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『■鬼姫月■ 』
御影・涼1831

 
 濡れたように虚空で星が瞬いていた。
 彼はひっそりとコートの襟を立てる。
 少し背を丸め、吐き出す白い呼気の向こうに凍える水面を見た。
 うっすらと氷鏡を張って、池の面は輝いている。
 手に持った小石を投げれば、一回だけ弾けて、二回目は砕けた表面から落ちていった。
 水音が跳ねれば、また辺りは静けさを取り戻している。
 氷鏡は相変わらず星と地上の光を跳ね返していた。
 彼は何処か一途な眼差しをして、仄の明るい月夜の公園を見つめている。
 小さく溜息をつくと、手にした白い封筒を握り締めた。
「……おっと」
 少し慌てたように封筒を見た。
 これから起きるかもしれぬ事に、我知らず緊張をしていたらしい。
 そんな自分自身に苦笑した。
 手に持った封筒には『御影 涼様』と書かれている。
 先程から人気の無い公園に立ち尽くす、この若者の名だ。
 宛名には、かの女性の名が書かれている。
 この封筒は今朝方届いたもので、切手などは貼られておらず、消印も無かった。郵便物が朝に届くという事は無い。
 如何な方法をもって届けられたのかは分からないが、この東京ではそれが普通なのだろう。何せ人知を超えた事件の多発する街だ。
 封筒を開け、涼はの中身を出した。
 あのアンティークショップで集められているカードだった。
 しかし、装飾を施したフレームのみで、何も描かれていない。この世におけるありとあらゆる事象や存在を写し取るカードだというが、一体自分にどう使えというのだろうか。
 涼は頭を捻った。
 封筒の中を覗くと、中には手紙が一通入っていた。
 取り出して広げ、それを涼は読み始める。


『 御影 涼 様

 貴方の心が定まったようですね。
 同封したカードは、貴方も知ってのとおり、あの店で集めれているものです。
 私が少々手を加えました。
 貴方の念じた事柄が形になるわ。
 如何な事象も起こすことが出来ます。ただし、チャンスは3回。
 見たいものがあるなら、店へ持っていくといいでしょう。
 使い道は貴方次第。
 貴方が思うがまま……貴方が何を願うのか、見せてちょうだい 』



 涼はじっと手紙を見詰めると、深い溜息を吐いた。
「あの人は………」
 呟いて手紙を封筒に仕舞うと、カードをポケットの中に仕舞った。
 自分の迷いが消えた今となっては、願いは一つ。

 あの鬼に会って、もう一度戦う。

 それにはあまりにも資料が少なかった。どうやったら彼に会えるのかも分からない。
 渡されたカードをポケットの上から触れて、涼は考え込んだ。
 チャンスは3回。
 カードを一枚取り出すと、涼はそれを見つめた。
 これで叶う事があるのなら、何より情報が欲しい。
 あの男の顔、情報……特に居場所。もしくは何らかの手がかりがあれば探す手間も省けるだろう。
 手のひらに乗せて見つめ、表面を撫でた。
そう願うだけで叶うとは思ってもいないが、今はこれだけが頼りなのも事実だ。

―― くすっ…くすくすっ……

「……ん?……」
 何処からか密やかな声が聞こえてくる。
 涼は目だけで辺りを窺い、耳を済ました。何処か少女のような笑い声に眉を顰める。

―― ふふっ…ふふふ……

「……誰だ?」
 涼は辺りを見回すが誰もそこには居ない。『人』がいるというような気配でもなかった。揺れる木の葉がさざめくような音。
「ッあ!……」
 不意に熱さを感じて手のひらを見れば、カードから白く淡い光が放たれている。
 カードが高熱を発していた。
「……なッ!」
 耐え切れなくなって手を離せば、カードは輝きを増し、虚空を滑るように舞って凍った池の上に落ちた。瞬時に氷は溶け、池の水を蒸発させる。
「ぐッ!!……何…だ…?」
 吹き上げた蒸気から目を守ろうと身を捩る。反射的に目を細めて、その場から離れようとした。霊刀『正神丙霊刀・黄天』を呼んで身構える。
 熱風を避けて後方に下がれば、辺りを一面に白く染め上げた蒸気の向こうに、黒と赤の影を見た。長い髪が風に舞い、振り返ればそれが女だとわかった。
 高く結い上げても、なお長い髪は踝まである。
 美しい顔には冷たい微笑を添えていた。
「私たちに何のようかしら?」
「……何?」
 黒い髪の女の言葉に涼は眉を顰めた。
 警戒したまま、黄天は降ろさない。
「俺は呼んだ憶えなんて……」
「馬鹿をおっしゃいな。……時空を捻じ曲げてまで引き寄せておいて、何を言うかと思えば……」
 呆れたように肩を竦めれば、赤い髪の女の方に向かって「ねぇ?」と、同意を求めた。
 時空と聞いてわけがわからずに、涼は暫し考え込む。
 どう考えても、さっきのカードの仕業としか思えない。
 思わず涼は黄天を下ろし、残りのカードの入っているポケットに触れた。
 その仕草に目を留めた女が、じっと涼を見詰めている。
「やっぱり……」
 女は意地の悪い笑みを浮かべた。
「え?」
 女の言葉に戸惑えば、女は涼のポケット指して言った。
「あの女からの贈り物のようね……御影涼」
「俺の名前……どうして。……あの女って」
 意味が分からずに涼は問うた。
 ますます笑みを浮かべて女は言う。
「記憶の番人からの贈り物でしょうに……そんなにお兄様に会いたいのかしら?」
 クスッと笑って赤い髪の女が言った。
 黒い髪の女と同じ顔をした女は涼を品定めするかのような目で見る。
 居心地の悪い視線に、涼は顔を顰めた。
「お兄様って……」
 女が口角を上げて笑う。
 侮蔑を含んだ声で女は囁くように言った。
「貴方が一時期恋焦がれた男でしょう?」
 言われて涼は唇を噛んだ。
 この女たちはあの赫い鬼と面識があるか、本当に妹らしい。
 なれば、この女達から聞けばいいこと。涼は黄天を構えた。
「あら? 女相手に本気になるの? ……嫌だわ」
 また女たちは笑った。
 嘲笑なぞ無視をして、涼は言い放った。
「俺は戦いたいだけだ!」
「戦ってどうしようというの? 殺されたいのかしら?」
「殺されたいほどに想っているのね……可愛い人」
 赤い髪の女が揶揄った。
「本当に食べてしまいたいほどに可愛いわ」
 赤く滑る舌が唇をぺロッと舐める。
「泣きながら許しを乞う姿を見るのも楽しそうだわね……連れて行ってあげましょうか?」
「何?……」
 涼は女達を見つめた。
「貴方が時空を曲げてくれたお陰で、手の者が街へ繰り出していったわ。貴方はどう責任を取るのかしら? 重なり合う二つの世界が一つになった今、ひっそりと人を殺める必要など、私たちには無い」
「…なッ!」
「このままなら貴方を連れて行くことも出来る……」
「……っ」
 行けば我が身に保証はない。
 しかし、確実にあの男には会えるだろう。
 人知れぬ場所で引き裂かれ、血肉を啜られることになるやも知れぬ。
 涼は暫し考えた。

 ここで黄天を振るって、女を倒すも良し。付いていくも良し。
 いずれにせよ、女の言葉が本当なら、街へと繰り出した妖を排除せねばならないだろう。
 自分に残された選択肢は少ないように思われた。

 ■END■
PCシチュエーションノベル(シングル) -
皆瀬七々海 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月27日

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