▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『『彼岸花と血の赤』 』
奉丈・遮那0506
「占いは相手の情報と相手への思いやり。難しいんですよ」
 そのお客さんは大変僕の占いの結果を気に入ってくれたらしく、僕に熱烈な感謝の言葉と褒め言葉とをくれた。そんなお客さんの浮かべる幸せそうな笑顔から僕はテーブルの上のタロットカードを片付けるふりをして顔を俯けさせて逃げた。その時の僕の表情を見られないように・・・。
「じゃあ、また来ます。その時もよろしくお願いしますね」
 そのお客さんは嬉しそうな顔をして、僕に何度も頭を下げてから部屋を出て行った。その時の僕はどんな顔をしていたのだろう?

 表情なんて無かった? 泣き出す寸前の子どものような顔? それとも笑っていた?

 どれもリアル感なんてまるで無い。
 僕は立ち上がると、前髪をくしゃっと無造作に掻きあげながら、重いため息を吐いた。そしてろうそくの炎を消して、カーテンを開けた。降る雨に濡れた窓ガラスの向こうに遠ざかっていく赤い傘があった。それはまるであの時に見た彼岸花のように見えた。
 どくん、とその赤に引き裂かれるような痛みを感じる胸のうちで心臓が脈打った。その心臓はそのままどんどん早く脈打っていく。あやかし荘にいる時の僕の心臓も彼女と顔をあわせて、言葉を交わす度にワルツを踊るように早く脈打つけどそれはどこか心地良い早鐘の音。心満ちて幸せになれる音色。だけど今、僕が聴くまるで耳元で鳴っているかのようなこの心臓の脈打つ音は、耳の毛細血管を流れる血のごぉー、という音はどこかその昔、世襲制であった死刑執行人の一族がその呪われた運命を示すかのように腰に付けていたという鈴の音のように不吉で怨念に満ちた物に感じた。
 暗く暗く…闇よりも昏く冷たい音。そしてその音にあわせて呪詛を唱えるように脳裏に響く声。
『おまえが悪いんだァ』
『おまえ、気持ち悪いよ』
『遮那が殺したんだ』
『遮那、責任取れよ』
『そうだ。おまえが、おまえがあんな事さえ言わなければ』
『先生がかわいそうよぉ・・・』
「うわわわぁぁぁあああああああーーーーーーー」僕は自分の両耳を押さえて、あの時のクラスメイトたちの言葉がエンドレスで流れる暗闇の中でそのまま蹲る。
 
『占いは相手の情報と相手への思いやり。難しいんですよ』

 どの面下げて僕はそれを言った? 僕にはそれを言う権利がある? 僕は僕の占いで先生を不幸にした。そう、あの時の僕はそれを言ってしまった。そして今度はそれを言わなかった。さっきのお客さんはもう僕の所には来ない。だってさっきのお客さんの運命を語るカードにははっきりとそう出ていたから。

 13番 死神のカード。正位置【終末、死、停止、失敗】  

 先生の時と同じだ。
 僕は絨毯が敷かれた床に転がった。そして溢れ出す涙を堰き止めようとするかのように両目に右腕を押し付けるように乗せた。だってその涙は自分を哀れむための涙のような気がしたから。
 両目から涙が溢れ出すようにずっと心の奥底のまた深い場所にそっと押し込めておいた箱から忘れたふりをしていた記憶が溢れ出す。
 そう、人の運命を告げる占いの怖さも、そして言葉の持つ力もまだよく理解していなかった浅はかな子どもで、不用意な発言をしてしまったあの日の・・・先生を守れなかった日の記憶が・・・

 放課後の学校。一日の緊張から解かれたその場所には緩やかで気だるげな空気が流れている。だけど僕はそんな空気も嫌いじゃなかった。
 グラウンドの方から聞こえてくる運動部の声と隣の教室から聞こえてくる女子生徒たちのくすくすと笑いあう声をBGMに僕は僕の放課後の過ごし方としてすっかりと定番になった占いをしていた。
 占う相手はクラスメイトの女の子。占うのはお決まりの恋愛だ。
「うん、いいと想うよ。見て、このカードとこのカードが示す意味はね・・・」
 などと、僕は得意げにカードが意味する彼女の運命を言葉にしていた。そこに人の運命を見る者としての契約を占われる者に対して背負う事への恐怖とか責任とかというものは感じてはいなかった。
「あ、やってるやってる。ほら、先生。早く」
 澄んだアルト。その声に僕は教室の扉の方を見た。そこにいたのはこの春に結婚したばかりの担任の先生とクラスメイトだった。
「ほら、早く、先生。占ってもらおうよ」
「え、あ、ちょっと待ってよ」
 生徒に強引に手を引かれて教室に入ってくる先生は困り顔。彼女と目を合わせたぼくもつい愛想笑いを浮かべてしまう。
「ほら、先生、席について」
「あー、はいはい。わかりましたわよ」
 先生は肩をすくめると、僕の前に座った。そして亜麻色の長い髪を掻きあげる。こう言うと女子連中に怒られそうだけど、先生、なんか結婚してますます綺麗になったよな。
「どうした、遮那君?」
 小首を傾げた先生。さらりと揺れた髪の下で花が咲いたような綺麗で優しい笑みが浮かべられる。僕はどきっとしてしまった。顔がものすごく熱い…耳まで真っ赤になっているのであろうか?
 僕はそれをごまかすようにこほんと一つ、咳をして、
「それでは先生、何を占いますか?」
 結婚したばかりで恋愛ってのは無いよな。
「じゃあ、恋愛運なんか占ってもらおうかしら」
「え?」
「って、やだぁー。遮那君、そんなに驚かないでよ」
「え、だって、先生、恋愛運だなんて言うから・・・ほら、先生って結婚したばかりだし」
 薄く形のいい唇に軽く握った拳を当ててくすくすと笑う先生に僕はどきどきしながら抗議する。そんな僕の背を女子がぱんと勢いよく叩いて。
「わかってないなー、奉丈君。結婚してもダーリンといつまでも恋人同士みたいな感じでいたいという気持ちの現われじゃない。結婚してからも色々とあるのよ、女は」
 などと、僕と同じ歳のくせに妙に何かを悟ったような口調で女子がうんうんと頷いた。そんな彼女にそんなものなの? と訊く僕とそうよ。そういうものなのよ、と頷く彼女を見比べていた先生がちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「あら、違うわよ。ダーリン以外のいい男が私の前に出てくるのか占ってもらおうかと想って」
「「「「え!?」」」」僕ら生徒は思わず声を揃えてしまった。
「いやぁー、先生。あたしはまだ純真無垢な少女だから結婚に夢見てるのぉー。だから夢を壊すような事を言わないでぇー。きゃー。キャー。不潔よぉー。先生ぇー、不潔よぉー」
 耳に手をあてて顔を幼い子どもがイヤイヤをするように横に振る彼女を先生は笑いながら抱きしめて、頭をよしよしと撫でる。
「冗談よ。冗談。ダーリン、一筋よ。だからさ、遮那君」そして先生はそこで彼女から僕に顔を向けてウインクする。「いつ、私達夫婦の下にコウノトリさんが赤ちゃんを連れてきてくれるか占ってくれる?」
「今月の運勢でいいですね」
 悪戯っ子そっくりの表情を浮かべる子どものような先生に僕は大きくため息を吐いた。

 この時の僕は赤ちゃんがいつ生まれるか、などというようなからかいの言葉にも照れて顔を真っ赤にするほどに幼かった。
 何度も言うように物事の先を見据え、考えるという事も・・・占い師が占われる者に対して背負う契約の重さや怖さも何もわかっていなかった僕は無責任にもそれを口にしてしまった。

「・・・先生。あの、今、先生の今月の未来を占ったのですが・・・その、先生の未来を示すタロットカードは13の死神・・・正位置・・・です。つまり、それが意味するのは死・・・です」
 占い師が死についての占いの結果を口にするのはタブーなのに・・・。

 教室は濃密な沈黙の空気に包まれた。その空気はものすごく息苦しい。僕は喘ぐように小さく深呼吸する。だけどその呼吸音は充分すぎるぐらいにこの静寂に包まれた教室では響いた。
「う、嘘だよね、遮那」
 僕はそれに答えられない。だけど・・・
「あはははは。死神が出ちゃったかー。参ったなー」
 先生は肩にかかる髪を払いながら陽気な声で笑った。そして陽気で美人なお姉さんみたいな先生と生徒みんなに慕われている彼女の笑い声は僕が告げた13番の死神のタロットカードがもたらした不吉な空気を払い飛ばした。だけど僕は・・・。

「あらー、どうしたの、遮那君?」
 青い色の傘をさした先生は校門の所で彼女を待っていた僕を見つけると、にこりと笑った。
「え、いや・・・」
「あ、ひょっとして、遮那君。まだ、さっきのタロット占いの結果を気にしているの?」
「しますよ、それは・・・」
 先生は肩をすくめる。
「で、どうするのかな、遮那君?」
「先生を家まで送ります」
「徹底するね、君も」
 常に周りに注意の視線を向ける僕と騎士というよりも忠犬と歩いているようだわ、と笑う先生は学校から歩いて約30分の所にある先生が住むマンションまで並んで歩いた。
「遮那君はタロットカードは自己流なの?」
「いえ、母に。僕が占いに興味を示したら技術を叩き込まれました」
「ああ、なるほど。良い教育本心だわね。そういえば遮那君って自分の興味の持った事にはすごくまじめに取り組むものね。それって成績にも出てるもの」
「って、成績の話は出さないで下さいィ」
 苦笑混じりに僕が悲鳴をあげるように言うと、
「あのね、遮那君」
 先生は身をかがめて僕の顔を覗き込んだ。吐息がかかるぐらいにすぐ前にある先生の顔に浮かぶのは至極真剣な表情だ。
「教師が成績の話を出さなかったらどうするのよ」
 そう言った後にくすりと笑った先生の顔はとても綺麗で、そして先生から香る香水の匂いもすごく心地良くって、だけどそれは・・・
「先生、どうしたんですか?」
 ゆっくりとその場に両膝をついて倒れていく瞬間にもとても苦しそうな表情に、そして血の香りに取って変わられた。僕はただそれに絶句する。
「先生ッ」
 抱き抱える先生の体は見た目はとても細いのにすごく重かった。そしてその体からはどんどん温もりが消えていく。
「先生ェ」
 先生は僕に向かって泣きそうな表情をしながら唇を動かした。

 逃げなさい 

「先生ぇーーーーーーぇッ」
 先生は僕の腕の中で息絶えた。冷たい雨に打たれる彼女の顔はいつも幸せそうな顔で微笑んでいた表情とは正反対の何かを途中でやめてしまった…もしくは途中で中断したまま死んでしまう事への悔しさが滲み出ていた。
 そして僕が顔をあげた先にいたのもそんな表情を浮かべるおかっぱ頭の着物を着た少女だった。
 今も僕にはその彼女が何なのかはわからない。ただそいつは僕と目を合わせた瞬間にその切れ長の瞳を垂れさせて、ものすごく陰惨な笑みを浮かべて・・・
 そして僕は気づくと派手に宙を舞っていた。宙を舞った僕の体は雨に濡れたアスファルトの上で大きくバウンドして、そして掠れゆく視界に映るのは毒々しいまでに赤い彼岸花だった。

 目に映る赤。血の赤。彼岸花の赤。僕の脳裏にはただ鮮やかな赤が靄のようにずっと思考を覆っていた。
 そんなまま僕は何も考えられないままに学校へと来ていた。
 そしてそんな僕に向けられたのは・・・
「おい、来たぜ」
「よく来れるよな。先生を殺しおいてよ」
「そうだよ。遮那があんな占いをするからだ。あいつが先生を殺したんだ」
 僕に向けられたのは冷たい視線と言葉だった。だけど感覚が麻痺していた僕はそんなのは気にならない。ただ・・・

『そうだよ。遮那があんな占いをするからだ。あいつが先生を殺したんだ』

 それがどうしようもなく僕の眼を現実に向けさせた。そう、僕が学校に来たのはここにくれば先生に出会えると心のどこかで想っていたから。きっと、いつものようにあの優しい笑みを僕に変わらずに向けてくれると想ったから。そう、僕はそうやって先生が僕の腕の中で死んだ現実から逃げていたんだ。
 だけどその言葉にどうしようもなく先生が死んでしまった現実を思い知らされてしまった僕は・・・学校から逃げ出した。
 そして僕は中学を登校拒否するようになった。先生がいない中学校を・・・。

 窓を雨が叩く音が激しくなる。
 そんな窓ガラスを楽器に雨が奏でる音楽に合わせて歌うかのように皆が僕を罵倒する声とかがエンドレスで僕の脳裏に響く中、それに混じって携帯電話の着信音が鳴り響いた。
 その着信音は僕の大事な人からの電話に設定されている音楽だ。
 僕は罪悪感と自己嫌悪と、そして彼女の声を聞きたいという欲求とを狂おしいほどに感じながら携帯電話に出た。
「もしもし」
『ああ、遮那君ですか。私です。あの、雨、すごい降ってきたから。えっと、遮那君、傘持っていきましたっけ。もしも、持っていないなら私、今から・・・』
「あの・・・」
 僕は彼女の声を制して、自分の中にあるエゴを吐き出す。
「僕はあやかし荘にいてもいいのかな? 君の側にいてもいいですか?」
『え? え? あの、あの、何かありましたか? 声がすごい悲しそうです・・・その、もう既に冷たい雨に打たれて、体も心も雨に濡れてしまっているような・・・』
「・・・雨には濡れていないよ」
 暗い暗い・・・一条の太陽の光も差し込まぬ閉ざされた冷たい闇の中にはいるけど・・・。
『・・・えっと、遮那君。さっきの質問の答えですけど・・・居てください。遮那君が居てくれたら嬉しいですから。えっと、それと傘持って迎えに行きますね』
 そう言って携帯電話を切ろうとする気配。僕は溢れ出る涙と一緒に言葉を紡ぐ。君への愛を痛いほどに感じながら。
「待って。もう少し声を聞かせて」
 そう、今は君の声を聞いていたい。
 その想う自分に狡さとか罪悪感を抱くけど、だけど彼女の隣にいられる代わりに僕はそれから目を逸らさないから。先生を守れなかったという現実から逃げないから。
 そう、彼女を大切に想うからこそ僕は守れなかった命を忘れられないでいられる。だって逃げ出したくなるほどにその現実に絶望もするけど、そこから立ち上がる力を君が僕にくれるから。
 欲しいのは贖罪でも懺悔でもない。望むのはただ先生の事を忘れないでいる事。僕はもう逃げない、その痛みから。だって僕には君がいるから。君さえいれば僕はこの痛みを胸に抱いて生きていけるから。それを望んでくれた先生の分まで・・・。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月21日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.