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『2人なら‥‥ 』
ノージュ・ミラフィス1176)&エルム・ラシュペル(1451)

朝の光に誰にもまだ踏まれていない真っ白な雪がキラキラと輝く。空気はあくまでも清浄で一呼吸ごとに体中を清めてくれるような気がする。夜の間に降った雪もやみ、森へと続く道は自然へと還りさっぱりわからない。まったくもって素敵で輝かしい冬の朝だった。
「ほんと気持ちのいい朝よね」
「そうだな。なんかこうやる気が出てくるよな」
 どこか二人の言葉も決められたせりふのような不自然さがある。本当はもっと別の事を言いたいのに、言えば剣呑な状況になるとわかっていて間合いを計ってるような、どこか緊迫した雰囲気がある。こんなにのどかで晴れ渡った冬の朝に、森の奥にある薪小屋までごっそり薪を街へ運ぶ‥‥なんて仕事は重労働なだけで面白みも冒険心もくすぐられない。もちろん、ノージュ・ミラフィスがこんな仕事を受けてきたわけではないし、エルム・ラシュペルが『俺に任せろ!』と啖呵をきったわけでもない。やらざるを得ない状況に追い込まれたのは、みんな昨日の夕餉時の騒動が原因だった。

 ノージュとエルムは組んで仕事をすることが多い。お互いに腐れ縁だと思っているし、もうかなり長くコンビを組んできたので仕事もやりやすくなってきている、というのが表向きの理由だ。同業者に聞かれれば二人ともそんな風に話をする。それが一番聞いた相手が納得する『模範解答』だと経験的にわかっていた。だから、昨日も二人で組んでこの街へやってきた。無事に商隊の護衛を終え、暖かい寝床と食事を求めて一軒の宿へと入ったのだ。ここまではよかった。けれど、宿の選択から事態は悪化したのだと今朝日の中で冷静に考えればそう思う。ノージュは日頃からエルムに対して質素倹約を心がけるよう言ってきた。それは2の生活があまりに『駆け出しの冒険者』としては豪勢すぎるからだ。育ちが良過ぎるのも考えものだと思うが、それはエルムのせいではない。おいおい分相応な生活ってものをわかってもらえばいいと思っていたのだが、昨日は日頃の薫陶が度を越す形で出てしまったようだ。安宿に泊まるようなうらぶれた大人達から見れば、ノージュもエルムもまだまだ子供にしかみえない。それがいっぱしの大人ぶるものだから、からかうものも1人や2人ではすまない。そしてそれを聞き流せるほどノージュもエルムも本当の大人ではなかった。ちょっと荒っぽいコミュニケーションはすぐに終わったが、宿に迷惑をかけたということで、当事者達はそれぞれに宿の亭主にお仕置きを喰らった。ノージュとエルムが言い渡されたのが、この薪運びだ。

 どこかで枝に積もった雪が音をたてて落ちる。後は遠くで鳥の鳴き声が聞こえるだけだ。のどかで静かな森の朝だ。
「やっぱりさ、昨日みたいな時には最初に『表に出ろ』っていうべきだったな」
 エルムが思い出したように言う。どう考えてもやはりそれが敗因だったのだと思う。かっこいいせりふも乱闘になってからでは遅いのだということを、エルムは身をもって知った。誰も人の話など聞こうとはしないし、そもそも自分にも粋に言い出せるほどの冷静さがあるとは思えない。
「そこが反省するところ? もうちょっと穏やかに他人と折り合っていく処世術ってのが必要だったんじゃない、エルム。小さなことに腹をたててちゃ『冒険者』なんて出来ないと思うんだけど‥‥」
「そうだよな。性別間違えられたからっていきなり足払いはよくないと俺も思うな」
 ノージュの足が止まる。
「あのね、あたしが『僕』って言ったり男の人と同じ様な服を着ているのは、仕事がやりやすいからやっているんだ、エルム。別に女に見られてないってわけじゃあないんだからね。それを昨日のオヤジどもったら失礼にも程があると思わない?」
 ノージュの瞳が昨日の怒りの余韻をはらんでキラキラと光る。ノージュは激しい喜怒哀楽を示している時の方がすました顔よりずっと綺麗で生き生きとしている、とエルムは思う。黙っていれば整ってきて美しい少女だが、そんな造形の美しさがノージュの良いところではない。命の煌めきそのままに動いている時こそ魅力的だと思う。だからノージュの言葉に利があるとわかっているのについついからかってしまいたくなるのだ。
「わかってる、わかってる。ノージュが意外に女らしいってのは俺が一番わかってるって」
「調子いいこと言って」
 ノージュはくるりと背を向けてつっけんどんに言う。『意外』と言う言葉が入っているのが聞き捨てならないと思ったが、言い返そうにもとてもエルムを正視できない。頬が熱があるみたいにかあぁと熱くなっている。きっと信じられないくらい真っ赤な顔をしているだろう。照れくさいのとうれしいのがごちゃ混ぜになって、どんな表情をしていいのかさえわからない。
「もう、こんな無駄口きいている暇ないんだから、どんどん行くよ! 早く行かないと家に帰るのも遅くなっちゃうんだから」
 ノージュは留守番をさせてい養い子のことをいつも気にかけていた。このままのんきにしていたら、約束した日よりも帰宅が遅れてしまうだろう。
「行こう」
「あぁ」
 二人はもう一度薪を運ぶ用のそりの綱を持ち直した。
 その時だった。足元の雪が一気に崩れた。
「え?」
「わぁ」
 いつの間にか道を離れ山林に紛れ込んでいたのだろう。雪の下には踏みしめるべき地面はない。2人と一緒に周囲の雪が下へと落下していく。もはや名を呼ぶ事も悲鳴さえも雪に遮られて出せなかった。あんなに近くにいた2人なのに雪が姿さえ消そうとする。ノージュとエルムは奇跡的にからめた手と手をしっかりと握った。放せばもう2度と会えないのではないか、そんな気がしてギュッと握る手に力を込めた。エルムは更に力を込めて必死にノージュを引きよせようとした。せめてノージュだけでも無事助けたい。それが最後に心に浮かんだ想いだった。

 翌日もいい天気だった。ちらちらと雪は舞っていたが積もる様な降り方ではない。一晩ぐっすりと休んだノージュとエルムは元気に歩を進めている。寝る前のエルムは自己嫌悪で胸がいっぱいだったが、今朝は吹っ切れた気がする。結局まだまだ自分は未熟なのだ。今のままではノージュを守りきる事も出来ない。もっと剣の腕も磨き、世の中の事も知らなくてはならない。そう決めたから、もう迷わない。
「やっぱり家に帰るとなると足が軽いな、ノージュ」
「‥‥そうね」
 一瞬複雑な笑みを浮かべた後、ノージュはもう少しはっきりと笑ってエルムに答える。昨日は山の中でこのまま死んでしまうのかとさえ思ったが、意外にも落差は人1人の身長ぐらいだったし、雪と一緒に落ちた場所は薪小屋のまん前だった。結果的に短時間で薪運びを終わらせた事になったのだから、何が幸いするかわからない。そしてぐっすりと今度はノージュの選んだ宿で身体を休め、早朝出立してきたのだ。そっとノージュは自分の手を見る。おぼっちゃまでも世間知らずでも、いずれエルムはいい冒険者になるだろう。その時、自分はエルムの側にいられるだろうか。‥‥いたい。一緒に居て色々な冒険をしてみたい。本当の『自分』も見つけだしたい。2人なら、2人で頑張るなら、もっと広く遠いところまで行けそうな気がする。限界なんて無いような気がする。
「あたしも頑張らなきゃ、ね」
「うん? 何か言った?」
 少し前を歩いていたエルムが振り返る。
「なんでもない。行こう!」
 ノージュは小走りでエルムに追いつくと、横に並んで歩き始めた。



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聖獣界ソーン
2003年12月08日

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