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『怖いのはミイラの呪いか? 』
海原・みたま1685)&海原・みなも(1252)


 某月某日。
 今日は愛する旦那様からのミッションで、エジプトに行く事になった。
 海原みたまは本来は傭兵であり、本人もその自覚をはっきりと持っているのだがここ最近は、どう考えてもその職業から外れたようなミッションが多い。
 例えばそう、いま目の前で棺桶の中からユラユラと包帯を揺らめかせているミイラを相手にするような。
「旦那様も困った人ね」
 こういった物が相手だと言うことは、一言も聞いていない。
 いつもの事だと言ってしまえばそれまでだが、一言でいいから添えてくれたら税関の通りにくい武器を持ち込むのに苦労しなくても良かったのだ。
 なにしろ相手? は重要文化財で、貴重な歴史的遺産でもある。
 棺桶に彫り込まれたヒエログリフは発見された中では保存状態もいいものであり、可能な限り手荒なマネはしたくない。
 だから今みたまが手にしているのはサバイバルナイフ一本。
 それで十分事足りたのだ。
 呪いの棺を落ち着かせる事も、周りに転がっているミイラのように包帯に絡め取られている学者を助ける事も。
 この程度の呪いにみたまが後れを取る訳がなかった。
「あんまり困らせないで頂戴!」
 腕に伸ばされた包帯をサバイバルナイフで裁ち切り、伸ばされる包帯をかいくぐり一気に間合いを詰める。
 金の艶やかな髪がなびき、赤い瞳がその燃えるような輝きを更に増す。
 激しい舞踊を見ているかのような体裁き。
 まさに神業。
「いい子は寝る時間よ」
 棺に触れ、しっかりと蓋を閉じる。
「お休みなさい」
 ゴトゴトと揺れていた棺がみたまの言葉に従うように包帯を中へと引きずり込んでいき、そして動くのを止めた。
「さっ、あとは旦那様に送ってと……」
 学者を助けまるで何事もなかったかのように棺を梱包する。
 それから家に送るために必要な書類を書いてみたまはポンと判を押した。



 受領印を押したのは海原みなも。
「ご苦労様です」
 大きな荷物で大変そうだった配達員を見送ってから運び込まれた荷物へと振り返った。
 自分の背よりも大きな荷物。
「お母さんからお父さんにだ」
 となれば簡単に想像できるのが、この荷物があまり普通の物ではないと言う事。
 しかも送り先がエジプトなのだから、その予想や悪い想像は更に膨らむ。
「そっとして置いたほうがいいですよね」
 そうしたいのは山々だが、このまま玄関に置いておく事も出来ない。
 出来るだけそっと運ぼうと思い箱を押すが……。
 今回もまた、非常に運がなかった。
 エジプトから日本までの遠い距離の間に、どこかしらで乱暴な扱い方でもされていたのかも知れない。
 距離、時間、様々な要因が重なって中に眠る呪いは再び目を覚まし活動を開始した。
 ビッ、ビリビリ、ビリッ!
「……え?」
 嫌な予感。
 箱の隙間からのぞくのは、僅かにくすんではいるが様々な細工の施された色彩。
 それが棺だと解り、僅かに開いた隙間から無数の包帯がひらりひらりと見えない何かに操られるように踊っている。
 梱包補開いたのは、この包帯だ。
 閉じなければ。
 とっさにそう思うが行動を起こすのは僅かに遅い。
「ーーーーあっ!」
 伸ばしかけた手をくすんだ色の包帯に絡め取られ固定されていく。
 指先から手の平、そして細い手首へと絡め取られた部分から精気が吸い取られるように力が入らなくなっていった。
 同時に、包帯に触れた瞬間から声が聞こえ始める。
 みなもには理解できない言語で響く呪文のような音の羅列。思わず聞き入りそうになったのを慌てて抵抗する。
「だめっ!」
 無事だった左手で耳を塞ごうとした行動が、後から判明する事になるのだがこの時はまだそれ所ではなかった。
「なんとかしないとっ!」
 水を用いて少しは対抗できないだろうか?
 そんな望みから必死になって後ずさるが足へと伸ばされた包帯によって妨害され、床の上へと大きな音を立て転倒する。
「や、やめ……っ」
 藻掻く事は出来た。
 声を出す事も出来た。
 だが、それだけでしかなかったのである。
 ささやかすぎる抵抗は、呪いの前にはなんの意味もなさない。
 床の上を這うみなもの体には、今なお包帯が獲物をからめとり、不可解な呪文を羅列しながら自らへと取り込もうと動き続けている。
 足から腰へ、腰から腹部へ、そして束縛の恐怖に鳴り響いている心臓を包み込むように胸の上へと巻き取っていく。
 息苦しくはなかった。
 だだ……包帯がみなもを絡めとるたびに体が大きな眠りを欲している。
 痛みも何も感じない。
 大きな恐怖が消え、束縛を求め出す。
 耳へと流れ込んでくる呪文も、今や子守歌の様にすら聞こえている。
 そう感じている事が、怖くて堪らなかった。
 なんの苦痛も感じない訳ではない、束縛される圧迫感が脳が理解していても、それが実感としてわかないのだ。
 まるで麻酔をかけれられたかのように、他人事の様だとしか理解ではない。
 包帯へと巻き取られた部分は、痛みも感じる事が出来なくなっているのだろう。
 首へ、顔へ……音を立てて巻き取ってく布に目すら閉ざされ、光りの一欠片すら奪い取られた。
 完全な闇を前に、心すら麻痺していく。
 後に残るのは長く深い束縛。
 棺はみなもを体内へと取り込み、満足そうに沈黙した。



 沈黙をうち破ったのは、ハキハキとしたみたまの声。
「ただいま」
 帰ってくると思っていた返事はない。
 明かりもついていたから誰か居ると思っていたのだが、考えてみればおかしい事が幾つもある。
 家にいないのなら明かりは消していくはずだし、居たのならで玄関にまでで迎えに来てくれるはずなのだ。
 そして……玄関に置かれたままのあの棺。
 梱包が解かれ、むき出しの棺がそのままになっている。
 それを見つけただけで、何があったかは大体予想が付いてしまった。
 そっと棺桶に触れるが動くようすはなく、みたまは手に力を入れて蓋を開く。
「やっぱり!」
 中には、包帯で全身を隙間無く拘束された女の子のミイラ。
 すぐにみなもだと解って思わず苦笑する。
 解いてあげようと手を伸ばすが、その直前になって動きを止めた。
 末娘がやっているように……みたまもまた写真を取りだし、シャッターを切り始める。
 同じように包帯で絡め取られた犠牲者の姿は見ているのだが……それとは比べ物にならないぐらいに思い切りのいい呪われ方である。
 いっその事お手本のようだと言っていいほどに。
「これも思い出よね」
 色々なアングルから写真を取っている内に、こういう事を通じてなら学者達が古代遺産だと熱く語る気持ちがなんとなくわかる。
 似ていると言うだけで相違点が多々あるだろうが、いま目の前にある『宝』を慈しむという点では同じだろう。
 何しろこの少女のミイラは可愛い娘なのだから。
 カメラを片手にみたまはニコリと微笑んだ。


 そしてしばらくしてようやく解放されたみなもに事情を聞く。
「なんだか呪文のような声が聞こえて……」
 向こうで助けた学者の話と合わせて考えると、みなもの聞いた呪文のような声はなんとなく予想が付いた。
 ミイラを造る行程の中には、神官が呪文を読み上げ死者が死後の世界に旅立てるようにするのだという。
 きっとそうだ。
「全部聞いてたら危なかったかも知れないわね」
 とっさに片耳でも塞いで一部を聞かなかった事で、助かっている部分があったのだろう。
 全てを完全に聞いていたら、また違った結果になったのかも知れない。
「なんだかまだ眠いです」
「そうね、今日はもうゆっくり寝なさい」
「そうします……おやすみなさい」
「おやすみ、みなも」
 梱包が甘かったというの理由では、今回の事件には旦那様は無関係だろう。
「それならいいか」
 その一言で事件をあっさりと片づけ、いまは写真が上手く撮れているかに思考を向けた。


 今その瞬間も、棺は閉ざされミイラは眠る。


PCシチュエーションノベル(ツイン) -
九十九 一 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月04日

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