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『【未亜〜拭い去れぬ記憶〜第六章『宿命』】 』
早春の雛菊 未亜1055
 ――もしかしたら‥‥未亜は眠ってままで、ここでの出来事は夢の中なんじゃないかなって思うんだ‥‥。うん、きっと夢なんだよ‥‥。だから、目が覚めるまでの辛抱なんだよ‥‥。この‥‥地獄のような時間も――――

●拍車の掛かる恥かしいお勤め
 ――カタカタッ‥‥
 少女の細い腕が痙攣を起こす度に、背中から耳障りな食器のぶつかり合う音が流れ、室内に響き渡っていた。彼女の視界に映るのは大きな男物の靴と脛毛だらけの足。そして床がやけに近くに映っている。
「未亜、もっと手足を踏ん張らんか‥‥料理を捉え難いぞ」
「‥‥は、はい、でも‥‥もう未亜‥‥がまん、できません‥‥」
 早春の雛菊・未亜は、緑色に照り返す髪を左右に揺らし、主の声に震える音色で答えた。腕ばかりか、華奢な身体までも震え出す中、苦悶の表情で必死に支える。
「こんな楽な仕事もできぬか? おい、スープは未だか!」
 下卑た笑みを浮かべると、主である太った禿げ頭の男はパンパンと両手を叩き、次の皿を要求した。程なく一人の少女が部屋へと現れ、足早にスープの皿を運んで来る。未亜の耳に少女の戸惑う声が飛び込む。
「あのぉ‥‥スープは何処に置けば‥‥」
「何だと? 貴様も同じ目に合いたいのか?」
「はっ、はい! 申し訳ございません!」
 甲高い声をあげ、少女は幾つもの皿の載った震える『白いテーブル』へと、躊躇いながらも温かい湯気の発ちこめるスープの皿を置いた。
「あっ! 熱ッ!」
 ビクンッと未亜の身体が弾け、その勢いでスープの皿が傾くと、幾つもの皿が割れる音が甲高く響いた。少女の肌を黄色の液体が零れてゆく‥‥。
「‥‥未亜、スープが台無しだなぁ」
 醜悪な男の声は、怒りを漂わせてはいない。卑らしく口元を歪めると、スープで汚れた震える肌へと顔を近づける。
「も、申し訳ありません‥‥ひぁっ! ご、ご主人様‥‥っ」
 ザラザラとしたモノが身体を這う中、少女は瞳を潤ませ、必死に堪えた‥‥。

●お仕置きという名の買い出し
「‥‥あの、この服って‥‥」
 未亜は主に手渡された衣服から端整な顔をあげ、赤い瞳に禿げ頭の男を映す。
「さっきも言った筈だがね、買い出しに行って来いと」
「でも! これって‥‥」
 少女が衣服に視線を落とす。それは紙幣が縫い付けられ、至る所に切れ目の入った服だったのだ。訊ねなくとも分かるものの、そのまま従うには戸惑いがある。
(「なんて悪趣味なんだろう‥‥お金を払えば未亜の身体が‥‥でも、買い出しなら館から出られる‥‥断わったら何をされるか分かんないし‥‥」)
 未亜は緑色の髪を揺らし、決意の篭った瞳で主を睨みつけた。一瞬、禿げ男は少女の表情に動揺を僅かに浮かばせる。それほどまでに凄みを感じさせる顔だったのだ。
「分かりました。未亜は買い出しに行って来ます!」
「‥‥そ、そうか、これが買って来る物だ。大金だから盗まれるんじゃないぞ」

 ――視線が痛かった。
 未亜は紙幣の縫いつけられた衣服で街へと訪れたものの、人々の奇異に満ちた視線や声に顔を羞恥に赤く染め、足早に次の商店へと急いだ。幸いだったのは辛うじて胸元や局部を晒さずに済んでいた事だろうか。未亜は未だ幼さの残る少女だ。店としての評判にも関わるであろうし、彼女の境遇に憐れんだのかもしれない。
「あの、これとこれを、下さい」
 ようやく最後の店を訪れた時には、衣服と呼ばれた布切れよりも白い素肌の方が多く晒されてた。当然、店主は唖然とする。
「お嬢ちゃん、他にお金は持ってないのかい?」
「‥‥これで、全部です。代金分だけ‥‥取って、下さい」
 目線を合わせず、少女は顔を真っ赤にして小さな声で告げた。狼狽したのは店主だ。別に代金が足りない訳ではない。しかし――――
(「酷い事をするもんだ。計算され尽くしてやがる‥‥しかし、何だこの娘‥‥」)
 店主はゴクリと生唾を呑み込み「すまないね‥‥」と言いながら、震える手で少女から紙幣と衣服の一部を剥ぎ取ってゆく。未亜はグッと瞳を閉じ、身体を小刻みに震わせながら、一枚、また一枚と取り去られてゆくのを堪える。次第に店主の息が荒くなる中、身体が外気に触れ、自分を覆っているもの一切が取り除かれた事を感じると、無意識に腰を屈め、両腕で肩を抱きながら震えた。
 ――やっぱり恥かしいよぉ。
「はぁはぁ‥‥ごめん、俺‥‥」
「えっ?」
 未亜が只ならぬ気配に片目を開いた時、店主は血走った目で彼女を見下ろしていた。何かに取り憑かれた如く、今にも襲い掛からん勢いを感じて少女は後ずさる。
「あの‥‥だめ、だよ‥‥変なこと、考えちゃ‥‥」
 その時だ。店の扉が鈍い軋みと共に開け放たれた。未亜はハッとして羞恥に染まった顔を開いた扉へと向ける。彼女の赤い瞳に映ったのは一人の男だった。ギラギラとした眼光を走らす来客に、店主は両手をバタバタと振って、一糸纏わぬ少女の光景を弁解する。すると、男の目線がゆっくりと降りた。
「心地良い旋律だ。俺の身体に至高の音色を奏でたのは貴様か?」
「‥‥あなたは‥‥!? 殲鬼さま!?」
 只ならぬ威圧感を漂わす男に未亜は尋ねた。男はギラギラした眼光を僅かに細め、二ヤリと口元を不敵に歪めて応える。
「小娘、みんな殺してくれと言えば俺の物にして解放してやる」
「えっ?」
「嫌と言ったら頷くまで苦しむ事になると思え」
 ――今、頷けば助かるかもしれない。
 みんな死んでしまえば未亜は‥‥‥‥みんな? 脳裏に浮かんだのは以前助けてくれた美しい女性や、共に苦しい生活に耐える少女達、そして申し訳なさそうに紙幣を取り払った店主の顔が過ぎった。
「‥‥ゃ」
「うぬ?」
「‥‥いや! 未亜は、みんな殺してなんて、頼めないよ」
 少女は怯えながらも、肩を抱く手に力を込めて殲鬼へと告げた。
 ――解放されたい! 
 でも、この殲鬼からは『あの方』と違う匂いを感じる。それに、今ここで頷けば真っ先に店主は殺されるかもしれない。彼女は自分の事より他人の事を優先したのだ。
「ふっ、愚かな。ならば館に帰るがよい! 小娘、後悔するなよ?」
 未亜は胸元に購入した品物を抱いて、一気に店を飛び出した。幸い外は暗い。少女は闇に紛れながら、躊躇う事なく駆けて行った――――

●それは夢魔の如く
 ――食事台と買い出しに行く日が数日続いた或る日の事だ。
「た、只今戻りました‥‥」
 未亜が何時もの様に殆ど生まれたままの姿で帰路に着くと、よろよろと寝室と呼ばれる物置部屋への階段を上がってゆく。もう少し‥‥。部屋に戻れば安息の刻が待っている‥‥。
 ――ギィィィィッ
 部屋に辿り着いた未亜は蝋燭の火を壁に掛けた。薄っすらと小さなカビ臭い部屋が明かりに灯された――刹那!
「きゃっ!」
 物凄い勢いで未亜は壁に叩き付けられたのだ。細い両腕を即座に鋭い爪の生えた指で押さえられる。誰かが部屋で待ち構えていた? ご主人様‥‥じゃない。
『小娘、俺を覚えているか?』
 人のものではない異質な響きを湛えた声に、少女は戦慄を覚えた。
「‥‥せ、殲、鬼、さま」
『ご名答。忘れてはいないだろうな』
 ――頷くまで苦しむ事になると思え。
 未亜の脳裏にあの日の言葉が過ぎる。醜悪なる捻れた角を生やした魔物に少女は恐怖し、ビクビクと身体を震わす。そんな様子に殲鬼は二ヤリと口元を歪めた。
『後悔するなと言った筈だぞ小娘。貴様に安らぎなど訪れないと思うがいい』
 未亜の両腕を左手で押さえたまま、殲鬼はスッと横一文字に右腕を薙ぐと、赤い斬光が走った。
「あっ‥‥あっ‥‥」
 走らせた切り口からトロトロと鮮血が流れ、未亜の白い小さな膨らみを伝い、下腹部と細い足へと流れて床にポタポタと雫が零れ落ちる。
『殺しはしない。だが、俺の誘いを断わった苦しみは味わってもらうぞ。さあ、宴の始まりだ』
 その日から、未亜は人買いの商人と殲鬼という二人の主により、休む事も眠る事も許されない地獄のような日々を繰り返す事となるのである。
 ――どうして? 早く、夢なら醒めて‥‥。

●あとがき(?)
 ひっそりと開けた窓口に早速入って頂けるとは‥‥。毎度ご購入ありがとうございます☆ 切磋巧実です。
 毎回危なげながらの第六話を綴らせて頂きましたが、いかがだったでしょうか? 楽しんで頂けたら幸いです。
 ついに殲鬼再びで話が集束に向かうかと予想させつつ‥‥拒絶して更に過酷な道を選択してしまった未亜。世界なんとか劇場よりも不幸な少女に幸福が訪れるのは何時か?
 感想お待ちしていますね♪
PCシチュエーションノベル(シングル) -
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聖獣界ソーン
2003年12月15日

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