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『あかずの扉を叩いてみたら……? 』
海原・みあお1415

「探検に行こう!」
あやかし荘管理人・因幡恵美の作った鍋料理をたいらげた後、突然みあおは言った。
海原みあお、13歳。
好奇心旺盛すぎるお年頃。
「探検……って、どこに?もう7時よ?」
猫型の鍋掴みで土鍋を持ったまま、恵美はみあおを見る。
「何言ってんの。あかずの扉に決まってるじゃない!ね、恵美も行こうよ」
例によって例の如く、あやかし荘に突然開いたあかずの扉。
その扉から入ってきたらしい妖怪達があやかし荘内の温泉にこっそりやって来ていたのだが、偶然入浴していたみあおに見付かり、いそいそと逃げ帰ったのだった。
「ちゃんと扉、締めとくんだよって言ったけど、どうかな?確認しに行こう」
「で、でも、もし開いてたらどうするの。危ないわよ……、明日、誰かに確認して貰いましょう?」
さも行きたくなさそうな恵美。しかしみあおが「はいそうですか」と引く筈もない。
「まだ開いてるかも知れないから探検に行くんでしょ!行こ!ね、お片付けなら後でみあおも手伝うから」
と、みあおは恵美の手から土鍋を取り、テーブルに戻す。
「えーっと、デジカメ持って……あ、そうだ。恵美、懐中電灯とロープ貸してね。2人分」
言いながら、みあおは念の為にと上着を羽織りそのポケットにデジカメを入れる。
懐中電灯とロープを持って、恵美の手を引き、みあおはいそいそと部屋を後にした。


「あー、やっぱり閉まってなかった!」
……勿論、開いている事を期待していたのだが、一応みあおは憤慨してみる。
とんとん、とノックして開いた扉の向こうには、何も見えない。
「ね、みあおちゃん……何処に続いてるか分からないし、お風呂にいたみたいな妖怪がいても困るから、やっぱり辞めよう?」
「大丈夫!ほら、ちゃんと持って来たでしょ、ロープ。だから迷子にはならないよ。妖怪が居ても、きっと危なくないと思うな。だって、そんな怖い妖怪だったらさっきお風呂で見た時点で攻撃とかしてくる筈だもん」
逃げ腰の恵美に構わず、みあおは2本のロープの端をドアノブに結びつける。1本は恵美に渡し、もう1本は自分の腰に縛り付けた。
「恵美もこんな風に結んだ方が良いよ。そうしたら、両手が自由になるでしょ。さぁ、行こう!レッツ冒険!」
慌てて腰にロープを巻く恵美を見つつ、みあおは闇の中に一歩足を踏み入れる。
「うーん、懐中電灯持ってきて良かったよね。はい、恵美も1個持ってね」
懐中電灯の小さな光で照らすと、闇の中に何か壁が浮かび上がる。
「ま、待って、みあおちゃん。手、繋いで行きましょう」
折角両手を自由にしてある意味がないじゃないか、と思うのだが、仕方なくみあおは懐中電灯を右手に持ち、左手を恵美と繋ぐ。
「ねぇ、何だろう、この壁みたいなの……、あ、トンネルだ」
2個の懐中電灯で照らすと、トンネルの内側を照らしていたのだと分かる。
トンネルは、2本あった。
このあやかし荘内にどうしてトンネルが……と言う疑問は、この際頭の隅に追いやっておく。
なんてったってここはあやかし荘なのだから、細かい事を考えて居ては先に進めない。
「2本かぁ……、みあおは右のトンネルに入るから、恵美は左ね」
恐らく、引き換えそうとかどちらか一方にしようと言うであろう恵美に口を挟む隙を与えず、みあおは繋いでいた手を振り解いて右側のトンネルの前に立つ。
「ええっ、ちょっと待ってよ……、そんな……」
「大丈夫だって。あ、そうだ。トンネルの中で20歩ずつ歩いたら声を掛け合ったらどうかな?そうしたら、どれくらい離れちゃってるか分かるでしょ?声を掛けて、5秒以内に返事がなかったら引き返す、それでどう?」
こんな事で恵美が納得する筈がないのだが、返事を待たずにみあおはトンネルに足を踏み入れる。こうでもしなければ、探検など出来ないのだから。
どうやら恵美の方も諦めてトンネルに入ったらしい。
20歩歩いたところで呼びかけるとすぐに返事があった。
「うーん……なーんにもないなぁー」
少し詰まらなさそうに言って、みあおはグルグルと懐中電灯を回す。
再び20歩。
「恵美ー!?大丈夫ー?」
「大丈夫ー……、みあおちゃんも大丈夫?」
「ぜーんぜん平気ー。そっち、何かあったー?」
「な、何にもないみたい?ずっと真っ暗なのー」
「こっちも同じだよー」
声は極近い。別段離れて行っている訳ではなさそうだ。
同じところに辿り着くのだろうか……、考えつつ、みあおは足を進める。途中20歩毎に声を掛け合う事を忘れず。
そして再び20歩。
「恵美ー!こっち、出口が見えてきたよー!そっちはどうー!?」
「出口?え、あ、本当。こっちも見えるわー」
「走ろう!」
言って、みあおは走り出す。隣のトンネルからも恵美の走っているらしい足音が聞こえた。
「到着!……あれ、森の中……?」
真っ暗なトンネルを抜けて、周囲を見回す。
と、そこは森の中かと思うような木々に囲まれた場所だった。
「うーん??何処だろう、ここ……」
ごく普通の、森の中の様な感じがする。
空は青く、木の枝に留まった小鳥たちが楽しげに囀って。
妖怪達が出てきた扉ならば、もっと恐ろしそうなところに辿り着くのかと思っていたのだが……。
「っと、そう言えば恵美は?」
あのトンネルがずっと隣り合ったままでいたのならば、同じ場所にたどり着いている筈だ。
振り返り書けたみあおに、小さな声が呼びかける。
「……みあおちゃん……」
「ん?」
何処から呼ばれたのか分からず、一瞬首を傾げるみあお。
「ここよ、みあおちゃん。下」
下……?と、みあおは視線を下げる。
その足元に。
「え、恵美っ!?」
小さな小さな、恵美の姿があった。
「どーしちゃったの、一体!?」
慌ててしゃがんで、みあおはその小さな恵美をまじまじと見る。
小学生の自分より遙かに小さな、まるでバービー人形かリカちゃん人形のような恵美。
「分からないわ……、みあおちゃん、どうしてそんなに大きくなっちゃったの?」
「え?みあおが大きくなったんじゃないよ!恵美が小さくなったんだよ!」
……である筈だ。周囲の木々がみあおから見て普通サイズなのだから。
「ええっ!?そうなの?でもどうして!?」
「どうしてって聞かれても困るけど……強いて理由を言うなら、あのトンネルかな、やっぱり?」
しかし隣り合ったトンネルを通った自分には何の変化もない。
「いやだ、どうしよう……ねぇ、やっぱり今すぐ戻りましょう。同じトンネルを通ったら、元に戻るかも」
「ダメだよ、そんなの!もし戻らなかったらどうするの?もうちょっと先に進んでみようよ。途中で誰かに会ったら、元に戻る方法を聞いてみよう」
恵美が小さくなってしまうと言うアクシデントはあっても、探検はまだ始まったばかりなのだ。
でも、と渋る恵美を肩に載せて、みあおは言った。
「誰でも良いよ。1人でも良いから、誰かと会ったら引き返すって約束する。絶対!」
「夕飯のお片付けも、ちゃんと手伝ってくれるの?」
「手伝う手伝う!」
「……絶対?約束、忘れないでよ?」
絶対、と言ってみあおは恵美の小さな小指を、自分の人差し指に載せる。指切り代わり、と言う事で。
と、何処からか歌声が聞こえて来た。
早速誰かいるらしい。これは早く帰れそうだと喜ぶ恵美。
みあおはその歌声に耳を澄ました。

かごめかごめ
カゴの中の鳥は
いついつでやる
夜明けの晩に
鶴と亀がすべった
うしろの正面だーれ?

あまりにも有名な童謡。
それを、こんな場所で聞こうとは思いもよらなかった。
「子供の声だよね?何人だろう……、5人くらいかな?行ってみよう!」
みあおは肩の恵美が振り落とされない程度の速度で急いで声の方へ向かった。
森の中にこだまする、幼い子供達の声。
その主達を、みあおはすぐに見つけた。
突然出て行って驚かせるのもどうかと思い、木の陰に隠れて様子を伺う。
「キャ……」
叫びそうになった恵美の口を慌てて塞ぐ。つい力を入れすぎて恵美が地面に落ちてしまった。
「ご、ごめん、大丈夫?」
小声で言って、みあおは恵美を再び肩に載せる。
恵美が驚くのも無理もない、その子供達は、人間ではなかった。
人間のように洋服や絣の着物を着ているが、明らかに人間とは異なる外見。
手を繋いでいる4人はそれぞれ番傘・子鬼・一つ目の少女・真っ赤な肌の少年。
輪の中に蹲っているのは三角の耳と細いトラ縞の尻尾を持つ少女。
「妖怪の子供、だよね?」
「そうみたいね」
「行ってみようか?恵美が元に戻る方法を教えて貰おうよ」
恵美も相手が妖怪とは言え、子供だと恐怖感を抱かないらしい。
単に早く帰りたいが為かも知れないが、みあおの肩の上で頷く。
そこでみあおは、妖怪の子供達が輪になって遊ぶ方へ行き、躊躇うことなく声を掛けた。
「こんにちは!」
ピタリと子供達の動きが止まり、みあお達を振り返る。
「うわぁ!人間だ!」
番傘の子供が慌てて逃げようとするのを、みあおは止める。
「逃げないで!何もしないから!教えて欲しい事があるんだ」
「取って喰ったりしないだろうな?」
真っ赤な肌の少年が、子鬼の背に隠れながら言う。
「そんな事しないよ、絶対!助けて欲しいの、あのね、友達がこんなに小さくなっちゃったんだ。どうすれば治るのか、教えて欲しいの」
「さかさトンネルを通ったんだべ」
子鬼の子供が言うと、蹲っていたトラ縞尻尾の少女が立ち上がり、言った。
「一緒に遊んでくれるなら、教えてあげるよ」
妖怪の子供と遊ぶなど、滅多にない機会だ。みあおは全く問題なく嬉しそうに頷いたが、肩の上で恵美が渋る。
「遊んだら教えて呉れるって言ってるんだもん、良いじゃない?」
みあおは恵美に囁き、子供達に向き直る。
「良いよ!何して遊ぶの?」


「だーるまさんがーこーろんだー!」
木の前に立ったみあおが振り返ると、動いていた筈の子供達と恵美がピタリと動きを止める。
仕方なく、みあおは再び言う。ゆっくりと間を開けて、
「だ る ま さ ん が こ ろ ん だ」
パッと振り返る。と、慌てて止まろうとした子鬼が転んでしまった。
クスクスと笑う子供達と、立ち上がり膝の砂を払う子鬼。
「もう、他の遊びにするべ。オラ、だるまさんが転んだは嫌いだ」
「良いよ。それなら、ケイドロにしようよ」
「そんなのつまんないよ。ゴム飛びにしようよ」
「花いちもんめがいいなー」
「鬼ごっこしようよ!」
輪になって言い合いを始める子供達。
それを、みあおと恵美は所在なく見る。
時計がないので時間が分からないが、さっきから散々遊び続けている。
あぶくたったに陣取りゲーム、けんけんぱ、おしくらまんじゅう…………、もういい加減遊び疲れるのではないかと言う程、遊んで、それでもまだ次は何をして遊ぶかと言い合いが出来るのだから、凄い。
「家に帰ってゲームしよう!……なんてのはないのね……」
疲れた様子の恵美。みあおはまだ十分元気だが、時間を考えるとそろそろ帰った方が良いかも知れない。
「ねぇねぇ」
ケイドロだ、ゴム飛びだと争う子供達に、みあおは呼びかけた。
「みあお達、そろそろ帰らなくちゃいけないんだけど……」
「ええ?まだちょっとしか遊んでないよ?もっと遊ぼう!」
不満の声を上げるトラ縞尻尾の少女。
「うん、でも夕飯の片付けもしなくちゃいけないし、向こうで心配してるかも知れないし……」
と言うと、番傘の子供が溜息を付いて頷く。
「だったら、仕方ないよね。でも、また来てくれる?」
また来てくれるかと問われても、何時まであかずの扉が開いているか分からないので約束は出来ないが、みあおは頷く。
「なら、良いよ」
「うん。また遊べるならいいべ」
頷く子供達。
「なら、そっちの子が元に戻る方法を教えてあげるよ。一緒に遊んでくれたら、教える約束だったもんね」
言って、トラ縞尻尾の少女が拾った小枝で地面にトンネルを描く。
「あのね、こっちが『さかさトンネル』だよ。元に戻るにはね、そのトンネルの前に立って、自分がなりたい大きさを頭の中に思い浮かべるんだ。それで、後ろ向きに歩いていくんだよ。もし途中で転んだり、振り返ったりしたら、もっと小さくなっちゃうか、お化けみたいに大きくなっちゃうから、気を付けてね」
それを聞いて、みあおは恵美を見る。やはり聞いておいて良かった。あのまま何も知らず引き返していたら、とんでもない事になっていた。
「どうもありがとう」
恵美は言い、ひょこんと頭を下げる。
「ありがとう、今日は一緒に遊べて、楽しかったよ。またきっと来るからね」
みあおも言って、子供達に手を振る。
子供達も5人横一列に並んで、にこにこ笑いながら手を振った。


「元の世界に到着!」
明るい扉の前に立って、みあおは懐中電灯を消す。
腰のロープも解いて、綺麗に一つにまとめた。
あのトンネルを抜けてから、どれくらいの時間が過ぎたのだろう、早く夕飯の後片付けをしなくては。
「恵美?」
隣のトンネルを後ろ向きに歩いて来たはずの恵美を振り返る。
「はーい」
と、そこには何時も通りの恵美が立っていた。
「途中で転んだりしなかったんだね」
「うん。ゆっくり歩いたから大丈夫だったわ」
人形の大きさから無事人間のサイズに戻った恵美がにこりと笑う。
「冒険なんて!って思ったし、小さくなって吃驚しちゃったけど、あの子達と遊べてちょっと楽しかったな」
最近は外で遊ぶ子供なんて滅多に見かけないし、と言って恵美も懐中電灯を消してロープを解く。
「本当。みあおも今日だけで一生分の外遊びそた気分」
普段はやることのない遊びも、たまにはなかなか良いかも知れない。
「また今度、一緒に遊べたら良いな。今度は、もっと長く」
「そうね、でもその時は、みあおちゃんと同じトンネルを通る事にするわ」
「あ、折角だから記念撮影しておけば良かったな。折角デジカメ持って行ってたのに、すっかり忘れてた」
「遊びに夢中になっちゃったのよね」
2人はクスクス笑い合って、パタンと扉を閉める。
出来れば、この扉が何時までもあの妖怪の子供達のいる世界へ繋がっている事を望みながら。

end

PCシチュエーションノベル(シングル) -
佳楽季生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月19日

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