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『垣根を越えて 』
石和・夏菜0921)&守崎・北斗(0568)

■突撃 〜北斗〜

 多分こうして自分でお膳立てしなければ、一生言い出せないのだろう。そんな自分をよくわかっていたから、前もって「行く」と言っておいたのだ。
(覚悟、覚悟だ)
 それを決めなければ。
 俺は――いや、俺たちは、先へは進めない。
 「パン」と両手で顔を叩いて、俺は歩き出した。
 今日俺の背中を押してくれるのは、兄貴ではなく夕日だけだ。
(夏菜のことに関しては、誰にも頼りたくない)
 そんな俺を象徴するように。
 軽やかとはいえない足取りで、石和家へと向かう。
 俺はいつも玄関からは入らない。庭の垣根を越えて、リビングの窓から進入しているのだ。
(垣根と窓を飛び越える)
 その瞬間。
 俺はほんの少しの、優越感を味わう。
 それが俺たちの、”近さ”だと思うから。
「――あ、北ちゃん! いらっしゃ〜い」
 ひらりとリビングに降り立つと、待ち構えていた夏菜が声をかけてきた。
  ――ドキン
 心臓が大きな音を鳴らす。
(き、聞こえてないよな……?)
 目をそらしてテーブルの方を見ると、お茶の用意がしてあった。しかし今は、それに手を伸ばすわけにはいかない。
(ダメだ)
 それを飲んだら、いつもの雑談になってしまう。
  ――ドキン
 うるさい心臓に、俺は釘を刺した。
(覚悟を決めたんだろう?! 守崎・北斗!)
「夏菜!」
「は、はいっ?」
 突然大声で呼ばれて、夏菜はぴくりと震えた。そして立ったままの俺を見て、訝しげに首を傾げる。
「どうしたの? 北ちゃ……」
「好きだ!!」
「?!」



■葛藤 〜夏菜〜

 私の目は、多分とんでもなく丸かったと思う。
(北ちゃん……?)
 今、何て言ったの?
 訊き返す必要もないほど、はっきりとした言葉で私の耳に届いた。それはおそらく心の奥底で、ずっと待ちわびていたもの。
 世界が赤く染まる。すべてのものが、熱をもって動き出す。
 私はゆっくりと頷いた。
 強く握りしめた北ちゃんの手が見えて、自然と笑顔になる。
「――夏菜も、だよ?」
(私のために)
 きっと凄く、勇気を出してくれたんだろう。
 そう思うと、余計に嬉しかったのだ。
「……た」
「え?」
 反応を訊き返した私に、北ちゃんが抱きついてきた。
「ぃやったぁぁーーーっ!!」
 そしてそのままぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「ほ、北ちゃん?!」
「あ、ごめんッ」
 嬉しさのあまりか大胆な行動をとってしまった北ちゃんは、我に返ると慌ててその手を放した。
「ううん、大丈夫」
(私も嬉しい)
 北ちゃんを抱きしめたいくらいに。
 同じくらい大胆なことを考えて、私も負けじとさらに赤くなった。
 色を失ってゆく空とは裏腹に、色を帯びてゆく私たち。
「……座ろっか」
「あ、ああ」
 失われてゆく色を惜しむように、窓際に並んで座った。いつもと同じ距離なのに、今日はなんだか近く感じる。
 熱が伝わってくる。
 優しい、空間。
「――今度、ここの庭でバーベキューでもしような?」
 視線の先に広がる庭を見て、北ちゃんが呟いた。食べ物を連想するところが、いかにも北ちゃんらしい。
「えー、夏菜は花火がいいな♪」
「じゃあバーベキューと花火だ! ……どっちも季節はずれだけどなっ」
「あ、ホントだぁ」
 2人して笑った。
 けれど私は、どこか笑いきれていない。
(遠い日――)
 この庭で、家族皆で走り回っていた日のことを、思い出していた。

     ★

 こんなにも遠く、感じるのは何故なんだろう。
(思い出は色褪せないのに)
 どうしてこんなに、懐かしいんだろう。
 ぼんやりと眺めていた。
 改築をせざるをえなかった家とは違い、昔と変わらない庭。
(でも多分、それだけじゃない)
 北ちゃんが、似た空気を持っているからだ。
 距離も懐かしさも、似たものと出会って初めてわきあがる感情。誰もまったく違ったものを見て「懐かしい」なんて思わない。
(思わないから)
 ”同じ”にしてしまいたくは、なかった。
 そっと、隣の北ちゃんを盗み見る。
「夏菜の両親ね、魔獣と魔獣使いに殺されたの」
 そんなことは言えない。
「だからね、ずっと捜してるの」
 言えるはずがない。
「仇を討つために――」
 言ったら巻き込んでしまう。
(北ちゃんの性格なら)
 きっと一緒に捜すって、言ってくれるだろう。でもそれではダメなんだ。
(巻き込みたくないの)
 これは私の――私たちの問題だから。
 視線を、庭の方へ戻した。
(本当は、黙っているのも辛いんだ)
 いつかバレた時に、嫌われるんじゃないかって。
(怖い)
 私は。
 どちらも怖い。
 だから今の私には――
「!」
 北ちゃんが優しく手を握りしめてくれた。私の凝り固まった心をとかすように。
 私も、そっと握り返した。
(今の私には、こうして想いを返すことしかできない)
 ただそれだけは確実に、伝えていこうと思った。



■答え 〜北斗〜

 握り返された手の温もりに、俺は少し安心した。それが赦しのように思えて。
(もどかしいな……)
 この温もりみたいに、簡単に気持ちが伝わればいいのに。
 そんなことを考えた。
 俺にはどうしても、訊きたいことがある。
 それはさっきの夏菜の意味深な視線のことでもあるし、所々改築されたこの家と、夏菜の兄貴の態度のことでもある。
(夏菜には両親がいない)
 そのことはわかっていた。ただその理由が、交通事故とは思えなかったのだ。
(何か、あったんだろうな……)
 笑顔の合間に時折、ほんの一瞬だけ見せる表情。それに気づいた時、俺は夏菜の心の奥に隠された何かの傷を悟り、そして自分の気持ちを悟った。
(よく見てなきゃ、気づくワケねーもんなぁ)
 気づいてしまったら、恋心なんて雪だるま式だ。さらに見ているうちに、夏菜が背中への接触に極端な反応を見せることにも気づいた。
 隠された心の傷と、関係がないはすがない。
(告白して)
 もしうまくいったら、きっと訊きだせるだろうと思っていた。けれど夏菜の気持ちを思えば、結局は訊くに訊けないのだった。
(いつか――話してくれるよな?)
 伝わる手の温もりで、夏菜に呼びかける。
 答えなどいらないんだ。俺は勝手に待っているから。
 ここで。
 夏菜の隣で。
(その垣根を)
 越えられる日を――。





(終)
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東京怪談
2003年11月17日

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