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『それは実用的で、時にそうでない物 』
天波・慎霰1928)&伍宮・春華(1892)


  ■待ち人来たらず■

「……なんでぇ、来ないじゃん」
 伍宮・春華 (いつみや・はるか)は駅の壁に寄りかかったまま、ぼそりと言った。
 行き交う人並みの中に待ち人を見つけようと背伸びをするが、見つけることは叶わなかった。
 不機嫌この上ない表情で下校途中の自校の生徒を見つめている。しかし、喜怒哀楽の表情が豊かな少年の所為か、然程、悪い印象を与えない。
 どちらかといえば、可愛いといった感じを与えるだろうか。

「遅い……」
 通りすぎていった級友の殆どは、「また明日な〜♪」と軽い調子で言って去っていった。
 こうなると更に退屈になってくる。
「……遅〜〜〜〜〜い!!!」
 苛々して言った瞬間に、ピリピリと携帯が鳴った。
「〜〜〜〜〜〜〜……」
 春華はけたたましくも癇に障る携帯の音を聞くや、鞄の中に仕舞い込む。
 何かあった時のためにと、保護者が渡した携帯だった。
 平安生まれの天狗である自分を封じ込めていた依代の石が破壊され、この世界で迷い、途方に暮れていた所を拾った第一発見者はそのまま自分の保護者なったのである。
 そのときばかりは助かったと思ったが、学校に行くのに携帯なんていうけったいな物まで持たされ、いつも春華は保護者に不満を言うのだった。
 大体、自分の居た時代から何百年も経っているのに、こんなものが分かるわけが無い。
 こんな複雑で、声まで聞こえて、時々うるさく鳴り響く『わけの分からないモノ』なんぞを持って歩かねばならないのか。
 自分は人間ではないし、天狗だし、必要無いし、持つ必要なんて無いと思っていた。
 おまけに今は、待ち人は来ないし……
 更に苛々は募るばかりだった。
「使い方わかんねぇってば!!」
「君……」
「へ?」
 苛々から近くのゴミ箱を蹴っ飛ばし、鳴っても無視を決め込んでいれば、不意に掛けられた声に春華は振り返った。
 そこにはスーツをきちっと着こなした中年の男が立っていた。
 思わず知っている人間かと思って春華は見上げてしまう。
 学校の先生にはこんな人はいなかったなと思いながら見ておれば、相手はニッコリと品良く笑って返す。
「あんた、誰?」
「あ……いや、君は今、暇かな? 約束した相手が来なくてね、レストランの席が空いてしまうんだ。良かったら一緒に来るかい?」
 同属の天波・慎霰 (あまは・しんざん)が来ない今となっては、暇もいいところだった。
 遊びに行こうと約束したにもかかわらず、慎霰の来る気配は感じられない。
 思わずこくこくと頷いてしまった。
「待ってるけど来ねぇし、腹減った」
「待ってるんじゃ、友達に悪いね」
 にこりと笑ってその男は言った。
 柔らかな雰囲気と物腰に警戒心を抱かなかった春華は首を横に振った。
「来ないからいい」
 食事が12時と決められていることに、春華は常日頃不満に思っていた。
 授業に運動の時間もあるのに、持たされるお弁当とおこずかいではたちまちお腹が空いてしまう。待ち人も来ない今となっては、かなり魅力的な申し出であった。
 首を立てに振らないては無い。
「行く」
 待つのに飽き始めていた春華はあっさりと、簡潔な言葉で了承の返事をした。
「そうか……よかったよ。流石に一人で食べても楽しく無くてね……じゃあ、行こうか」
 男は嬉しそうに微笑む。
 ポケットから車の鍵を取り出し、春華を手招いた。
 春香は頷くと男に付いて行く。
 早くも暮れ始めた秋の空の下、二人は駐車場の方へと去っていった。

 * * * * * * * * * * * * * * * * * *

「うぁああ……で、出ない」
 慎霰は机に突っ伏した。
 不本意にも下校前に先生に捕まり、ついさっきまで手伝いをさせられていたのだった。
 遅くなると分かった段階で春華には携帯も掛けたし、メールも送ったのだが、電話に出るどころかメールの返事も無い。
 電池が切れているのかとも思ったのだが、相手の携帯を覗けた機会が昼休みにあり、そのときには電池のマークは3つ分あった。
 あの時間にそれだけあれば電池が無くなることはまず無い。
 電話を掛けて電池を消費しているわけの無いのだから、必ず相手には着信しているはずだった。
 待ち合わせ場所は駅の外だから電波が届かないという事はまず無いはずだ。
「何でだぁ?」
 慎霰は頭を抱えた。
 そんなこんなで悩んでいても仕方が無い。
 遅くなってしまったのも事実。とにかく、待ち合わせの場所に行こうと立ち上がった。
 教室を飛び出して鞄を小脇に抱えれば、下駄箱まで走っていく。早々に靴を変えて下駄箱の扉を閉めて玄関を出て行く。
 裏道を抜けて近道をすれば駅はすぐだ。
 待ち合わせは駅の切符売り場。
 そこを目指して走っていく。本当なら飛んでいった方が早いのだが、人前で飛ぶわけにもいかない。
 慎霰は駅の方を見た。
 あと200M程で駅に着く。
 一気に走りこめば待ち合わせ場所の改札を見渡した。
「帰っちまったのかなァ……ん?」
 遠くの車に見たことのある横顔を見たような気がして、慎霰は目を凝らした。
「んんッ!!??……は…春華っ!?」
 思わず慎霰は我が目を疑った。
 見れば、見知らぬ男(しかもナイスミドル!!)と一緒に車に乗っているではないか。
「春華ッ!!」
 慎霰は叫んだが元々二人の間に距離があったのと、信号が青になったことで車は走り出し、更に距離が広がってしまった。
「わっ……ちょ、ちょっと待て!」
 無情にも車はスピードを上げて走り去る。
 舌打ちすると慎霰は改札口から車の走っていった方向に走り出した。
 そんなときに限って歩行者用の信号は赤に変わる。
「あぁ……ちくしょうッ!」
 地団駄を踏みながら慎霰は車の方を睨み据えた。こうなっては仕方が無い。慎霰は羽を出して追跡する事にした。
 バサッと音を立てて、漆黒の翼が背を覆う。
 大地を蹴ると慎霰の体は宙に浮いた。
 慎霰は空高く舞い上がりその場を去った。

 相手が車となれば、すぐに飛び掛るわけにもいかない。
「まぁ、いっか。そんな遠くにいるわけじゃないしな」
 そう言って、慎霰は付かず離れず飛んだ。
「ホント、都会って空気が汚ねえなぁ〜」
 ぶつぶつと文句を言うと、慎霰は頬を拭った。何となく自分の頬が汚れてしまったんじゃないかと感じたからだ。
「うわっ!」
 不意に視界を覆った街路樹に吃驚し、慎霰は避ける。
 実はさっきからこのようなことが続いているのだ。
「あれ?」
 電柱や街路樹に行く手を阻まれ運悪く見失ってしまい、慎霰は大慌てで辺りを見回した。
「やべえ、見失った……」
 自分は飛んでいるのだからと、慎霰は半ば車を軽んじていた。それが自分に与えられた罰のように感じられて、慎霰は青くなった。
「どうしたらいいんだ……」
 春華にもしものことがあったら、おっちゃんに何と言えばいいのだろうか。
 最近は犯罪も多い。まして、春香のような未成年を平気で車に乗せる男など、良い人間と言えるかどうか怪しいものだ。
 春香は何百年も閉じ込められていた天狗だし、この世界の人間の心理にも疎い。
 このまま、誘拐などされたまま帰ってこなくなってしまったらと考えれば、慎霰は唸る。
「……いや、今は性犯罪などが多いっていうし」
 ぶつぶつと慎霰は呟く。
 春香の身にもそんなことがあったら、自分はどうしたら良いのだろうか。
「……ん?」
 思わず慎霰は眉を寄せた。

―― せ、性犯罪ッ!? 俺は何を言っているんだぁあああああああッ!!!!!!!

 慎霰は自分の考えに慌てふためき、周囲を意味も無く、ぐるぐるぐるぐると飛び回った。
 思いついてしまえば想像は止まる事を知らない。
 あっと言う間に、自分の考えはイケナイ方向へと走り出す。
 しかも、春香は他の女の子と同じぐらいの身長しかない。
 押し倒すのも、押さえ込むのも簡単だ。
 慣れない酒に酔わされて、正気を失うような薬を飲まされて、ホテルに連れ込まれて……
 
「うわああああああああッ!!! 春華ぁ!!」
 自分の想像が春香の服を脱がすところまでいって、慎霰は頭を抱え、考えを振り切ろうと努力して身悶えた。
「俺は……今の俺は可笑しい!!」
 慎霰はヨロヨロとしつつ、周囲を飛ぶと、春香を連れ去った車を追う。
 暫く、ジグザグに飛んでは街の中に消えた。


 ■待ち人≦腹ごなし■

 一方…

「デザートは何が良いかな。 シャーベットもあるし、ムースもあるよ?」
「んー…ん〜、ん〜〜、ん〜〜〜〜〜……両方!」
 …と、そんな会話を春香は続けていた。
 夜景の見える広いレストランで、情緒もへったくれも無く、春香は料理を片っ端からパクついている。
 片や、春香の方は探がされてるとも知らずに料理に舌鼓を打っているのだ。
 旬の野菜のゼリー寄せに鮭のテリーヌの前菜、ルッコラと半熟卵のシーザーサラダ、神戸牛のフィレステーキ、桃の冷スープ、バケット等…
 普段食べられないものをここぞとばかりに堪能した。
 勿論、慎霰のことはすっかり忘れて。
 辺りには誰もいないことに気がつかず、春香は食事に専念している。
 男の笑みが深くなる。
 この男は最近巷で有名な少年だけを狙った誘拐犯なのだが、面が割れていない上に、犯行当時の被害者に対する羽振りがいいので今まで見つかっていないのだった。自分が軟禁中だと言う事は当の春華は自覚が無い。
 それどころか駅前にいた時の機嫌の悪さは何処へやら。
 只今は、ことのほか上機嫌だった。
 さて、デザートを残すだけだし、そろそろ少年を調理しようかと男は立ち上がった。
 ゆっくりと何事も無いかのように春華に近づいていく。
 パラダイスティーとラズベリーのシャーベットをスプーンで掬って口に持っていきながら、春香はぼーっと男のほうを見た。
「美味しいかい?」
 男は極上の笑顔で笑いかける。
 コクコクと春華は頷いた。
「そうか……よかった……」
 男の手が春華の肩に伸びたその時……

「春華ぁああああッ!!!!」

 ドアを蹴破り、慎霰が走りこんできた。
 足元にはドアマンが嬲り飛ばされて転がっている。
「ど……どうしてここが」
 探し当てた慎霰に男は驚愕の目を向けた。
 探されないように裏道を通ってこのレストランに辿り着いたと言うのに、どうしてこの少年が見つけられたのか。分からずに男は目を見張った。
 眉根を寄せて男は慎霰を見た。
 こうなったらこの少年を人質にして逃げるしかないだろう。
 安易な手口で大金を稼いだ平和な日々が今日で終わりかと思うと、男は胃が縮む思いだった。
「ん?……慎霰?」
 必死に飛んで探しまくった慎霰に、何事も無かったような声で春華は言う。
 あんなに人を近づけて、春華は何をやっているのだろうか。しかも笑みさえ浮かべている。
 今までの苦労と焦りに、慎霰は我を忘れた。
「てめぇ!!!」
「ぐあッ!」
 問答無用で慎霰に男は殴り飛ばされ、男は仰向けに転倒する。
 しこたま後頭部を打ち付け、呆気なく気絶した。
「何すんだよ、慎霰」
 不満げな視線を投げかけて、コニャックの入ったチョコレートケーキを春華は食べている。
 倒れている男にも、慎霰にもお構い無し。
 のんびりとブルーベリーのラムソースを撫で付けてケーキを口に入れる。
「奢ってもらってたのに……」
「馬鹿言うな! クソ野郎、こんなとこに高校生連れてきてよぉ。誘拐目的か、違う目的としか考えられないだろうが……」
 色々と何かされてやしないかと、慎霰は春華をこっそり眺めた。
 着衣の乱れも無い事にホッと一安心しつつ、同時にそんなことを思いついた自分に赤面しかける。
 顔引き攣らせながらも、やっとこ表情を取り繕った。
「慎霰が遅くなるのが悪いんだろ」
「ばッ……馬鹿やろうッ!」
 少々上ずった声で慎霰は返す。
「図星じゃねぇか、言い訳すんな」
「大体なあ、俺が何回携帯鳴らしたと思ってんだよ」
「何だよ、慎霰だったのか」
「ふざけんな……鳴ってんなら出ろ」
 ムッとして慎霰は言った。
 街路樹と人の目に邪魔されて思うように探せず、苛々としていた時間を思い出せば、声音も強くなろうというものだった。
 それを聞いて、春華は眉を寄せる。
「使い方わかんね」
「わかんねえ…じゃねぇ! 憶えろよ……俺が遅くなるってゆーんで、電話してんのによ」
「腹減ったし」
「はァ? 腹へったじゃねぇだろーがよ」
 実際、自分が遅刻するようになったのが悪いのだが、それも自分の所為じゃない。そう云いたいのだが、自分が遅くなったのも事実。
 言い難くて慎霰は唸った。
 春華がデザート皿のソースを舐めるように平らげたのを見るや、慎霰は春華の腕を掴んで立たせようとする。
 不意に捕まれて、春華はスプーンを掴んだまま立ち上がる形になった。
「何すんだよ!」
 食後の満足感を堪能する暇も無く、立たされて春華は文句を言った。
「ほら……元々、俺と約束してたんだろうが」
「そうだけどさ」
「飯食ったんなら行くぞ……おっちゃんがまた嘆くからな」
 保護者のような事を言って、慎霰は春華の腕を掴んで歩き始めた。
 
 床でノビている目触り極まりない男を踏みつけながら、慎霰は春華を引っ張っていく。
 ずんずんと歩いていってドアを閉めれば、階下に降りる為にエレベーターホールに向かった。
 厭な思いと春華に対する複雑な思いとおさらばするためには、このビルから早々に立ち去るしかなさそうだった。

■END■
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
皆瀬七々海 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月19日

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