▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『【未亜〜拭い去れぬ記憶〜第五章『温もり』】 』
早春の雛菊 未亜1055
 ――ちゃぽんっっ
 少女の背中に湯が注がれ、土と埃で汚れた肌が持ち前の白さを取り戻してゆく。ツツッ‥‥と背中に指が触れ、早春の雛菊・未亜は、細い身体を屈めたまま、肩をビクッと跳ね上げた。
「あっ‥‥ごめんなさい、い、痛かったかい?」
 背中を擦った指が弾けたように離れ、動揺の色を滲ませる女性の声が耳に飛び込んだ。未亜は潤いを得た瑞々しい緑色の髪を左右に揺らし、赤い瞳を恥かしそうに背中を洗う美女へと向ける。
「‥‥ううん、ちょっと‥‥沁みただけだから‥‥」
 少女の背中は痛々しいほどの蚯蚓腫れが至る所に刻まれていたのだ。未だあどけなさの残る少女に何があったのだろうか?
 夜の帳が落ちた町の路上で、意識を失った未亜を助けた美しい女性は眉を顰めるものの、それ以上は詮索もせず、優しく汚れた身体を洗う。
 湯の温かさと気遣いの篭った彼女の指の感触に、少女は瞳を潤ませ、泣きそうになる自分の身体を堪えて、端整な風貌を膝を屈めた両腕に隠した‥‥。

●代償
「残り物しかないけどさ、食べて。これでも食堂なんだから腕は確かよ☆」
 風呂で背中を流してくれた美女はテーブルに未亜を着かせると、両腕に皿を抱えて微笑んで見せる。次々と温かい湯気を出す料理が少女の前に並べられる中、未亜は改めて周囲を見渡す。
 そこは広くはないものの、幾つかテーブルと椅子が並んでいる小さな食堂だった。上品な店内には未亜と女店主以外に人の気配を感じない。
「さ、召し上がれ☆」
 未亜の対面に腰を下ろし、肘を立てた両手に顎を乗せて小首を傾げると、美女は努めて明るく少女を促がした。
「い、いただきます」
 躊躇いながらも未亜はスープを口に運び、それから堰を切ったように皿の料理を掻き込んでゆく。
 ――そう言えば、満足な食事をするのは何日振りだろう?
「‥‥けほけほっ」
「ほらほら、慌てなくても料理は逃げないよ♪」
 美しい顔を綻ばせ、咽る少女の口元が拭かれると、再び未亜は赤い瞳を潤ませた。ポタポタと雫が零れる中、残りの料理を喉に流し込んでゆく。涙というエッセンスで料理は少ししょっぱかった‥‥。
「ごちそうさまでした、とても美味しかったです☆」
 食事を全て平らげ、未亜は持ち前の元気さを僅かに取り戻して明るい声を響き渡らせた。女店主はニッコリと微笑み「お粗末さまでした☆」とおどけて見せる。温かい空気が狭い店内を包み込み、二人はクスクスと笑った。
 だが、そんな夢のような時間を少女は自ら現実へと引き戻す。
「あの‥‥お礼しなくちゃいけないですよね‥‥でも、未亜、お金もってないし‥‥未亜の身体で出来る事なら‥‥何でもします!」
 未亜は自分の胸に手を運び、一気に伝えた。そんな少女の申し出に美女は厳しい表情を浮かべる。
「‥‥お礼が欲しくて未亜ちゃんを助けた訳じゃないのよ」
 冷たい響きだった。今まで生きる代償として何でも行って来た未亜にとって、彼女の態度は複雑に感じられた。
「‥‥ご、ごめんなさい‥‥未亜、お父さんとお母さんを殲鬼に殺されてから、ずっとそうやって生きて来たから‥‥」
 ――殲鬼‥‥
「未亜ちゃん? 私は道の真中で人が倒れていたら誰だろうと助けるわ。人は他人を思い遣らなければいけないと思うの。優しくなければ人じゃないわ。見返りを望んで人を助けるのは、思い遣りでも優しさでも無いのよ。それが当たり前だと思っちゃいけないわ」
 美しい女性は立ち尽くす少女の傍らに歩みより、照り返す緑色の髪を優しく撫でた。刹那、未亜はふくよかな胸へと飛び込み、嗚咽を洩らし「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」と、泣きじゃくる。小刻みに震える小さく細い肩を抱き締めて、女店主は彼女を包み込む。
「辛かったんでしょうね‥‥思いっきりお泣き」
 薄明かりの中、未亜は久し振りに人の優しさに触れ、いつまでも母のような温もりの中で嗚咽を洩らしていた‥‥。

 ――それから未亜は今までの経過を話した。
「未亜は『生きたい』って殲鬼に頼んだの。そしたら、裸で置物代わりにされて‥‥でも殲鬼様は優しかったんだよ。未亜にエプロンくれて、身の回りの世話をするだけで‥‥何もしなかったから‥‥でも、手下の殲鬼は未亜を襲おうとしたの‥‥それで殲鬼様が相撃ちになって‥‥未亜の目の前が血で真っ赤になって‥‥だから家を飛び出して逃げた‥‥もう走れないと思うまで森に逃げたんだ‥‥それから湖を見つけて水浴びしてたら野盗に捕まって‥‥」
 落ち着いた少女は淡々と語り続けた。その経緯はあまりにも過酷で、女店主が端整な眉を顰める場面が何度もあった程だ。未亜は時に顔を羞恥に赤く染め、時に小さな拳を膝の上で握り締め、思い出して涙を浮かべて肩を震わせたりもした。
「それからお使いの主人に酷いことされて、館に帰る途中で‥‥」
 もし、あの時、女店主が助けてくれなかったら、どうなっていたのだろう? ボロボロの衣服を破り捨てられ、大勢の男共の成すが侭にされてしまっていたかもしれない‥‥。
 ――館?
 様々な恐怖を脳裏に浮かび上がらせた少女は、突然に椅子を引き立ち上がった。あまりの唐突さに話を聞いていた女店主が表情に戸惑いを浮かばせる。
「どうしたの?」
「未亜‥‥帰らなきゃ」
 大きな赤い瞳を見開き、何か暗示にでも掛かったように呟いた。
「帰るって‥‥その館にかい?」
 未亜はコクッと頷くと、再び彼女の声が少女の耳に飛び込んだ。
「私の店で働いたらどう? 何も酷い事される館に戻る必要は――」
「駄目だよ! 他の人が酷い事されているかもしれない‥‥未亜が帰って来ないから、他の召使いの人が酷い事されてたら‥‥」
「‥‥未亜ちゃん」
 ――なんて哀れなほど優しい娘なの?
 私は未亜ちゃんほど役目を果たしているのかしら‥‥
「‥‥さん」
「えっ?」
 自分の名前を呼ばれた店主は慌てて少女に顔を向けた。
「未亜、やっぱり帰るよ☆ 未亜、人の優しさに触れただけで十分だもん♪ ご主人様も未亜が帰れば許してくれると思うから‥‥あっ」
「あなた‥‥」
 美女はぎゅうぅぅーっと未亜を懐に抱き寄せ、それ以上の言葉を見つけ出せないでいた。
 ――人を思い遣らなければならない。
 その言葉を伝えた以上、それを翻す言葉を告げる事に躊躇う。
 なんて素直で勇気のある娘なの‥‥。世の中はそんなに綺麗じゃないのに、この娘は一握りの優しさだけで満足して立ち向かって行けるなんて‥‥。
 朝を迎えた頃には、既に少女は食堂から姿を消していた。
 ありがとうの手記を残しながら――――

●ご主人様も分かってくれると思うから
 ――人を信じる気持ちを忘れたくない。
 きっと逃げないで帰って来たら温かく迎えてくれるよ――――
「ご主人さまぁ! これは‥‥未亜、帰って来たのに‥‥」
 その声は悲痛で、泣きそうな震える掠れ声だった。
 館に辿り着いた未亜は手足を縛られていた。無理に抗う度に縄が白い肌に食い込み、ギリギリと締めつける中、少女の赤い瞳に醜悪な禿げ頭の中年が浮かび上がった。男は彼女の細い顎を持ち上げてニヤリと口元を緩ます。
「未亜よ、よく帰って来たな。このまま帰って来ないと思ったぞ?」
「ですから、未亜はご主人様を信じて‥‥人を信じる気持ちを忘れたくなくて‥‥」
「ほお〜、健気な心掛けだな。だから私が悦びを伝えているのが分からぬか?」
「よろこび? えっ? 何を‥‥ご主人さま‥‥やっ、熱っ!」
「だがな、帰りが遅くなったお仕置きはしなければ示しがつかぬ。これは私の慈愛だよ、未亜‥‥。さあ、私の為に踊っておくれ」
 未亜に向けた灯火から液体がボタボタと滴る。
 少女の影は液体が滴る度に激しく身を捩り、小刻みな声を洩らしながら踊り続けると、やがてグッタリと意識を失ったように動かなくなった。
 ――なぜ、未亜は戻ったんだろう?
 戻った? 未亜は本当に戻ったのかな?
 少女は意識を取り戻し、ゆっくりと赤い瞳を開いた――――

●あとがき(?)
 またX5、ご購入有り難うございました☆ 切磋巧実です。
 お久し振りです☆ 未亜ちゃんの悪夢の螺旋階段も第5章ですね。久し振りに綴らせて頂きましたが、いかがだったでしょうか? このまま逃げてしまえば救われるのに、もう未亜ちゃんてば、お仕置きが待ってる館に戻るなんてっ(涙)。因みにシングルなので女店主の描写は控えさせて頂きました。PC登録してツインにすれば、話は別ですけどね(笑)。
 それでは感想お待ちしていますね♪
 ――自らの意思で悪夢に舞い戻った未亜。
 それが運命だとでも言うのだろうか?
 人の優しさと現実の狭間で少女の赤い瞳は何を見る―――― 
PCシチュエーションノベル(シングル) -
切磋巧実 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2003年11月25日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.