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『±0 』
セレスティ・カーニンガム1883

「申し訳ありません、セレスティ様。今度の日曜日、お休みをいただけないでしょうか……」
 告げる本人がとても残念そうな顔をしていた。まるでその言葉が本意ではないように。
 私は読みかけの本を閉じると、首を傾げて。
「構いませんが……珍しいですね。キミが休みたいだなんて」
(――いや)
 口にしてから気づいた。珍しいどころか、初めてかもしれない。
 私の言葉に運転手は項垂れると。
「実は私がまったく休みをとらないせいで、娘に絶交されそうなのです……」
「絶交? それはまた――お気の毒に」
「そうならないようにお願いに来たんですっ。私だって本当は1日たりとも休みたくはありませんよ……」
 運転手は既に、泣き出しそうだった。
(いじめすぎでしょうかね)
 もちろん許可を出さないつもりはないのだ。ただ反応が面白くて、つい遊んでしまう。
 しかし大の大人に泣かれては困るので、気を取り直させようと話題を振った。
「それで? 娘さんとどこかへ出かけるのですか?」
「あ、はい。今週末にオープンする屋台村に連れて行けとうるさくて……」
「屋台村、ですか」
 ちょっと意外だった。普通子供が行きたがるのは、テーマパークなど身体を動かして遊べる場所という印象があるからだ。
 私がそう思ったことに当然気づいたのだろう、運転手は恥ずかしそうな顔をした。
「うちの娘、妻に似て食いしん坊万歳なもので……」
(そういえば――)
 彼がここに勤めるようになってずいぶん経つが、私はまだ彼の妻や子供に会ったことがなかった。どんな人物かなど、そんな話もすることがなかったのである。
(これは、いい機会かもしれませんね)
 心の中でにやりと笑うと、表面では微笑を浮かべ運転手に告げた。
「いいでしょう。お休みの許可を出しますよ。その代わり――」
「……その代わり?」
「私も連れて行って下さい」

     ★

 日曜日は、潔いほどの快晴だった。
「せれすちゃ〜ん、もう食べないの?」
「ええ、私はこれで十分ですよ」
 私の答えに、おだんご頭の少女は首を傾げる。
「でも、さっきもあんまり食べてなかったよねぇ?」
「私はもともと少食なのです。ほら、皆と違って歩いて移動したりしませんからね」
「ふーん」
 納得したのか、少女はまた手元の焼き鳥にかぶりつく。
 この少女、もちろん運転手の娘である。
「す、すみませんセレスティ様……」
「こ、この子にはあとでちゃんと言って聞かせますから……」
 私たちの後ろで心配そうに(慌てたように?)見守っている2人が、それぞれ私に囁いた。どうやら子供の言葉遣いや態度が無礼なのではないかと思っているようだ。
「私は気にしませんから大丈夫ですよ。むしろ見事な食べっぷりに感心しているくらいです」
 私がそう告げると、2人は同時に安堵の息を吐く。
「そう言っていただけると……」
「それより、奥さんもお食べなさい。今日を楽しみにしていたのは、この子だけではないのでしょう?」
 山のように焼き鳥の載ったお皿を、奥さんに差し出した。すると奥さんの瞳が一瞬輝く。
「え? でも……」
 口では戸惑っているが、手ではしっかりとお皿を受け取っていた。
「お、おいっ」
「いいじゃないですか。食いしん坊は万歳、ですよ。つまりイイコトなのです」
「セレスティ様……なんか違うと思いますよそれ……」
 脱力する運転手をよそに、奥さんは既に食べ始めていた。物凄い勢いで。
(――ん?)
 ふと髪を引っ張られ、少女の方を見る。食べる手がまたとまっていた。
「あたし考えてみたんだけどー、せれすちゃんて歩いてないけど、あたしよりお体大きいよね? やっぱり食べなきゃダメだよぅ」
 そう言って自分のお皿を私の方に差し出した。私の分のお皿は、奥さんにやってしまったからだ。
 私はその心遣いに感謝しつつも。
「でもほら、私はこうしてちゃんと動いているでしょう? これは食べ物が足りているという証拠なのです。身体の大きさは……まあ関係ないとは言えませんが、歳を取るにつれ少食になっていくというのはありますから」
「セレスティ様、まだそんなお歳じゃ……(もごもご)」
 後ろから反論しようとした運転手の口を、奥さんが塞いだ。
(――そう)
 子供を納得させる方が先決なのである。
 しかし私たちの希望とは裏腹に、少女はとめていた手を動かし――串を置いた。
「……どうしたの?」
「あたし、おかしいかなぁ? こんなにちーさいのに、こんなにいっぱい食べて……。ダイジョウブかなぁ?」
 「娘に絶交されそうなんです」と泣きそうになっていた運転手と、同じ顔をして俯いた。
 大人3人で顔を見合わせる。
「大丈夫よ。わたしがあんたくらいの歳の時だって、同じくらい食べてたもの」
「わーんっ、だからそんなにふくよかなんだぁ〜!」
「失礼な子ねッ!」
 奥さんの言葉はどうやら逆効果だったようだ。
 今度は運転手と2人で、顔を見合わせた。
「お、お父さんはふくよかな子供でも好きだよ〜?」
「あーたーしーはーいーやーだーもーんっ」
「…………」
 残ったのは私だけ。
 私は少女に顔を近づけると、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「±0(プラスマイナスゼロ)に、すればいいのですよ」
「? 何それ?」
 興味深げな視線で、少女がこちらを見る。
「私が少しの量で足りるのは、少ししか動かないからです。逆に言えば、たくさん動いてしまうともっと食べる必要がある、ということですよ」
「……だから?」
「たくさん食べたなら、たくさん動けばいいのです。キミという存在に、”たくさん”という数をプラス――つまり足しても、そのあとで”たくさん”をマイナス――つまり引いたら、0になるでしょう? それは”元通り”ということですよ」
「あ、ホントだぁ〜」
 納得してくれたようで、少女はポンと手を叩いた。
「食べた分だけ、動けばいいってことだね!」
「ええ、そうです」
「せれすちゃんあったまいい〜♪」
 そう言って少女は、私の頭をなでた。
(頭を撫でられるなんて)
 一体何年ぶりでしょう?
 もう思い出せないほど、遠い昔。
 それこそ私がまだ、この少女ほどに小さかった頃かもしれない。
「よーしっ、そうとわかればもういっけ〜ん!!」
「ま、まだ行くのか?!」
「さすがのわたしでもそこまでは食べなかったわよ?!」
 実はこの焼き鳥屋で10軒目である。
「目指すはこんぷりーと★ だもんっ」
 少女は椅子の上に立ち上がって、こぶしを突き上げた。
(――少なくとも)
 私が子供の頃も、これほどは食べなかっただろう。
 そんなことを考えながらも、結局私たちは彼女のコンプリート計画に付き合ったのだった。その後、遊びにも付き合わされたのは言うまでもない。
「今度、屋敷の庭でバーベキューでもしましょうか」
 別れ際告げた、私の言葉に。
「うんっ」
 嬉しそうに頷いて、少女は奥さんに手を引かれ帰っていった。
「――いいんですか? 屋敷中のお肉が食い尽くされますよ……」
 隣でそれを見送る運転手の呟きは――あながち大袈裟ではないだろう。
「望むところです」
 答えた私に、運転手はゆっくりと頭を下げた。





(終)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
伊塚和水 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月11日

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