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『片目で恋して 』
矢塚・朱姫0550

 恋人だからとかカレシだからとか、そんな下らない理由付けなど私には無縁のものだと思っていた。世の女の子――勿論男の子もだけど――が、何故にあんなに熱心に、と言うよりは必死に恋愛に血道を上げているのか、私にはさっぱり理解不能だった。

 ……が。

 恋愛とは、かくも人を変えるものなのか!

 等とどこか哲学的に、朱姫が深く考え込んでいたのは、最近、大学生の恋人が、何やら学校が忙しくてデートも儘ならない事実に少々拗ねていたからだ。別段、朱姫が恋に落ちたって恋人が出来たって全然不思議な事ではない、根本的に素直で真っ直ぐな朱姫だから、当然イイと思う相手がいれば好きにもなるし、なれば一途に想うだろうし。それに第一、恋人に毎日でも逢いたいとか傍に居たいとか思うのは特別な事ではない。誰にでも経験があり、簡単に起こり得る感情の流れなのだろうが、朱姫は(自分でそう思っているだけなのかもしれないが)そう言うのはあまり自分の『キャラクター』ではない、と感じてしまうのだ。
 だから、半ば自棄糞で、構ってくれないなら浮気してやるー!とでも言わんばかりの、はっきり言って当てつけで、一人で夜の渋谷に繰り出した事自体、彼女にとっては不可解な行動なのであった。

 私は何をしているのだろう、そんな疑問が時折頭を擡げるが、今はむしゃくしゃする気持ちの方が格段に幅を利かせていたので、疑問はすぐにその頭を押し込められる。そして、ふと周囲に注意を払えば、己が他人からどれだけの眼差しを注がれているかに改めて驚かされるのだ。
 恋をすると人は誰でも綺麗になる、とは昔から良く言われる事だ。朱姫は、元より造作の整った、どこか気品のある美少女であったが、それが最近はやはり恋愛のスパイスのお陰だろうか、艶めいた、だがやはり品のある魅力も付加されて人目を引く事この上ない。特に今夜は、浮気してやるー!の勢いのまま、黒のタイトなニットミニワンピースにブーツ、フェイクファーの襟の白いハーフコートで、実にシンプルな装いながら、衣服の素材の良さと中身の良さで妙に際立って見えるのだ。よって、周囲の男性の目は余す所なく惹き付け、女性からは羨望と嫉妬の眼差しを痛い程に食らっていると言う訳だ。

 「ねぇねぇカノジョー。一人ぃ?」
 あなたの態度とヘリウムとどっちが軽いだろう?と聞きたくなるような軽薄な声が朱姫の背後から掛かる。首だけ捻って後ろを振り向くと、今時なファッションに身を包んでそれなりに整った容姿をしていて、いかにも、俺はモテるんだぞ、どうだ参ったか的なオーラを醸し出している男がそこに居た。年齢は二十歳前後ぐらいだろうか。朱姫の魅力に心惹かれつつも、どこか近寄り難い品性に腰の引けていた男共を尻目に、堂々と声を掛けて来たこの男、勇気があるのか、ただ単に図太いだけなのか、はたまた救いようがないくらい鈍いのか。そのどれにしたってろくでもないような気がしたのだが、あえてその、自分の好みとは全く、ほぼ正反対のところに興味を引かれ、朱姫はカツ、とブーツのヒールを鳴らしながら立ち止まり、振り向いた。
 「一人じゃないように見えるか?」
 「や、見えない事もないかな?キミに過去数限りなく、フラれた男共の未練がましい亡霊が見えるような気がするよ」
 「………」
 歯が浮く、とはまた少々違った様相の、恐らくは褒め言葉かお世辞に思わず朱姫が黙りこくった。その意をどう捉えたか、男は朱姫の隣までやってくると、許可も得ないでその肩を抱き寄せる。朱姫が、自分の肩の上に乗った男の手へと視線を落とすと、その仕種を、男はこれまたどう言う意に解釈したのか、にっこりと胡散臭い笑顔を朱姫に向けると囁くような声で言った。
 「だーいじょうぶ!さっきのハナシはジョーダンだから!そんなに怖がらなくってもいいって。オレが付いてるからさ♪」
 「…これはどうも」
 どこをどう斜め読みすれば、朱姫が下らない男の話に怯えていると言う事になるのだ。その思考回路が余りに珍しく、朱姫はまじまじと男の顔を見詰めた。
 『……違うな』
 何が違うのか、すぐには分からなかったが、朱姫が見上げた視線、その角度が『違う』と思ったのだ。大抵の男性は、朱姫よりも身長は高い。が、その見上げる微妙な角度が、いつもと違うかも、と思ったのだ。また、自分の肩に置かれた男の手、最初は同じ男性の手だから似ているように思えたが、例え指の数が同じ五本でも、当然どこかが違うのだ。当たり前だが、他の男を見れば余計に彼の非存在が際立ってしまう。朱姫は、そっと溜め息を漏らした。

 でも今日の私は違うんだ!目にもの見せてやるんだ!

 何をどうやって誰に目にものを見せてやるのかは、朱姫本人にも不明だったが。

 朱姫は、そのまま、軽薄男に肩を預けて渋谷の街を歩き、一件のクラブへと足を踏み入れた。地下への階段を一歩降りて行く毎に、燻すような煙草の香りと安っぽいアルコールの香りが濃くなって行く。未成年である事以前に、そう言った場所には今まで何ら興味を示してこなかった為、当然朱姫にとっては未知の世界である。朱姫は、つい物珍しげに辺りを見渡した。
 重低音のベースが振動となって空気を伝わってくるそのホール、端のスタンド席で朱姫は男と向かい合った。薄暗い店の中にあっても、朱姫の容姿は際立つのか、そこここからいろんな視線を浴び、朱姫は正直居心地が悪い。男はと言えば、そんなツレの注目度にご満悦であったようだが、そのシマラナイ表情に、またも朱姫は細く息を吐いた。
 『彼』に限った話ではなく、可愛い恋人に良からぬ注目が集まることは、普通の男性なら余り快く思わないだろう。特に、その視線の種類が浅ましい類いのものであったりしたなら尚更。誰しも、恋人の、その人間性に直結する魅力に他人が魅了される事は寧ろ喜ばしく思っても、顔形やスタイルや、そんなものにだけ惹かれる視線には不機嫌になろうと言うものだ。それだけ、真剣に思っている証拠なのだろうが、その事を改めて、だがこんな場所で、朱姫は思い知る事となった。

 「よぅ、ネーチャン、イイ足してんじゃねーのよ」
 物思いに耽っていた朱姫に掛けられた声は、硫化水素とどっちが臭い?と聞きたくなる程、礼儀も態度もなってない男から掛けられたものだった。あからさまに、朱姫の身体のラインを視線で辿ってはニヤニヤと下卑た笑いをそのヤニ臭い口に浮べる。頭の中で想像している事が、わざわざ聞かなくても分かるような、そんな単純な表情の男だった。違う、とまた朱姫は心の中で呟く。『彼』は違う。好きだからこその欲目かもしれない、でも朱姫にとってはこんな、縦に真っ二つに切った中身が茹で卵程度の配色しかないような薄っぺらい男じゃない。
 そう思って朱姫が完全無視を決め込み、ふと最初の軽薄男へと視線を移す。すると男は、新たな男、しかも自分よりも体格の立派な男に声を掛けられた朱姫に助け船を出そうなどと言う気はさらさらないらしく、そっぽを向いて次なる獲物を物色していた。違う、違う!と思わず心の中で朱姫が叫ぶ。
 こんな、私の事などさっぱり見ていないような、そんなのは全然違う!

 「…やっぱりダメか」
 ふと、零すように朱姫が呟く。だが、その表情はどこか晴れ晴れとしている。
 「どうしたんだ、ネーチャン。そんな事より今夜俺と……」
 「いや、申し訳ないが、私にはやはりそんな器は無いようだ。他を当たってくれ」
 きっぱりと、見た目のエレガントさからは想像がつかない程、快活に朱姫が言う。そのギャップに驚いたか、男共はただ唖然として、クラブを出て行く朱姫の後ろ姿を見送った。イイ夜を、そう言ってにこりと笑う朱姫の笑顔は、いつにも増して勇ましく、そして綺麗であった。

 「……あーあ」
 結局は、自分は恋人との触れ合いに飢えてただけなんだな、そう認めてしまえば、心の中のモヤモヤは晴れるものの、寂しい気持ちは再確認してしまった。いつから私はこんなに弱くなったのだろう、そう思う反面、それは決して厭な変化では無い事にも、朱姫は気付いていた。
 
 さて、帰るか。そう呟くと、朱姫はひとつ背伸びをして歩き出す。いっそこうなれば、この寂しい気持ちさえ、ドラマティックに楽しんで堪能してみようじゃないか。と言っても、私の人生、私の生活全てを彼に寄り掛かってしまうのではなく。

 彼をただひたすらに見詰めるこの瞳、半分だけを閉じ、決して凝り固まってしまわぬように。
 
PCシチュエーションノベル(シングル) -
碧川桜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月29日

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