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『降り掛かる火の粉は 』
綾和泉・匡乃1537)&深山・智(0281)


 最近。
 非常に面倒臭い事が起きている。
 いや、今に始まった事でもない。
 幼少の砌からこの手の輩はたまに居る。
 …何処から情報が流れたんだか知らないが、気が付けば纏わり付いている。
 まぁ、慣れてはいるのだが。
 それでも、面倒である事は変わりはしない。


 …大学生と思しき青年は、道端で思い切り嘆息した。


 家庭教師のバイト帰りにまで。
 よくもまぁそこまで調べますね。
 余程暇と見えますよ。
 青年――綾和泉匡乃はそれとなく自身の背後を窺う。
 …居る。
 尾行が付いている。
 再度、溜息。


 …さすがにそろそろうんざりなんですけどね。


 今回、特にしつこい。
 ――匡乃の持つ、『治癒能力』が目当てと思しき新興宗教団体の皆さんは。

「…さて」
 考える。
 このまま直接帰るのも鬱陶しい。帰ってからも張られていると満足に休めない気がする。
 どうしようか。
 考えながら、歩く。
 外から見れば…極力何でもなさそうな態度のままで。
 舗装された路面を考えながら歩いて行く。

 で。
 暫し歩いたそこに。
 控えめな看板が見えた。


 ――喫茶店『深山』。


「…」
 喫茶店。
 …休養がてら、紅茶でも頂きましょうかね?
 少し考え、匡乃は――その喫茶店に立ち寄ってみた。


 いらっしゃいませ。静かなその言葉と共に、カウンターで匡乃を迎えたのは細身の男性。
 匡乃は何となく、彼の正面、カウンター席に陣取った。
「…紅茶一杯、頂けますか」
「かしこまりました」
 マスターはそう答えると、カウンターの中で早速紅茶を煎れ始める。
 程無く、匡乃の前に冴えた色の紅茶が出された。
 それをひとくち飲み、匡乃は少し驚く。
 …好みの葉だ。
 マスターの顔を見た。
 ただ静かに、素知らぬ姿でカウンターの中に居る。
 好みの葉であったのは、偶然――では無さそうだ。
 匡乃の見る限り。
 で、ちらりとマスターを見上げ、匡乃はおもむろに口を開く。
 取り敢えず、耳を貸してはくれそうな気がしたので。
「…降り掛かった火の粉は払うと言う言葉がありますが、払うよりも大元を消した方が良いですよね」
 ひとまずあの新興宗教団体が消えたら良いかとは思っているのだが…匡乃には有効な手段が思い付かない。
 何か無いだろうか。
 大元の火が消えれば火の粉も自然消滅すると思うんだが。
「…そうですね」
 マスターも匡乃の科白に静かに同意する。
「ですよね…やっぱり」
 苦笑しつつも匡乃は再び紅茶を啜る。
 …美味しいです、と直接伝えた。
 と、有難う御座います、と返って来る。
 そんな遣り取りをしつつ、匡乃はそれとなく店の外を窺った。


 …まだ、居る。


 その事を確認し。
 はぁ、と匡乃はまた溜息を吐いた。


■■■


 ――…匡乃が店から消えてからの事。
 喫茶店『深山』のマスター――深山智はふむ、と考えた。
 降り掛かる火の粉、ですか。
 そして先程外に居た人種を鑑みるに、何処ぞの新興宗教団体の信者、と言ったところか。

 ………………ゆっくり紅茶も飲めないなんて、本当にお気の毒ですね。

 思いながら智は店の電話の受話器を外した。
「…久し振りですね。少し頼みたい事が出来ました。構いませんか?」
 そして何処ぞへ繋がったかと思うと、おもむろにそう依頼する。



 ――…数時間後。
(出ましたぜ深山の旦那)
「そうですか。…では、お聞かせ願えますか」
(あいよ。えー、さっきお話伺いましたコイツは最近出来た新興宗教…つか正確には新新興宗教ですね。ま、その辺はどうでも良いんですが…ありましたよ、もうばんばかと)

 …通話相手――情報屋、曰く。
 その宗教団体で行われている、突付けそうな弱点はやたらと多いとの事。
 そしてそれらが、智の耳に惜しげも無く曝されていた。

 信者に対する麻薬の使用。
 詐欺行為。
 傷害行為。
 暴力団との繋がり。

「…よくもまぁ…随分と埃が出て来るものですね」
(ま、わかりやすい成り立ちですよ。ちょっとしたカリスマとある程度頭の回る奴、それから裏の世界にちょいと伝手があれば…上手い具合に金集めのシステムは出来る。それも御手軽に)
「最近は景気も悪いですしね…」
(その通りでさ。ただ本当にそんな頭の回る奴が居るトコだったら俺なんぞに情報取れはしませんぜ?)
「ええ。最近の新興宗教団体にそんな気の利いた人が居るとは思えませんしね」
(…タダですね、間違いの無い情報だと確信は出来るんですが…深山の旦那に渡せるような物的証拠は何も無いんっすよ)
 頭には入れたんっすが…手には入れ損ねました。
 すみません。
 通話相手はあっさりと謝る。
 が、智はいいえ、私が無理を頼んだ訳ですし、と宥めるのみ。
「…では、そうですね。私が直に物的証拠を取りに参りましょうかね?」
(…そりゃ、深山の旦那自らってンなら確実でしょうがね)
「…わかりました。では…そうですね、その団体の生活サイクルも調べて頂けませんか? それと…在家信者と出家信者の割合や幹部の素行調査もお願いしたいんですが。ああ、本部建物の見取り図も入手出来ませんか」
(…少し時間掛かりますが)
「構いませんよ」
 了解しました、と通話相手は告げ、電話を切る。
 ふむ。と智は考えた。



 ――…二日後。
 近頃の電話の相手である情報屋から得た新たな情報を元に、智はその団体本部へ侵入する計画を立てていた。
 入り込めそうな時間帯。儀礼はいつ。誰が居る。何処に居る。誰が信用されていない。誰が御布施を横領している。誰が本部に住んでいる。一般信者は何処まで知っている。昼間は誰が、夜は誰が何処に居る――?
 考え合わせ、至った時間まではあと少し。…決行の時間までは。
「…では、そろそろ行きますか」
 静かにひとり呟くと、智は店の扉にCLOSEの札を下げに行く。

 そして本部建物。
 智はあっさりと侵入する。
 人の居ない場所を主に通り、事務室やら幹部の部屋へ。
 …不運にも彼に遭遇してしまった一般信者には――目立たない場所で少々眠ってもらいながら。
 要所要所を、探す。
「…」
 ………………数分後、智は素知らぬ顔で二重帳簿やら関連の書類に写真と…精製済みの、上物な大麻に覚醒剤をひとパケずつ手に取っていた。



 ――…その次の日。
 智は今度は、わざわざ公衆電話から電話を掛けていた。
「…と、こんなもので、如何でしょうか?」
(な…貴様っ!)
「…穏やかにあれと仰る教えの中にありながら、激昂なさいますか?」
(く…)
 智は情報屋から手に入れた情報と――自ら赴いて入手した物的証拠の存在を通話相手にちらつかせる。
 当の新興宗教団体の中心的な幹部に直接、電話で。
「…これらの事実を、すべて明かしても構いません。…どうしましょうか?」
 あくまで静かな智の通告。
 最後、通話相手から、ち、と心底憎々しげな舌打ちが聞こえたのは気のせいか。


■■■


 数日後。
 優雅に朝食後の紅茶を啜りつつ、匡乃は自室で新聞を読んでいた。
 まだ講義が始まるまでには相当の時間がある。
 余裕のあるひととき。
 社会面からTV番組表までひととおり隅から隅まで目を通す。
 小さな記事も取り敢えず。
 と。
「ん?」
 そんな記事の中のひとつにあったのは『とある宗教団体の原因不明の解散』を報じた記事。
 …考えてみれば数日前からぱったりと尾行が消えた。
 更に言えば件の宗教団体らしき気配が消えた。
 匡乃はその小さな記事をもう一度見る。


 …まさか、ね。


 思い、匡乃は新聞を畳んで置くと、再び紅茶を啜る。


■■■


 匡乃はやっぱりのんびりと紅茶のカップを傾けている。
 …ここはいつぞやの喫茶店『深山』。
 ふらりと立ち寄ったら…いつぞや同様、いらっしゃいませ、と静かに迎えられ、匡乃は晴れ晴れとした表情でマスターに笑い掛けていた。
 そして、以前同様、おもむろに話し出す。
「いつぞやのお話ですが」
「…いつぞやの…ああ、降り掛かった火の粉、との?」
「ええ。それが…どうもこの頃ちょっかい出されなくなったな、と思ったら、こちらが消すまでもなく大元から消えてしまっていたみたいなんですよ」
 新聞の記事で見ましてね。
 どうもそれが当たりっぽかったんです。
「それは。…何よりです」
「はい。…それもこれもマスターのおかげかもしれないなと思ってはいるんですけどね」
「話すだけでも楽になりますからね」
 通りすがりの私などにでも。
 マスターは静かに微笑む。
 匡乃もゆったりと、紅茶を味わっているまま。
 お互い、静かな所作は――変わらなく。


【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月11日

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