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『■居酒屋「弥七」にて。 』
相澤・蓮2295)&向坂・嵐(2380)


窓に結露が出来てそれが流れて行くのを、バイトの女の子がタオルで拭き取る。
水滴が消えた先に人の姿が見えて、慌ててタオルを引っ込めた。
それと同時に居酒屋の味の有る戸がガラリと開いて…二人の男性が入って来た。
「いらっしゃいませ」
バイトの女の子はそう言って微笑む。
「今日もかわいいね」
「早速かよ」
入るなり女の子に声をかけた相澤・蓮に、苦笑混じりで向坂・嵐はツッコミを入れた。
そしてそのままいつものカウンター席に座る。
いつもの百円居酒屋。全商品百円均一という点が、日々財布が寒い相澤にとってありがたかった。
「とりあえずいつものビール飲み放題」
「俺も」
「ああ、あと枝豆と焼き鳥塩とタレね」
「俺はナンコツ唐揚げで」
二人から注文を聞いて、バイトの女の子はカウンターの中に入っていった。
そしてすぐにビール瓶とコップを二つ持ってくる。
百円というだけあってジョッキと言うわけにはいかないのが世知辛いところである。
全商品基本的に百円であるが、五百円プラスで飲み放題になる良心的な店である。
まあもっとも、小さなコップで何度も飲むのはジョッキよりも酔いが早くなり限界があるが。
そのコップに互いにビールを注いで、二人揃って持ち上げニッと笑みを交し合った。
「今日もお互いお仕事お疲れさん!…俺たちの友情に乾杯!」
「飲む前から酔ったのかよ、蓮?」
向坂は苦笑してビールをあおった。
「やっぱ仕事の後の一杯ってのはしみるねぇ…」
「オヤジならではの発言だな」
「俺はまだ若いっての…!そりゃあ嵐君に比べたら…ほんのちょっと年上だけど」
「ほんのちょっとか?」
相澤は苦笑いを浮かべて、再びビールを一気に飲む。
空になったコップにすかさず向坂が横から注いで二杯目に突入した。
それから数十数分後。
飲みはじめてからまだまだ序の口程度の時間に量であるが、相澤はすでに酔っていた。
「……だからね…ちゃんと聞いてる?嵐クン!」
「はいはい。聞いてるよ」
「俺は別に会社に不満なんて無いわけ!わかる?そう…嵐クンはわかってくれるよね!
だけどやっぱり世の中不景気なの!そう思うだろ?」
「ああ、思うよ」
どうやら相澤は、酒を飲むとナチュラルに愚痴っぽくなるらしい。
いや、それだけではない。
「HEY!ユー!今日のその口紅いつもと違わない?カワイイよ〜!」
バイトの女の子にご機嫌で話し掛けていた。
いつもの事で慣れてしまっている向坂は、楽しげに笑みを浮かべながらその様子を見る。
こうやって相澤の酔いっぷりを見るのもなかなか楽しいらしい。
しかし、二人共同じくらいの量のビールを飲んでいるにも関わらず、
思いっきり赤い顔でご機嫌の相澤に対し、向坂は実に涼しい顔をしている。
水を飲んでいるのとかわらないくらいの様子でビールを飲んでいた。
「なあなあ嵐クン!」
「ん〜?今度はなんだよ?」
「俺はいつも思うわけ…俺って幸せ者だなーって!」
「へえ…なにが幸せなんだよ」
「毎日元気に起きて、仕事して、そう、契約取れたら特にいいね…
それで仕事終わってこうやって嵐クンと杯(さかずき)を交わして…家に帰って眠る…幸せな事じゃないか!なあ?!」
「蓮がそう思うんならそうなんだろうよ」
やれやれといった感じで向坂は笑いながら同意した。そして追加注文で焼き鳥を頼む。
相澤は今度は一人でなにやらぶつぶつと喋っていたのだが…

しばらくして。
不意に店の奥の座敷席でガラスの割れる音がする。
相澤と向坂がそちらを見ると、一人の女子大生風の女の子が…酒に酔った中年男性に絡まれていた。
男は女子大生の胸を触ろうと手を伸ばしたり、抱きつこうとしたりしている。
必死で抵抗しているものの、女子大生は顔を赤くして俯き今にも泣き出しそうだった。
店内には数人の客がいると言うのに、誰も止めに入らない。
店員も女の子で、どうすればいいかわからずにおろおろしているだけだった。
「酔っ払いはこれだから!!」
相澤が憤りを感じて呟く。そして徐に立ち上がると、奥に向かい始める。
「お、おい…蓮!」
「おい!そこの酔っ払い!!その手を放せ!」
相澤は意気揚々と奥の座敷に乗り込んでいった。
「酔っ払いは蓮もそうだろうが…」
向坂は頭を抱えて溜め息をつく。もうこうなってしまっては…どうしようもない。
「なんやてめぇ!!ワシらの邪魔すんのか!?」
「俺は男として放っておけないだけだ!お前こそいたいけな女の子に何をしてるんだ!」
「な〜にが男として、や!ワシかて男としてかわいいねーちゃんを放っておけんのや!」
そう言って女の子に擦り寄って笑い始める酔っ払い男に、相澤は激怒する。
「女性に対して羨ま…いや、失礼な事をするのは俺が許さない!」
「うるせえ!てめえ引っ込んでろよ!!」
酔っ払いはそう言うと、自分のテーブルの上にあったコップを相澤に向かって投げつけた。
ゴン!と鈍い音がして…それが相澤の額に直撃する。
「お、おい…蓮!」
向坂が心配してその顔を覗き込むが、平然とした顔で落ちたコップを受け止めていた。
さらに続けて、酔っ払いはまだ手のついていない枝豆の乗っかっている皿を投げつける。
それは相澤には届かず地面に落ちた。皿が割れる音が店内に響く。
床に散らばる枝豆。それを見た相澤は…。
「食い物を粗末にするなと…学校で習わなかったのかー!!」
落ちたものを拾いながら、そう叫んだ。
もっともな事を言う相澤に、店内から彼を応援するような視線が向けられる。
しかし…。
「俺がこの一皿注文するのにどれだけの勇気振り絞ってるのかお前にわかるのか!?わかるのか!!
本当なら俺だって”村さ樹”や”魚眠”や”赤木の森”に行きたいんだ!
いいや、それどころか料亭ってヤツで一度飲んでみたいと思ってるんだぞ!!
しかしな…しかしだ!この不景気、どんなに頑張っても給料ってもんには限界があるんだ!
その中で上手く酒とパチンコ込みで生活やりくりしてるってのに…」
「蓮、やめろ…それ以上は恥ずかしいって…」
何時の間にやら、哀愁漂うような、かわいそうな人を見るような目で周囲の人々が相澤を見ている事に気付き、
向坂は恥ずかしくなる。しかし蓮は走り出したら止まらないらしく…。
「たった百円…そう、されど百円っ!!その百円を手にするのにどれだけ大変か!!
この一皿…この一皿のために…どれだけの人の血と汗と涙が込められてると思ってるんだ!」
落ちたものを酔っ払いに突きつけて叫んだ。さすがに酔っ払いも相澤の勢いにかなり圧されている。
もうどうでもいいから早く帰りたいと思っているらしく、目で逃げ道を探していた。
「蓮、わかったからもうやめとけ…」
「いいや、嵐クン!!こういう奴には言っておかないといけない!そもそも枝豆作りには農家の人たちの…」
「もういいっつってるだろ!!」
ゴン!!と、大きな音がして相澤がテーブルに突っ伏する。
問答無用で放った向坂の鉄拳が、見事に相澤の後頭部に直撃したらしい。
その音があまりに大きかったからか、果てまた相澤が静かになかったからか、
店内は突然無音状態でし〜んと静まり返ってしまった。
「…何見てんだよ…なんだバカヤロー」
向坂がそう呟くと、見ていた中高年の世代から笑いが起こる。
笑いの理由がわからない若い世代の向坂だったが、とりあえず場の雰囲気が変わった事に安心して息をついた。
「あ、あの…」
先ほどの酔っ払いが、躊躇いがちに向坂に声をかけてくる。
そしてポケットから百円を取り出すと…そっと相澤の突っ伏しているテーブルの上に置いた。
「え?お、おい…!」
「すんませんでしたぁ!!もう粗末にしまへん!!」
酔っ払いは腰を九十度ガッと曲げて向坂に頭を下げると、店員に五千円を突きつけて慌てて店の外に飛び出して行く。
貰いすぎですよ!と店員が追いかけたが、どうやら疾風のように去って行ってしまったらしかった。
「おい、おい、蓮…起きろ、蓮」
向坂が気を失っている蓮の肩を揺すって声をかけるが反応は無い。
そんなに強く殴ったつもりはなかったのだが、ちょうどツボにでも入ったらしい。
仕方なく向坂は相澤の突っ伏しているテーブルに移動してくると、
「お姉さん、ビールと鳥の唐揚げ追加」
相澤が目を覚ますまで、とりあえず一人で飲むことにしたのだった。



「はっ…牛カルビ…」
「起きたか?」
相澤が目を覚ますと、目の前でお茶漬けを啜っている向坂の姿があった。
あらかた飲んで食べた最後にいつも二人で食べているシメの一品だ。
「嵐君…俺は一体…」
「酔いも醒めたって感じだな」
向坂はコップに入った水を相澤に差し出した。それを受け取り、相澤は後頭部をおさえて首を傾げる。
「俺、いつから寝てた?」
「…覚えてないのか?」
「飲み始めてから少しは覚えてるんだが…それから後はさっぱり…」
「へえ…」
あれだけ騒いでおきながら何も知らないとはいいご身分な事だな、と向坂は目を細める。
その視線に気付いた相澤は急に不安になる。
「え?え?俺、もしかして何かした?」
「さあね」
「教えてくれよ嵐君。悪い事してたら謝るから…」
「どうかな?」
話をはぐらかす向坂に、相澤は困り果てた顔で必死で記憶の糸を辿る。
しかしやはり思い出せなかった。
「そんな事より飲まないのか?まだ時間はあるぜ」
「あ…もう今夜は酒はいい…何故か後頭部も痛いしなぁ…」
「…へぇ…」
相変わらず後頭部を抑えながら言う相澤に、向坂は視線をそらせながら適当に相槌を打った。
そして無料サービスの熱い緑茶をヤカンからコップに入れてくる。
「それじゃあお茶でも飲んで今日は帰るか」
「飲んだ気も食べた気もしないんだけどなあ…」
そう言ってコップを手にした相澤はテーブルの上に百円が置いてあることに気付いた。
不思議そうにそれを取り、見つめる。そして言葉にはせずに、表情で向坂に「これは?」と問いかけた。
向坂はどう答えようかとしばらく考え…
「お賽銭じゃねえの?寝てる蓮見ててご利益でもあると思ったんだろ」
「賽銭…俺に?まさか…でも…うーん…そうか…」
本気にするのかよ、と向坂は内心突っ込む。
相澤は百円をとりあえずポケットに仕舞うと、コップに入ったお茶を飲み干した。
「おねーさん、お勘定」
そして店員に声をかける。
二人共銭勘定はしっかりとわける事にしていて自分の飲み代は自分で払う事にしている。
それぞれが代金を支払って店を出ようとした時…レジに「ユニセフ募金」の箱が置いてある事に気付く。
相澤はポケットに仕舞っていた、あの酔っ払いが置いていった百円をその募金箱に入れる。
そしてレジの店員に「また来るね」と声をかけて…外に出て行く。
「やっぱり外は寒いなぁ〜…」
「そりゃあ冬だからな」
「いや、でもいい事をしたら気持ちは暖かいよな」
「百円稼ぐの大変なんだろ?良かったのか?」
苦笑混じりで言う向坂の言葉の意味がわからずに相澤は少し首を傾げるが、
しかしニッと笑みを浮かべて向坂の肩をポンポンと叩き。
「拾った百円は俺の稼いだお金じゃないんだよ。だから誰のものでもない。
誰のものでもないならば、それを必要としてる子供達のためのお金として使うのが常識ってもんさ」
夜空を仰ぎ見ながらそう呟いた。向坂は口元に笑みを浮かべ、
「俺は蓮のそう言うところかなり気に入ってる」
照れくさそうにしつつもそう呟いた。
「嬉しいねえ…!よし!明日は飲みなおしだ!奮発して割り勘にしよう!」
「蓮が割り勘?へえ、明日は雪だな…って、待て。自分の注文多めにするつもりだな…」
「あ、さすが嵐君。わかる?」
二人はそう言って笑いながら夜道を歩く。
そしてしばらく進んだ先で、突然二人の前に一人の女性が立ち塞がった。
それは先ほど、居酒屋で絡まれていた女子大生。蓮に礼でも言いに来たのかな…と向坂は思った…が。
「あんたのせいで…ウチはダーリンに嫌われてもうたやないの!!」
『はい?』
「久しぶりにダーリンと居酒屋に来たのに…あんたのせいで興醒めや!!」
「えっと…あの…」
「ダーリンと”セクハラオヤジプレイ”しよう言うてせっかく楽しんどったのに…!慰謝料払ってや!!
どないしてくれんの!!責任取ってやこのアホ!ボケ!!カス!!!ウスラトンカチ!!」
女子大生はそう言って相澤を引っ叩く。どうやら関西の子らしく、発言も行動も思いっきり過激だった。
「ねえ嵐君!どういうこと?!」
「いや、俺には何の事だか…」
「逃げんといてや!!慰謝料払うてや!!それが駄目ならダーリンに謝ってや!!」
「蓮、俺、明日も仕事速いから先に帰るな…」
にこやかに笑みを浮かべると、向坂はそう言ってダッシュする。
「あ、嵐君!!待って――!」
その後を、相澤が情けない声を出しながら追いかける。
「待ちやこのビンボーサラリーマン!!逃がさへんで―!!」
さらにそんな二人を、女子大生はなにげに的をついた言葉を浴びせながら追いかけたのだった。

結局。その夜は上手く逃げ切れた二人だったが…
あの居酒屋には二度といけないだろうなあ…と溜め息混じりに思ったのだった。



<終>

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
安曇あずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月12日

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