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『Fight fire with fire 』
久我・直親0095)&雨宮・隼人(0331)

 それは、静かな宵。
 ……否、静かすぎるその大気は風に散る朽葉の積もる音も、行く秋を慰める虫の声もなく、ただひたすら張り詰めていた。
「まさか貴方が天宮の敵となるとは……愚かな真似を」
その中で、ひそりと発せられた静かな声は静寂を揺らす事なく。
 雨宮隼人は常と変わらぬ、背広姿で其処に立つ。
 ただいつもと違うのは、夜目にも白い包帯を巻く右手、その手に握る脇差し…そして、怒りの感情を纏っている事。
 それは瞋目の眼差しと共に、正面に立つ男に向けられる。
「お前こそ、久我を狙うとはらしくないな……まあ、俺は楽しませて貰っているが?」
それを微笑で受け止め、久我直親は指の間に挟んだ煙草を掲げて見せた。
 ……その左手。
 どす黒い蔦のような紋様が拡がる。
 それは土気色、に近い肌色の鈍さに赤く浮き上がるような異様さを示し、その身を蝕む何か、である事は明白。
「蟲を使うとは、酔狂もいい所だ」
スーツの黒を背景に、灯点った煙草の先端の赤さが、その位置を示すかのよう。
「……我が主に害なす貴方に遠慮はしません」
僅かな沈黙に、そう返した隼人はするりと、脇差しを抜きはなった。
 刃に滑らせた月光が滴るかのような、水の如き冴え。
 左の手で柄を握り、右の手を刃の背に添わせた構え、向けられた刃は隼人の気を剣気に乗せ、直親へと叩き付ける。
「ふん? お前に俺が殺せるか?」
鋭利な気を正面から受け止めて、微笑う。
「必要とあらば」
動揺を見せない冷静な声音に、隼人は深まる笑いに肩を揺らした。
「俺もだ」
 発端は、雨宮の長の寝所に百足が入り込んだ事。
 結界で護られた雨宮の本宅、生ある全てを否定するでない、柔らかなそれの内には鳥も訪えば、四季折々の虫も居る…だが、呪いがかりの毒虫が、入り込んだとあれば別。
 難を察し、家長を守った家人が呪いに罹り、久我家から送られた文の中身が消えていた…家長の結界をくぐり抜け、顕れる呪など生半可な技では有り得ない。
 事態の確認を求めるに止まった家長の判断に一族の者の反発は大きく、それに血気盛った者が居てか、今度は久我に呪詛が差し向けられた…同じ百足を使った蟲毒が。
「貴方が、肩違えを為さるとは思いませんでしたね」
当主に向けて放たれたそれを受けたのは、その長男である直親。
 生き腐らせる呪いを晒し、直親は痛みを感じさせずに口の端を上げた。
「孝行息子だからな。お前こそ忠義な事だ……それこそ放っておけば今頃は大事な坊ちゃんが一族を束ねていたかも知れんのにな」
「……へらず口を」
隼人の包帯の下には、直親と同じく変色した皮膚が呪いの紋を刻まれて徐々、朽ちかけている。
「そろそろ終わりにしようじゃないか?」
誘う仕草で、直親は煙草の先を隼人に向けた。
「……そうですね。私も貴方もそう暇ではありません」
「両家にかけられた呪詛今返すぞ」
隼人の同意に、直親の指が印を組む…親指の側面、中指・薬指の先を併せた、不動明王印。
「逆しに行うぞ」
ぽ、と直親が銜えた口の端の煙草、その灯が赤く色を増す。
「逆しに行い下せば」
その灯を正面から受けた、隼人の刃に映る。
「向こうは血花と咲かすぞ 微塵と破れや」
煙草の灯が、有り得べからぬ大きさに燃え上がった。
 踊る焔は紅蓮、芯に黄金を秘めたその火色に音はなく、直親がふ、と短く吐き出した吐息に組んだ印へと宿る。
「燃え行け、多へ行け、枯れ行け」
隼人の支える刃にも、同じ焔が立ち上った。
 それは右の手に巻かれた包帯をめらりと燃やし、気流の流れに空に巻き上げて、呪いを晒す。
「其の身の胸元四方さんざら、微塵と乱れや」
「向うは知るまい、こちらは知り取る」
 印を支える直親の手が震える…それは呪に侵された右の手ばかりが、本人の意に反して暴れ出そうとし、同様に隼人も刀に添えた左の手が瘧の如く震える。
「青血、黒血」
「赤血、真血を吐け」
だが、唱和する声に揺らぎはない。
 申し合わせたかのように同じ術、おどろしい呪言に両者の霊力は共に焔に注ぎ込まれ、焔は色を変えながら燃え盛る。
「血を吐け、泡を吐け」
「息座微塵にまらべや」
受けた呪いを素に返す。
 術を修めた者ならば、その『返し』が何よりも恐ろしいのを知る。
 こと、呪いであれば行使した者に、倍以上の効果で戻る事を知らぬ者は居まい。
 そして、直親と隼人…術の対象は互いに眼前に控えている。
「酔狂な事だ……わざわざ、呪うとはな?」
額に汗を浮かべ、引き剥がされようとする呪いの抵抗に、崩れようとする印を支え直親はそれでも笑う。
「愚かとしか言い様がない」
にべなく答え、隼人も刃に添えた手を押さえる為に、歯を食いしばる。
 直親の印に宿る焔、隼人の刀に遷したそれは、最早互いの背を越し、逆巻く渦となって天を焦がさんばかりだ。
 返しの呪は、術者の死を意味する。
 だが、両者は躊躇なく術を完成させた。
「阿毘羅吽吽娑婆詞!」
全く同時に終える詠唱、七難消滅の真言に乗せ、術を解き放つ。
 直親の組む印が弾ける勢いで解け、隼人は支える刀の重さに抗し切れぬかのように、その切っ先を地へと突き立てた。
 焔はそのまま天へと上昇は、さながら竜の形のように長く尾を引いて、全く同じ方向へ散る…直親と隼人、どちらを害する事なく。
「全く愚か、ですね」
はぁ、と乱れた呼吸を整える為の深い息に、刀の柄で体重を支える隼人の言に、直親はその場、草の上に座り込む。
「全くだ……呪うよりも、銃か刃物で殺す方が確実だというのにな」
わざわざ術師の家系に、呪いを放つなど。
 元より、久我と雨宮…双方共、陰陽師の旧家といえども、術自体が政治の表裏で隆盛であった時代を別とすれば、対立の必要はない。
 其処にいきなり嫌疑の掛る呪詛が紛れれば、違和感というより他にないだろう。
 直親は隼人の、隼人は直親の…互いにかけられた呪いを解き、今その腕を覆っていた呪は消え、また互いに術の疲労以外、害を被った様子はない。その所在が別であったのが確かな証拠である。
 だが、放り込まれた火種に反目の状態を続けていたのは、即物的な攻撃を懸念してのいわば暗黙の了解であった。
「さて……誰か人手をやって探さないとな」
「骨くらいは残っていればいいですね」
さらりと吐かれた隼人の言に、直親は眉を寄せた。
「お前がこの修法に乗ってくるとは思わなかったが?」
苛烈なる不動明王の法。
 返しの焔に生きながら灼かれる、救命すら願えぬそれは呪いを下地とした呪い、と言えなくもない。
 だが、隼人は微笑みすら浮かべて、それをやんわりと否定した。
「言いませんでしたか? ……我が主に害なす者に遠慮はしません、と」
「……心得て置こう」
隼人の凄味、すらある笑みに対し直親は無難な答えを選んだ。
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東京怪談
2003年12月09日

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