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『皆と話そう♪ 』
藤井・蘭2163

 ぽかぽかお日さまの下でお昼寝。
 ――と見せかけて、大事なお仕事はしっかりとやってる。
(緑の色の葉緑素)
 光のエネルギーを使って、二酸化炭素と水から炭水化物――主に酸素を合成する。
 それは僕ら植物の欠かせないお仕事。
 人と共存するために。
 そして僕ら自身が、生き延びるために。
「――ふあ〜」
 ビーズクッションを抱いて横になったまま、僕は大きなあくびをした。
 それから起き上がり、少し身体を動かしてみる。
(うーんっ、今日もよく頑張ったの〜〜♪)
 起きた時の身体の具合で、大体自分がどれくらい光合成したのかわかるのだ。
 たくさん光合成できると、嬉しい。僕は生きてるんだって気がする。それに、澄んだ空気は何よりも気持ちよかった。
 勢いよく立ち上がる。――と、途端に足の力が抜けた。
「み、みずぅ〜っ」
 植物だもの、適度に水が必要だ。
 僕は台所へと走った。
(ミネラルウォーター、まだあったかなぁ?)
 僕の大好きなミネラルウォーターは、持ち主さんによっていつも安い時に買いだめされている。つまり安くないと買ってもらえないのだ。
 昨日の記憶によれば、あれが最後だったような……気がしていながらも、僕は流し台下の収納をよつんばいになって覗き込んだ(常温がいいから冷蔵庫には入れないんだ)。
「――蘭。お探しの物ならここよ」
「?! 痛ぁ〜」
 持ち主さんの声に反応して、頭を上げようとした僕はしたたかにぶつけてしまった。
 涙目で流し台の下から顔を出すと、ミネラルウォーターの入った買い物袋を下げている持ち主さんが見える。
「うぅ……買ってきてくれたのー?」
「泣くほど喜んでるところ悪いけど」
「え?」
「これ買ったせいで、1つ買い忘れたものがあるのよね」
「?」
 床にぺたんと座ったまま、首を傾げて持ち主さんを見上げた。
「――パン粉、買ってきてくれない?」

     ★

「いってきますなのー♪」
 季節が季節なので寒くないようにとマフラーをぐるぐる巻きにして、僕は近くのスーパーへと向かった。近くといっても僕にしてみれば遠いので、手には持ち主さんがマジックで大胆に描いてくれた地図を握りしめている。
『どこに行くの?』
『いってらっしゃい』
『面白い話があったら聞かせてね』
 アパート近くの顔なじみの植物さんたちが、声をかけてくれる。
 僕はそのたびに立ちどまり返事をしながら歩いていた。
「パン粉をね、頼まれたのー」
「これが地図なんだよ♪」
「皆の分も歩いてくるね〜」
 こんな時、僕は自分が植物であることを嬉しく思う。
(だって皆と、お友だちなんだもん)
 植物だというだけで、皆気軽に話し掛けてくれる。僕の声を聞いてくれる。
(でも人間は、ちょっと違うの……)
 人間だというだけでは、そこまで仲良くはなれないんだ。すれ違う人の目は遠く、ここではないどこかを見つめている。
 もちろん、人間が僕らみたいに誰にでも話し掛けていたら、とんでもないことになるなんてことは、ちゃんとわかってるんだ。こうして人化している僕だから余計に。
(それでも)
『今日も元気に頑張りましょうね』
『気をつけて』
『またお話しましょう?』
 声をかけてもらえるのは嬉しい。それは僕が皆を大好きで……まだ子供だから、なのかもしれない。



「………………あれ?」
 植物さんたちとの会話に夢中になっていた僕。
 目の前には、地図にないY字路。
「ま、迷ったの〜……」
 自分が一体どこにいるのかわからずに、思わず僕はしゃがみこんだ。
 人に尋ねようにも、人通りはまったくない。
(――あ、植物さんたち!)
 これまでお話しながら歩いてきた植物さんたちならわかるかも……と思ったけれど、よくよく考えてみると。僕とは違って動くことのできない皆がスーパーの位置を知っているとは思えないのだ。ただ僕がどちらから歩いてきたのか訊きたどってみれば、うちには戻れるだろう。
(……戻ろうかな?)
 突然世界の中で1人になってしまったような淋しさを感じ、早く持ち主さんに会いたくなった。
 瞳には涙が滲んでくる。
『どうしたの?』
『迷ったの?』
 しゃがんだまま動かない僕を心配してくれたのか、傍の塀から頭を覗かせている大きな柿の木さんが話し掛けてきた。
 緑の衣はとうに着ていない。とても寒そうな身体。
『どこに行きたいの?』
「スーパーに、パン粉買いに行きたいのー。でも地図と違うトコ来ちゃった……」
 見上げる僕に、柿の木さんは優しい声で応える。
『それなら私が訊いてあげましょう。自慢は大きな身体だけじゃないんですよ』
 すぅっと、息を大きく吸った。
『スーパーは、どこですか〜?』
 どこですか、どこですかと、こだますほどよく通る声。僕は思わず耳を塞いだ。
 そんな僕を笑って。
『あはは。ちょっと大きすぎましたか?』
「ううん。でも、答える方の声もおっきくないと、聞こえない?」
『いいえ、大丈夫ですよ。近くの仲間に「伝えて」と頼めばいいのです。そうしたら伝言リレーのように、ここまで届きますよ』
「あ、そっかぁ!」
 言われてみれば確かにそうだ。
『動けない私たちは、そうやって世界を知っているのです。互いに見たものを教え合って。私なんか背が高いものですから、周囲の様子を伝える重要な役目を担っているのですよ』
 僕がフラワーショップにいた頃は、パパさんが毎日話し掛けてくれた。世界を知らなくても、僕はそれで幸せだった。
(でも……)
 皆はそうじゃないんだ。話し掛けてくれる人なんて、ほんの一握り。知りたいと思ったら、皆で力を合わせて。言葉で伝えなきゃいけなかった。
 遠い日の自分が酷く幸せであったことを強く感じて、僕は少しだけ哀しいような、申しわけないような気になった。
『ほら、皆が案内してくれるようですよ? そろそろ行きなさい。あなたの帰りを待っている人がいるのでしょう?』
 声をかけられて、はたと気づく。
「そうなの〜」
 今頃は持ち主さん、何かあったんだろうかと心配してるかもしれない。
『急いで――でも転ばないようにね。それと、よかったらまた、あなたの知っている世界を皆に聞かせてあげて下さい』
「…………」
 見上げる視界には、多くの空が見える。その空をほんの少し遮るように、細い枝。
(寒そうなのー)
 最初にそう、思ったことを思い出す。
 僕はぐるぐる巻きにしてあるマフラーに手をやると、それを外した。
「教えてくれた、お礼っ!」
 投げ上げたマフラーは、うまく枝に引っ掛かった。そして風も協力してくれたのか、器用にも幹を一回転する。
『あなたが風邪を引きますよ?』
「走って行くから大丈夫だもん♪ じゃあね〜」
 僕は手を振って、走り出した。皆の案内の声に、耳を傾けながら。
(そして”世界”を)
 発信しながら――。





(終)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
伊塚和水 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月15日

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