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『貴方に宛てる手紙 』
矢塚・朱姫0550

 自分の机に向かって。矢塚朱姫は、思案の海に沈みこんでいた。
 その発端は、自分に恋人ができたことに因る。
 朱姫には双子の兄がいる。現在とある事情により離れて暮らしている兄に、伝えたいのだ。
 机の上には、飾り気のない、綺麗な白い便箋。
 右手で軽くシャーペンを握って。言葉を選び、選び。
 考えながら、想いは――思考は、過去へと向かって行く。


 兄の名を呼ぶ。
 そうすると、兄は。
「朱姫」
 いつだって暖かな声で妹の名を呼んで、穏やかな笑みを浮かべて振り返ってくれた。

 ・・・・・・・いつからだったろう?

 優しい兄が、それだけではないと気付いたのは。
 いつでも優しいのに、どこかよそよそしいような、そんな感覚に襲われたのは。
 正真正銘に血の繋がった、双子の兄と妹。
 けれど、兄が妹へ持つ思いがそれだけではないと気付いたのは、多分、きっかけは些細なこと。いや、きっかけと呼べるようなものでもない。
 ただ、日々の積み重ねが、妹にそうと気付かせた。
 兄は・・・・・・・妹を――朱姫を。妹ではなく、一人の女性として、愛していたのだ。
 もちろん兄は、その想いと気持ちを妹には隠していた。
 兄が、それを隠そうとしていることも知っていた。
 そして、妹は絶対に。自分が、兄の想いには応えられないことも理解(わか)っていたから・・・・・・。



 そうだな。まずは、定番だけれど、久しぶりという言葉からだろう。
 いくら手紙とはいえ、あんまり角張った丁寧な文章を書くのもなんだか他人行儀で淋しいか。
『久しぶり。』
 その次は、
『報告したいことがあるんだ。』
 書いて、少し悩んだ。
『私に、彼氏が出来た。』
 とりあえずその先の文章を数行ほど書いたところで、手が止まってしまった。
 この手紙を読んだら、どう想うだろう?
 ずっと、ずっと。知らないフリをしていた。
 注がれる想いが兄妹愛ではないことに気付いていても。その想いには応えられないし、ならばお互い知らないほうが良いと考えていたんだ。
 もちろん、その考えは今でも変わらない。
 だけど・・・・・・。
 白い便箋が、黒い文字で埋められていく。
 どちらかといえば悩みや問題を自分で抱えこむタイプで、誰かを傷つけるくらいなら自分だけが傷つくことを選ぶ人。
 そのくせ性格は天上天下、唯我独尊お殿様タイプという敵を作りやすい性格で。だがそんなことを全く意に介さない――ある種の強さを持っている人。
 ほぼ真反対とも言える、見た目の性格と、内の性格と。それゆえに、わかりにくい人物と評されることもよくあった。
 そんな、私にとって唯一の、大事な半身に。
 私が今、どんなに幸せな日々を送っているか伝えたい。伝えなければいけないんだ。
「・・・・・・・・・・・・」
 中ほどまで書きあがった手紙を読み返して、我知らず、小さな笑みを浮かべていた。

 この手紙に込められた願いは、気付いてもらえるだろうか・・・?

 兄は、結局、妹から離れて行った。
 それは朱姫のことを嫌いになったからではない。
 好きだから。――もしかしたら、今でも変わらずに好きでいてくれているのかもしれない。
 妹のことが好きだから、兄の領域を出ないために、妹の傍を離れて行ったのだ。
 そんな兄の心情にも気付いていて、けれど妹はそれを口に出すことはできなかった。
 言えばきっと壊れてしまう。
 親とも、友人とも、心から愛する人とも違う。
 半身であり、双子。
 何にも変え難い一生の絆を持つお互いだから。
 自分たちの想いに関わらず、絆は切れたりはしないだろうから。
 妹は兄のことを兄以外の存在としては見れないから。
 だから、離れて行く兄に、何も言えなかったのだ。

 今、妹には、本当に心から愛する人ができて、幸せになった。
 兄は、今、幸せだろうか?
 それを正確に知ることはできないけれど、願うことはできる。

 私は、今、幸せだから。
 どうか、どうか。兄にも幸せになって欲しい。

 そんな想いを込めた、手紙。
 なんでもない、日常的な――仲の良い兄妹の日常報告のような手紙に。
 朱姫は精一杯の想いを込める。
 どうか、貴方が幸せになれますように。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
日向葵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月11日

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