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『おはようからおやすみまで 』
桜木・愛華2155

 朝――目覚し時計がけたたましい音が鳴り響いた。
「んー・・・・」
 布団の中からにょきっと手が伸びて、
 パチンッ。
 音が止んだ。
『ちょっと、愛華〜。遅刻しちゃうよぉ!』
 部屋の一角から、愛華だけにしか聞こえない声――ぬいぐるみの声が聞こえた。
『ねーえ、愛華〜〜!?』
 散々大声で叫んでいるにも関わらず、布団はもぞもぞと動くだけでそこから誰かが出てくる様子はなかった。
 しばらく叫びつづけると声の主、大きなテディベアは静かになった。
 起こすのを諦めたのかと思われたその時、
『愛華ぁーーーーーーーーっ!! 起きてぇーーーーーーーっ!!!!』
「きゃあっ!?」
 耳をつんざく大声には、布団の防音もまったく効果がなく。
 桜木愛華は、ようやっと目を覚まして体を起こした。
『やぁっと起きたぁ』
「あ、おはよう」
 まだ寝ぼけた眼をこすりつつ、愛華はにっこりと笑った。
『それどころじゃないよぉ。時計、時計!』
「時計・・・・・・?」
 見る。
「・・・・・・・・・」
 愛華は、無言でベッドから飛び出すと、慌てて制服に着替え始めた。
『何度も起こしたんだけどなぁ』
 のんびりする余裕などなく、手早く準備を済ませる愛華に、テディベアは呆れたような声をもらした。
 ぬいぐるみだから、さすがに表情までは変わらないが。
「目覚まし時計かけといたはずなのに〜」
『愛華が自分で止めてましたぁ』
「えええぇ、うそぉっ!?」
 と言いつつも、実はそう珍しい事ではなかったりする。
「それじゃ、いってきまーすっ」
 朝御飯もそこそこに。
 愛華は、駆け足で学校に向かった。


 愛華が通う学校は私立の共学。セーラー服姿の愛華は、教室に入った途端、仲良しの友人たちに暖かい歓迎を受けた。
「おっはよー」
「ギリギリセーフね」
「大丈夫・・・?」
 くすくすと楽しげな笑みとともに零れてくる言葉に、愛華は息を弾ませつつ返事をかえした。
「おはよーう。もう、思いっきり、全力疾走しちゃったよぉ」
 茶化して苦笑すると、明るい笑い声が湧く。
「ホームルームはじめるぞー」
 ちょうど愛華が席についた直後、ガラリと前の扉が開いて先生が入ってきた。
「本当にギリギリだったわね」
 すぐ前の席の友人に言われて、愛華は誤魔化すような笑みを浮かべた。

 朝から数えて何回めかのチャイムが鳴り終えれば、昼休み。
 愛華とその仲良しの友人――計四人はチャイムとほぼ同時に席を立つと、連れだって購買に向かった。
 今日のお昼ご飯には愛華のママお手製のCureCafe特製サンドウィッチ。今日に限らずたいがいお昼は家から持って来たお弁当だけれど、飲み物はいつも購買で買っている。
 愛華がよく買うのはイチゴミルクだが、これがなかなかの人気者。まあ、やきそばやパンに比べれば売りきれる率は低いが、それでも時々、行ったらもう売りきれていたということもあった。
 まあ、このグループの中には購買でお昼御飯そのものを買う子もいるから、やっぱり急ぐ必要はあるんだけれど。
 賑やかにお喋りをしつつ歩いていった四人は、無事全員が目当ての物を手に入れて教室に戻った。
 いくつかの机を向かい合わせて、楽しいお昼の時間。今日の話題は恋愛話だった。
「そういえば、愛華は彼氏っていないの?」
 話を振られて、愛華は飲みかけのイチゴミルクを机に置いてから首を横に振った。
「いなーい。素敵な彼氏、欲しいんだけどなあ」
「愛華ならすぐにできそうなんだけどねぇ」
「うんうん、けっこうモテるもの」
「えぇ? そんなことないよぉ」
 顔の前で手を振って言うと、真正面に座っていた友人がニヤリと悪戯っぽく笑った。
「競争率たかい子って、案外彼氏できなかったりするんだよね」
「あー、言えてる。牽制しあって告白に行けなかったりとか」
 キャラキャラと女の子特有の楽しげな笑い声があがる。
「そんなことないと思うんだけどなあ」
 まあ、でも、もしかしたら理想は高いかもしれない。
 ふいに憧れのお兄ちゃんの顔が浮かんで、愛華は少しだけ顔を赤くした。
 恋愛対象になっているわけではないが、憧れている相手だけあってお兄ちゃんはカッコイイ。
 バイクの腕前もすごいし、高校時代は射撃部に入っていて射撃の腕も結構良いらしい。
 それにフリージャーナリストという職業の響きもなんだかかっこよくて。
 いや、自分の彼氏にそこまで高望みをして良いものかはちょっと微妙だが、だけどそのくらいカッコイイ人が彼氏になったらよいなあと考えると・・・・・・学校内で愛華のその条件を満たす男子には、今のところ出会った事はなかった。

 他愛もない楽しい会話で昼休みを終えると、放課後はあっという間だ。
 愛華の放課後は家の手伝いの時間となっている。両親がCureCafeという喫茶店をやっていて、愛華はそこの看板娘なのだ。
 可愛いメイド服姿のウェイトレスでテキパキと仕事をする姿は近所でも評判が高く、基本的に女の子のお客が多い喫茶店ではあるが、愛華を目当てに来る男のお客さんも結構多かったりする。
 常連さんも多くて、話しかけられることも多い。もちろん仕事中だから交わす会話は一言二言くらいだったりするのだけれど、そんなやり取りも愛華の楽しみの一つだった。


 朝に部屋をでかけた愛華は、夜――夕飯もお風呂も終わった時間にようやっと自室でのんびりする。
 自分好みに可愛く飾られた部屋でのんびりと居る時間は案外と短いのだ。
 お気に入りのイチゴ柄のパジャマでばふんっと勢いよくベッドに飛び込むと、
『おかえりー、愛華』
 テディベアの出迎えの声。
 実際には学校が終わったあとにも一度部屋に入ってきているのだが、その時はのんびり会話をできる余裕がないから、実質朝以来の会話・・・いや、朝の慌て具合を考えると今日最初の会話かもしれない。
「ただいま〜」
 世話焼きでお喋り好きのテディベアと今日一日の出来事を楽しく話して。
 今日も愛華は幸せな気分で布団をかぶる。

 今日より明日がもっともっと楽しい一日でありますように――。
 それじゃ、おやすみなさーい。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
日向葵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月18日

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