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『特等席 』
梅田・メイカ2165

 とてもいい天気の時には、学校帰りのメイカの足は自然とCDショップへと向かっていた。
「今日はそろそろ新盤が来る頃でしょうか……?」
 自動ドアをくぐると柔らかい音楽が静かに耳に馴染む。
 専門店であるだけに品揃えも良く、客層も騒がしく話しているような事はなかった。
 なにせメイカの容姿は抜けるような白い肌に白い髪、そして一言で瑠璃色と称してしまうのは惜しいほど綺麗で深い瞳をしているのだ。
 それに加えて整ったモデルのように整った体で167センチの身長をとてもよく似合う黒いブレザーに身を包んでいては、どうしても人目を引いてしまうのは当然の事である。
 だからこそ誰かの視線を浴びる事もなく、静かに買い物に集中が出来るここを気に入っているのだ。
 最初に向かったのはテクノ系やダンス系が並んでいるコーナー。
 大きく展示されているのは、透き通るような音が印象的な海外のアーティストや……長く続けて居られる理由がはっきりと解る、音に深みがある有名アーティストの物。
 そして最近見つけて気に入ってしまったインディーズの物まで目を通していく。
 中から気に入ったアルバムを手に取り、色鮮やかなアルバムの出来の良さに感心しながら、他にも見てみようと思い立つ。
 最初のアルバムが落ち着いた物だったから、今度は違う物が良いかもしれない。
 タイトルに引かれ、手を伸ばしたのはR&B。
 視聴が出来る物だったから、イヤホンを耳に当て、パネルを操作する。
 色々な音から隔離された世界にゆっくりと音が流れ始めた。
 スローペースでリズムを刻んでいた音が、いつの間にかアップテンポに変化し、聞いている内に引き上げられるような気持ちになる。
「これはなかなか…いい感じですね」
 体に染み込むような音に足でリズムを取りかけたがすぐに思いとどまった。
「静かにしないと……」
 これも気に入ったので買う事に決め、同じくお勧めのディスクに入っているアンビエントのCDも聞いてみる。
 静かに耳を傾ける事が出来るような物も欲しかったのだ。
 僅かなタイムラグの後、聞こえてきたのはデジタルチックな声なのに切なくなるほど感情のこもった歌声。
 目蓋を閉じれば、まるで自分がどこかまったく知らない場所で……一人夕日の沈む瞬間を見てる様な、そんな気さえしてくる。
 始めて買うアーティストだが、お勧めされているだけあってとてもいい曲だった。
「これは買って損はないですね」
 今日一番の収穫とも言える。
「お願いします」
 全部で四枚のCDをレジへと持っていく。
「いらっしゃいませ」
 会釈してからレジを打ち始めた店員が、CDを袋に入れながら値段を告げる。
「合計一万と二千六百円になります」
 結構な額にはなったが、それに見合う買い物は出来たと思う。


 店を出て、小さな袋を手に向かったのは良く通う公園。
 こんなにいい天気なのだから、ここで一休みしていくのも良いだろう。
 木の下に備え付けられたイスに座り、さっそく購入したばかりのCDを聞き始める。
 一枚目は、今日偶然見つける事が出来たあのアーティスト。
「他にも出ているようですね」
 中には宣伝する気なんて無いのではないかと思えるほど、大した情報は書かれていなかった。
 だが、捜してみる価値は十分にある。
 鞄からモバイルを取りだし、ネットに繋いで検索にかけ始めた。
 ヒットしたのは78件。
 宣伝するためのサイトはないらしく、名前で辛うじてかかった程度である。
 最初のリンクをクリックすると、受けた印象はこれから有名になるだろと言う事。
 散らばった情報をまとめればなんとか形に出来る。
「やっぱり、他にも出てる」
 今度見かけたら、絶対に買おう。
 無かったら、取り寄せてもらうのもいいかも知れない。
 他にも色々と回ってみたがこのアーティストのファンは意外なほどに多く、そして熱心だった。
 理由は、今その曲を聴いているメイカだからこそ解る。
 あのCDの二曲目に入っていた曲は、木漏れ日の中で風に髪をなびかせながら聞くのにとても似合う曲。
 目を閉じれば、どんな景色でも浮かぶようである。
 また一つ、お気に入りのアーティストが増えた。
 キーボードを叩き、次のCDの発売日やどこで取り寄せできるかをまとめてデータとして打ち込んでいく。
「これでよし……」
 一呼吸してから、調べる手を休めて音楽に集中する。
 音楽が、歌声が……目を閉じれば景色となって見えるようだった。
 深い森の中なのに暖かい日差しを受けているような感覚。

 サアと吹いた風が、心地よかった。

 この風と音楽があれば、きっとどこでも特等席になるだろう。
 気付けば空は夕焼けで鮮やかな赤に染まっていた。
「すっかり長居してしまいましたね」
 接続を切り、モバイルの電源を落として鞄にしまう。
 今日は、とても有意義な一日になった。
「そろそろ帰りましょう」
 椅子から立ち上がり、今度は真っ直ぐに家へと帰る。
 今度買い物に出かける時も、こんなふうに特等席が見つけられたらいいなと思う。
 とても穏やかな、ある日の出来事。


 
PCシチュエーションノベル(シングル) -
九十九 一 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月21日

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