引っこ抜くからな。むむむむ……いっせっせーの……せっ!」
 ぐらりと一瞬大根は揺れ動くも、やはり抜けそうな気配は無い。これは思ったより根が深そうだ。
「ええいっ、こうなったら数で勝負じゃ!」
 パチン、と源が指を鳴らすと、どこからともなく黒子達が現れ、一斉に開拓作業を始めた。まさに飴に群がるありのように集まり、採れた野菜を源の目の前に次々と並べていく。
「こ、こやつらは一体……」
「わしの優秀な部下達じゃ。こんなこともあろうかと店のものに手伝うよう指示をしておいたのじゃ。やっぱり人手は多い方がよいからの」
 彼ら達の作業が一通り終わるまでの間、2人はのんびりとお茶を楽しむことにした。
 テキパキと仕事をこなしていく彼らを見ながら、嬉璃は改めて源の裏の深さを感心する。
「しかし……よくもまあ、これだけの人を集められたものぢゃの」
「なぁに、源の家のものを全員を集めればもっともっと多いぞ?」
「ほう……話には聞いておったが、それほどまでに大きな館なのか。一度遊びに行ってみたいものぢゃな」
「嬉璃殿ならいつでも歓迎……と言いたい所じゃが、なかなかそうは行かなくての、少々時間をもらえれば工面してやってもよいぞ?」
 さすがに富豪となると客を呼ぶのにもある程度、準備が必要のようだ。
 そんな話をしてるうちに、野菜達は全て土から抜かれて、下ごしらえが必要なものはその準備まで行われている。源はすっと立ち上がり、全員に聞こえるような朗々とした口調で声を張り上げた。
「よし、みなのもの! その野菜を全部店に運ぶのじゃ、たーんとたらふく食わせてやるぞ!」
 源はそれぞれ指示を与えて野菜達を蛸忠へと運ばせる。さすがに調理をぜんぶ独りでやるのは手間がかかり過ぎるため、何人かの部下にさせるつもりらしい。
「嬉璃殿も食べるか? わし特製のおでんをたらふく食わせてやるぞ!」
「そうぢゃな……あやかし荘生産の野菜がどのような味か、この舌で楽しませてもらうとするかの」
 にんまりと企んだような笑顔を浮かべ、嬉璃は思わず舌なめずりをさせる。
「腕によりをかけて最高の料理を馳走させてやるわっ!」
 源は腕組みをさせて、極上の笑顔を見せた。

 その翌日から嬉璃が謎の腹痛に倒れ、数日間寝込んだ。
 彼女の熱がさめるまでの間、普段看病などしない源が懸命に尽くしていたことに、あやかし荘の面々は友情は熱いものだな、としみじみ頷くのだった。
 
 文章執筆:谷口舞
PCシチュエーションノベル(シングル) -
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東京怪談
2003年12月15日

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