▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『サンディクローズ・カミング 』
ゴドフリート・アルバレスト1024)&九耀・魅咲(1943)


 某警察署の某会議室、音痴と達者の狭間でタイトロープを披露している男がいた。会議室の備品をびりびりと震わせるバリトンの持ち主は、ゴドフリート・アルバレストであった。彼は『ジングルベル』を一通り歌い終えた後、ごふんと一度咳払い。
「ほーっほっほっほー! んMerry X-maアアアs!」
 ごふん。
「……こんなもんでいいだろう。よし。俺はサンタだ。サンタクロースなんだ」
 満足げに頷くゴドフリートは、ふさふさとしたナイロンの白い髭をたくわえ、真っ赤な生地に真っ白いファーがふんだんに取りつけられた服を着て、赤い帽子をかぶり、黒い長靴を履いていた。
 毎年この扮装をするのは恰幅がいい署員ときまっている。とは言っても、恰幅のいい署員全員が普段の職務から離れるわけにもいかないので、毎年クジ引きで4名程度が生贄にされた。恰幅のいい署員、それと新人の名前だけが集められたクジ箱の中に手を突っ込み、他ならぬ『ゴドフリート・アルバレスト』のクジを引いたのは、ゴドフリート・アルバレスト本人だった。
 市民に愛される警察を、というあざといが警察らしいスローガンのもと、今年も警察サンタが各擁護施設でのクリスマスパーティーをまわる。ほーっほっほっほーと笑い声で現れ、子供たちにプレゼントを配り、ほーっほっほっほーと去っていくのが主な役割だ。それ以上でも以下でもない。
 ゴドフリートは静かな会議室を、再びびりびりと奮わせ始めた。彼は、乗り気だった。
 鈴の音が彼の歌声を彩っているかのようだ。
 もう12月で、もうクリスマスなのだから。

 ちりん、
 『サンタが町にやって来る』が途切れた。
 ちりん、

 その音は、鈴の音。確かに鈴はサンタにつきもの。橇に、トナカイの首に、鈴がついている。
 だがその音は、一般的に――しゃんしゃんしゃんしゃん、と口ずさみはしないか。
 間違っても、ちりん、ではない。


「其は何の扮装ぞ、土佐犬」
「やっぱりお前かー!」
 鈴の音をまとって現れた九耀魅咲の襟首を掴み、コドフリートはかあッと赤面しながらガクガクと揺さぶった。
「やめんか、首が取れるわ、馬鹿力め」
「おい、今のは聞かなかったと言え!」
「声の太さが誤魔化しておるが、調子はすこし外れておるな」
「……かーッ!」
「もう一度訊く。其は何の扮装ぞ」
 ゴドフリートは深い溜息とともに、魅咲の襟から手を離した。
「サンタクロースだよ。知らないか?」
 ゴドフリートは、会議室にかかっているカレンダーを指した。24日にぐりぐりと赤い丸印がつけられている。パーティーの日には、緑色の丸印。
「クリスマスイヴのスターだ」
「おお」
 古い神が大きく頷いた。
 だが、期待したゴドフリートは、次の魅咲の一言でまた溜息をついた。
「長い鉤爪で悪しき子を引き裂くという魔物じゃな」
「……」
 おお、思い出すのは、歌って踊るハロウィンのプリンス。髑髏頭に、タキシード。ガールフレンドはつぎはぎの怪物。事勿れ主義の町長がいい味。ボスの中身は無数のマイ・バグ。サンタクロースの顔が少し怖い。
 ん? よく考えると、あのビデオをこの魅咲が観ているとは意外な話だ。
「サンディクローズだろそりゃ。『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』か」
「あの人形劇は斯様な表題を持っておったか。横文字は覚えるに難儀じゃ」
「お前が観てるなんてなあ」
「あやつに薦められての」
「あ? ああ、あいつな」
「西欧のふたつの祭日を知るに適しておると」
「……適してなかったみたいだな……」
 苦笑するゴドフリートを相変わらずの冷めた表情で見やると、魅咲はぐるりと会議室を見回した。

 12月になると、魅咲が定住している国の街並みも、緑と赤と金銀の装飾、樅の木、鈴の音に包まれる。魅咲は気がついていた。12月は、確かに、古来より特別な月だった。
 だが確実に変わってきている。
 新しい要素を海の向こうから取り入れることで、この国は変わってきた。
 12月が変わろうとしていて、九耀魅咲は何一つ変わらない。

「手伝うても構わぬぞ」
「なに?」
「共に祝うても良いと言うておる」
「……本当に祝うんだろうな。お前の『祝う』行為の定義が気になるぞ」
 魅咲は、むっとした顔になった。もとより心から楽しげな顔を見せない存在ではあった。だがそれだけに、この子供の姿をした存在が、目出度いという言葉をちゃんと言葉通りの意味合いで使ってくれるものなのかどうか、ゴドフリートは本当に確信が持てなかった。
「失敬なことを。神罰が下るぞ」
 恐ろしい呪いの言葉を吐きながら、
 ちりりん、
 九耀魅咲の姿は消えた。
「あっ……おい? って、ぐをを!!」
 ゴドフリートは一歩前に踏み出した。床に落ちていた星の飾りを踏みつけ、滑って、彼は転倒した。衝撃で、傍らのクリスマスツリーが倒れた。


 額と顎の絆創膏は、扮装のおかげでうまく隠れた。
 雪こそ降っていないが、その夜はひどい冷え込みだ。サンタクロースの扮装は、署内で身に着けていると暑くてかなわなかったが、今はちょうどいい。
 このサンタが移動に使うのは、トナカイが引く橇ではなく、パトカーだった。
 子供たちの夢を壊さないよう、パトカーは施設から少し離れたところに停められ、ゴドフリートは、冷たい砂利道をざくざくと10分ほど歩かねばならなかった。
 古い教会を改築したという施設は、まばらな木々の中にあるようで――すでに、ゴドフリートの視界に入っていた。赤と緑、青と黄色の電飾が、豪華とは言えないまでも、建物を彩っていた。近づくにつれて、笑い声と歌と古いオルガンの音色が大きくなってくる。
 新人と同僚が施設に先に入り、中の大人たちと話をつけている。
 息も凍る12月の空の下で、ゴドフリートはサンタの扮装をしたまま待機していた。ジングルベルが聞こえ始めたら突入という作戦がある。

 今夜はまだその夜ではないが、もう少しで紛れもない聖夜だ。
 ――俺はどこでどうして誰と過ごすんだろうな。まさか、ミサキと一緒にあのバーでシャンパン飲むだけじゃあるめエな、オイ。
 だが、そんなイヴも充分に考えられた。ゴドフリートが笑うと、白い息が闇に溶けた。
 ちりん……
 ゴドフリートが振り返ると、林の中に雪ん子が佇んでいた。
 彼はニッポンの妖怪にそれほど詳しくはなかったから、雪ん子の姿を見たときは、藁葺き屋根のロッジの扮装をしている子供にしか見えなかった。
「何の仮装だ、そりゃ」
 鈴の音で、その扮装をしている子供が誰なのかはわかっていた。
「扮装ではないわ、さんでぃくろーず。振袖には寒い夜じゃ」
 雪下駄でさくさくと、落ち葉も凍る地面を踏んで歩んでくるのは、九耀魅咲。彼女の息も白かった。
「魂がおる。穢れなき者たちだな」
「穢れてちゃたまらねエよ」
 サンタクロースは肩をすくめた。
 あの施設は評判がいい。だが、その施設に入る子供たちの背後には、暗い噂がつきまとう。この施設は児童虐待防止センターと繋がっていて、最近引き取っているのは、虐待する親から引き離さざるを得なくなった子供たちがほとんどなのだそうだ。殴られていたとしても蹴られていたとしても、そういった子供たちは、毎晩のように親を求めて泣くそうだ。
 魅咲はそんな事情など知らなかったが、呼吸をするのと同じくらい自然に、施設の中の子供たちの心情を悟っている。
「今宵は御主が魂を救え」
「お前、一度だって救ってことがあるのか? 逆だろ」
「失敬を言うな。神罰ぞ」
「悪かったよ、勘弁してくれ」
 魅咲のむっとした視線から逃げて、ゴドフリートは施設の屋根にある古い煙突に目を向けた。
「あの煙突通って暖炉から現れるのがしきたりだ」
「……」
「何だ、何が言いてエんだ? 煙は出てないから暖炉に火はついてないはずだろ」
「御主は己の身体を何と心得る」
「……」
「それでも暖炉から現れたいと言うならば、手伝うてやらんでもない」
 魅咲は面倒臭い表情で、ふう、と白い息をゴドフリートに吹きかけた。
 ゴドフリートはまだ心の準備が出来ていなかった。

 どさっ、と巨体が投げ出されたのは――温かい施設の広間、狭い煉瓦の暖炉の中だった。したたかに腰と頭を打ちつけたサンタクロースは、スラング混じりの英語で罵る。
「うぐぅ、あいつ、いきなりなんてことしやが」
「わーっ! サンタさん!」
「はッ!!」
 ほ、ほーっほっほっほー。


 一息で(文字通り)盛り上がった施設を、魅咲は外から眺めていた。べつに、恵まれない子供に化けて中で待っているのもよかったが、子供たちの背後にまとわりつくろくでもない魂のかけらに触れるのは、何となく気乗りしない夜だったのだ。
 空から、埃じみた小雪が降ってきた。
 魅咲は顔を上げた。白い肌に触れた途端、雪は消えてなくなった。
 積もることもなく、地面に落ちることすらままならないほどの雪だ。そよ風にすら弄ばれて、消えていく。
「天は無粋よ。どの道降らせるつもりならば、せめて24日まで待っては如何じゃ。ほわいと・くりすますにするつもりはないのか?」
 魅咲のその恨めしい言葉にすら、雪は吹き飛ばされて、消えてしまうのだった。


「雪まで降らせるたァ、その辺はさすがだな。子供たちも喜んでたぞ」
「髭がずれておるぞ」
「うお」
「生憎と、この雪は我が――」
 気まぐれな天が降らせたものだと魅咲は言おうとした。だが、ふと背後に回りこんだゴドフリートに、魅咲は文句を詰まらせ、身体を翻す。
「何をするか!」
「お前もちっとはクリスマス仕様になれよ」
 緑の目のサンタクロースはにやにやしていた。
 魅咲は何をされたかわからなかった。ただ、後ろ髪に手をやると――何かちくちくしたものに触れたのだ。
 鏡を見るまで、髪に何をされたかはわからない。魅咲はむっと眉を寄せた。
「神罰をくれてやるわ」
「これくらいのことでバチ当たってたらかなわねエぞ、オイ!」
「神罰じゃ」
「やめろって!」
 どつき合いながら林を行くのは、サンタクロースと雪ん子。
 雪ん子の後ろ髪を束ねている紐飾りは、クリスマスリースに変わっていた。




<了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
モロクっち クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年12月03日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.