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『手の中にある希望 』
倉前・高嶺2190


『どうする? ――子供は』
『まあ金を貰えない場合は……そうだな……』

嫌な会話、だと思う。
止めて欲しいと思うのに幼い自分は声を出せない。

――猿轡を口にかまされているから。

抵抗もしてるのに自分の手足は言うことを聞かない。

――手足を縄で縛られているから。

逃げなきゃ、と思う。
今度こそは――と。

幼い頃、誘拐された時の記憶が夢となって今も自分の中にある。

次こそは、次こそはと――思うのに。

(……お願いだから、あたしの言葉も聞いて)

小さな護られるべき存在だった自分。
そして誘拐相手には金銭を出させるまでの『価値』があった社長令嬢の自分。


(……だけど……だけど、あたしは……)

細い陽の光が瞼に差し込む。

――どうやら、朝らしい。

もそもそと、あたたかな布団から出るのを嫌がるように何度か寝返りを打つ。
少しばかり寝相が良くなかったのか自分の長い髪が片方だけ跳ねてるのを感じた。

(……何か、久しぶりにあの夢見たな……)

瞳を軽く擦りながら部屋をぐるりと見渡し――倉前・高嶺は想いを夢へと再び馳せる。
もう二度と正夢になどなりはしないだろう、昔の夢を。


                       ◇◆◇

誘拐は、結論だけを言うのであれば失敗に終わった。

そう、だからこうしてあたしは今、此処にいる。
ちゃんと家の中で、知りうる場所で息をすることが出来る。

だけど……あの誘拐はあたしに様々なものを落としていった。

男性への恐怖心と嫌悪。
そして――。
お母さんの心配性も。

その時からお母さんはあたしに絶対、一人で居ることを許さなかった。
小さなあたしを抱きしめては何度も何度も囁いて。

『高嶺、もう二度と怖いことはないと約束するわ。安心して』

優しいお母さんの声。
父親は社長だから当然忙しい人だったけれど、お母さんも更に輪をかけて忙しい人だった。

だから。

その言葉だけを信じたかったのにあたしに就けられたのは――使用人や護衛の人たちだった。
しかも男性の。

悲鳴が上がりそうになるのをぐっと堪える。
"大丈夫ですか?"と不安そうに声をかけ、あたしに触れてくるのが更に我慢できなくて『触らないで!』と叫んで逃げてしまいたかった。

けど……逃げるって――何処へ?

――何処にも行けはしないのにさ。

自嘲気味な笑いを作る唇を自覚しながら、あたしは言葉を飲み込む。
………何度も、何度も。

本当は、お母さんにずっと傍に居て欲しかっただけ。
あたしがあの時に望んだのはそれだけだったのに。


                       ◇◆◇

場面は変わる。
これは確か……中学へ上がる前のこと。

お母さんの私室。
一度だけ、あたしはお母さんに頼んだんだ。
護衛をつけるのは構わないから女の人にして、と。

質の良い椅子が軽い音を立ててこちら側へと振り向いた。
何故、今になってそう言うことをいうのと母の表情は言外に語っている。
でも、お母さんは決してそんな言葉を言わない。
解ってはいる。
……誘拐された時から、あたしはお母さんたちにとって「壊れ物」に等しい存在になってしまったって。

数回、目を瞬かせお母さんは優しく微笑む。
綺麗に整えられた手が、あたしの手に触れ――言葉が落ちる。

『良い子だから我慢して頂戴。高嶺を護ってもらうためなのよ、もう二度とあんなことが起こらないように』
『……はい、解っています…だけど』
言葉を遮るようにお母さんの言葉が重なる。
『高嶺は……良い子ね、解ってくれて嬉しいわ』

そして、あたしは再び――言葉を無くす。

ねえ、お母さん?

(お願いだから、少しはあたしの言葉を聞いて)


…そう、言えるのならば楽になれる気もするのに。

男の人は怖いし嫌い。
近くに寄られるだけで吐き気がする、我慢なんて出来ない。

だから、だから。

(……誰かに頼らないで、少しずつでも)

強くなりたい。
自分の身くらいは自分で護れるように。


                       ◇◆◇


「強くなりたい? 何故に?」
「……自分の身くらいは、誰かに頼らずに護りたいから……」

お茶の時間。
祖母が点ててくれたお抹茶を頂きながら、あたしは祖母に向かい呟いた。
祖母は微笑み「そう言う目的があるのなら私は反対せんよ…やりたいようにやるが良い」と言ってくれた。
隣にいる従姉妹も一緒になって「それは凄くいいと思うよ」と言いながらお茶を頂いていて。
口の中で溶けた干菓子の甘さが、やたらと美味に感じたのを覚えている。

ただ、問題は――お母さん。

どうすれば良いだろう、と考えつつも結局は無視することしか出来なかった。

反対されるのが解っていたから。

ああ、ほら……声さえ、言葉さえも一字一句違えずに思い出せる。

『何故、道場に通う必要なんてあるの! 高嶺は護ってもらってればいいの……強くなる、必要なんてないのよ……』

それじゃあ駄目なんだ、お母さん。
このままでいい筈なんて絶対無いって気付かない筈がないでしょう?
それに自分で自分が護れるのならこれほど安全なことはないから。

けれど、きっと。

(……お母さんには言ったとしても通じないんだね……)

解っては、居るけれど――でも少しだけ。

(……寂しい……な)


家の中と外で、この事を唯一祖母だけと従姉妹だけが解って応援してくれた。
祖母は武術をやるのであれば合気道が良いだろう、と知り合いの道場を紹介もしてくれて。
最初に道場へ向かう日、祖母があたしへ言った言葉。

「頑張っておいで? すぐには強くはなれないだろうが……何、そう言うのはやっていく内に身についていくものだよ」
「はい、有難うございます」

頷いて、あたしは合気道を習うべく道場へと向かい……そう、確かに祖母の言うとおり最初から強くなんてなれなかった。
何度も吹っ飛ばされるし青痣を身体中に作って心配させてしまったのも一度や二度じゃなく――だけれども、あたしは合気道を面白いと感じた。

何が面白い?と聞かれれば上手く言葉には出来ない。
けれど、何かが身体の内に生まれてゆくあの感覚、あれを追い続けることは本当に何よりも楽しくて道場だけは何をおいても休まずに毎日通った。
初めてあたしが決めて――初めてあたしが選んだことだったから。


                       ◇◆◇

そして――現在(いま)。

父親はもとよりお母さんとも話す機会は全くと言って良いほど無くなっていた。
当然と言えば当然だ。
元々、家へ居ない事の方が多い人たちだったから、あたしが習い事をしてしまえば逢える時間なんて言う物は一層、減ってしまう。

――いつも、いつも伝えたい言葉があるのだけれど結局それらは伝えられないまま、言えないまま。

心配性のお母さんを安心させるべく「十分強くなったから、あたしはもう大丈夫」って言いたいのに。

いつか、言えると良い。
正面を向いて、お母さんの瞳を見て心配しないでって。

いつか――そう、いつの日か必ず。

(その時のために、今、頑張っているんだから)

大きく伸びをし、ベッドから起き上がるとカーテンを勢い良く開ける。
夢見は最悪だったけれど、そんなものに決して負けない。
今までも、これからだって。

強くなる――身体も心も、伴うように。

「さて……顔でも洗って、今日も一日頑張るとしますか!」


太陽の眩しい光が部屋一面に降り注ぐ。
その光を受けながら高嶺は晴れやかな笑顔を太陽へと向けた。


外には…朝日を受けて輝く柊の花がそよぐ風に揺れている。



―End―
PCシチュエーションノベル(シングル) -
秋月 奏 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月05日

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