▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『いいじゃない 』
海原・みその1388)&海原・みなも(1252)


 暗い部屋の中、午前0時、時折聞こえるのは笑い声。
 楽しげではあるが、くすくすと押し殺したような上品なその笑い声は、一種異様な恐怖感を醸し出す。
 部屋が暗いのは、光が必要ないからだ。
 笑っているのは、彼女が今、楽しい思い出に浸っているからだ。
 海原みそのはいま、とても幸せである。

 ここのところのみそのの楽しみは、妹みなもに色々な衣装を着せて(みそのはどこかで覚えた『こすぷれ』なる文化に非常に興味を示しており、みなもは目下その興味の被害者であった)、色々とみなもに台詞や行動を強制しては、「いいじゃない」と笑顔で済ませることだった。
 みなもには、憐れな馬やロバやカボチャになってもらった。
 みなもが顔を真っ赤にして絶句していたり、時には涙さえ浮かべて助けを求めてくる様相が、みそのにとっては可愛くて仕方がなかったのである。こう、胸の奥がむずむずと熱くなってくるような――奇妙な感覚をも覚えた。深淵に御わす名も忘れられた神の相手をしているときにも似た、病みつきになる感覚だ。幸いみそのは多くの衣装を持っていたし、特殊な力も、時間もあった。みなもが嫌がりながらも逃げようとはしないのは、きっと本気で嫌がっていないからなのだ。もしくは、嫌よ嫌よも好きのうち……?
 写真に残したとしても(いや一応残してはいるのだが)、盲目に等しいみそのはそれを見ることが出来ない。だから彼女は、そのときの流れをすべて記憶している。そしてこうしてひとりきりの夜に、しまっておいた流れを引き出しては思い出し、くすくすと楽しく笑うのである。

 そんなみそのひとりの夜に、父親からの贈り物が届いた。
 誰の誕生日でもなかったし、『おしょうがつ』でも『くりすます』でも『おぼん』でもなかったが、贈り物にはリボンがかけられていて、丁寧に包装してあった。
 みそのは首を傾げながらも、リボンをほどき、包装をきれいに剥がしていった。
 中から出てきたのは、『ぱそこん』によく似た古い古い機械、それと『しーでぃー』1枚。『しーでぃー』の表面には、
 「みなも コピーデータ Ver 1.2」
 と、マジックで走り書きがされていたのだが――みそのには、読めなかった。
 ともあれ、今までに重ねてきた陸についての勉強のおかげで、みそのは『ぱそこん』の使い方の基本程度を覚えていた。
「何でしょう、わくわくしますね」
 そう、彼女は独り言を言うほどにわくわくしていた。
 みそのは『しーでぃー』を、『ぱそこん』のような機械に挿入した――


「……あれっ……お姉様?」
「あら、みなも」
 ぶぅん、と機械が唸り――
 現れたのは、血の流れを伴った正真正銘の『海原みなも』であった。
 青い髪、青い目、しっとりと湿った肌、いつものセーラー服。どれをとっても完璧なみなも。みそのは嬉しくなって、大きく微笑んだ。
「でも、本当のみなもは今、一番下の妹と一緒に、お友達のお家へお泊まりに行っているはずです。そうですよね? だから、貴方はみなもではありませんわ。みなもなんですけれどね」
「お、お姉様、何を言ってるの? あたしはあたしで、ちゃんとここに居るのよ」
「いいえ、貴方は『こぴー』です。感じますもの。妹とふたり、お友達と楽しくお喋りしているみなもの流れを。貴方は違うのですよ。貴方は『こぴー』なのですよ」
 ――お父様。お会いしたことはほとんどありませんけれど、貴方様は素晴らしいお方。わたくしに、このような素晴らしいものを……『みなも』を、有り難うございます。
 みそのはまるで舌なめずりをする猫のように微笑んで、『みなも』に手をかけたのだ。


 今までみなもにしてきた仕打ち(……とは、みそのも思っていないのだ。半ばよかれと思ってやっている節もある)は、かわいいものだった。さすがに、遊びがもとで死んでしまったり、頭がおかしくなってしまっては、母や父にも怒られるだろうし、末の妹は悲しむだろうし、第一自分も悲しくなるだろう。もう遊ぶことが出来なくなるのだから。
 だが、この機械と『しーでぃー』があれば――
 いくらでも『みなも』を作り出すことができる。それも13歳の可愛い盛りの頃の『みなも』を。このデータと機械が永遠であればと、みそのは願った。
 『みなも』が悲鳴を上げている。
 本当の恐怖と苦痛を与えてやる、こんな時が実際に来ようとは。こんな、何の変哲もない夜に。
「お姉様、やめて!」
「いいじゃない」
 みそのはにっこり微笑んで、『みなも』を深淵から呼び出した混沌の口の中へと突き飛ばした。『みなも』の断末魔に、みそのは噴き出した。
 ――ああ、あの子は、こんな声を出すのですね。何て素敵。
 『みなも』の身体がたちまち鱗のようなあぶくに――黒い、どろりぬるりとしたあぶくに侵食されて、ぶちぶちと千切れ、ごぼこぼと溶けていった。あとには、すべてに喰らいつき、己の中に取り込むことしか能のない、深淵の混沌だけが残った。
 ――ああ、でも、もう一度聞きたい。あの声。流れが消える前のあの声!
 みそのはふつふつと泡立つ混沌を御しながら、機械についていたボタンを押した。
「……あれっ……お姉様?」
「うふふ、『みなも』」
 みそのは全く先ほどと同じ状態で現れた『みなも』を、今度はろくに眺めもせずに、混沌の中に突き飛ばした。あまりに突然の出来事で、『みなも』は悲鳴すら上げなかった。『みなも』の身体がたちまち鱗のようなあぶくに――以下、先ほどと大差ない惨状。
「あら……あらあら、それでは、いけませんわ」
 みそののは胸の奥に燃え広がった、いやな感覚が――欲求不満というものであることをまだ知らない。
 みそのはまた、ボタンを押した。
「……あれっ……お姉様?」


「……あれっ……お姉様?」


「……あれっ……お姉様?」


「うふふふ、素敵です。とっても可愛い。ああ、何て素晴らしい夜」
 こんな、何の変哲もない夜。
 恐怖の表情で石と化した『みなも』。
 流れをいじられて、ねじくれた姿のままのたうち回っている『みなも』。
 魂の流れを止められて、虚ろな表情のまま、みその好みの衣装を着せられる『みなも』。
 動かなくなればボタンを押す。
 たくさん並べてみたくなれば、違うボタンを押す――変化した『みなも』のコピーを作る方法も、みそのはあっさりと見つけ出した。
「お姉様!! やめて!! 助けて!! お願い、やめてぇええぇえ!!」
「しいっ、いけませんわ」
 少しずつ身体を石にさせられている『みなも』が、涙を流しながら哀願した。
 そんな『みなも』の前で、みそのはにっこり微笑み、人差し指を唇にあてる。
「貴方は、わたくしの妹ではありませんの。みなもの『こぴー』ですわ。『こぴー』がわたくしを姉と呼んではなりません。でも……叫ぶのは、よろしいですわよ」
「お姉様! お姉様ぁあっ、助けてぇえええぇぇえええぇぇえええええええ!!」
「うふふっ、うふふふふふふふふふふっ、ああ、何て素敵!」
「ひぃぃいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃっ、いゃああああぁああああぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁあッ!!」


 この妹は本物ではない。
 けれど、この悲鳴は本物。
 身体が音を立てて捻じ曲がる、この音すらも。
 流れる蒼い涙も、叫びすぎて破れた喉から聞こえる音、混沌の満足げなゲップ、本物本物本物。たまらない。
 みそのの部屋の中は、正気の芸術家では生み出せない石像がずらりと並ぶ。血生臭いものは何ひとつなく、実際に血は一滴も流れていないのだが、人間の恐怖を誘い出すのは、何も血と肉片ばかりではない。
 死よりもおぞましい恐怖に直面したときの顔が、そろって涙を流している。
 恐怖のあまりにひひひと笑みを歪ませたままで、魂もろとも石化した少女の像が――またひとつ、ごとりと据え置かれた。
 この石像は本物、だがみなもそのものではない。
 この妹は、本物ではない。
 だから、こんなことが出来るのだ。

「うふふふふふふ、いいじゃない、みなも。貴方は本物ではないんですもの」

 だが、この恐怖と絶望は本物。
 本物のみなもでやってみたい、と――みそのは時折、そんな衝動に駆られてしまった。
 ――いけませんわ。それだけは駄目。
 本物は、一度やってしまったらなくなってしまう。
 こうして何度も楽しまなければ、勿体無い。
「お姉様……お願い、やめて……いやよ……こんなの、いや……」
 白い顔が、泣きながら、ぐずぐずと黒い混沌に沈んでいった。
 青い髪の最後の1本が、消えてなくなった。
「いいじゃない」
 みそのは微笑み、小首を傾げて、混沌にそう言い放った。
 ――ああ、何て素敵な夜。なんて、素敵がいっぱい。今夜はわたくし、御方よりも素晴らしい夢を見られそうです……。
 冷たい『みなも』の像を抱き、みそのは微笑みながら眠りについた。
 謎の巨大な機械は、まだ低い唸りを上げている――


 ひゃあッ、と短い悲鳴を上げて、みなもは飛び起きた。
 隣で寝ている妹の眠りは深かったようで、寝返りをうっただけだった。みなもの友人が、部屋の明かりをつけた。
「みなもちゃん、うなされてたよ。大丈夫?」
「う、うん……何だかすごい夢見ちゃって……」
「どんな?」
「凄すぎて言えないよー。今度こそ、おやすみ!」
 がば、とみなもは布団に潜りこんだ。
 とても、血は繋がっていないが、慕っている姉に何度も何度も殺されたり石にされたりした夢だったなど、打ち明けられなかった。隣には妹も眠っているのだ。いやにリアルな夢で、身体が溶けていく不快な感触や、身体が捻じ曲がる痛み、何よりも恐怖が、堪えられなかった。
 そしてみなもの喉は、何度も何度も悲鳴を上げていたかのように、すっかり涸れてしまっていたのである。
 ――ああ、何てひどい夜。今度、お姉様と一緒に寝よう。この夢、朝になったら、忘れられるかな?
 みなもは、ぎゅうとぬいぐるみを抱きしめた。
 そしてしかめっ面のまま、眠りに落ちた。


 夢は終わる。
 素敵な夜とつらい夜が、同時に終わって……
 また、幸せな夜が訪れる。
 まるで、素敵な夜をコピーしておいたかのような、どこまでも本物に似た本物の素敵な夜が来る。

  くすくす。




<了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
モロクっち クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月18日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.