▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『夢ノ扉 』
海原・みその1388

 わたくしの心の中には、あの方しかいません。
 けれどあの方の心の中には、わたくし以外にも存在しています。
(何故ならあの方は)
 あの方自身は。
 決して堕ちてはいないから。
 堕ちることがないから。
(わたくしはそのわけを)
 口にはできないそのわけを、知っているのです。



 どうしてあの方の機嫌を損ねてしまったのか、その時のわたくしにはわかりませんでした。
 ただ突然わたくしは、夢を見たまま囚われたのです。
(何に?)
 それは――”夢”そのものに。
 あの方の存在しない夢の中に囚われ、無数の鎖で磔られました。
 それだけでもわたくしにとっては十分辛いことですが、そのうえすべての力を封じられて、深淵よりもさらに深い場所へと幽閉されたのです。
(もちろん)
 それだけでは終わりません。
 わたくしの夢に現れるのは、おぞましいものばかり。
 混沌の部屋でもないのに混沌がわたくしの心を蝕み、異界からやってきた猛者たちがわたくしの魂をついばみます。
(やめて!)
 その瞬間の、なんと辛いことでしょう。
 まるで”わたくし”そのものが揺らいでゆく――消えてゆく感覚に、わたくしは焦りました。しかしすべての力を封じられているわたくしには、なすすべがありません。
(やめて……下さい――)
 わたくしの心を盗らないで。
 あの方を大切に想うわたくしの心を。
 必死に祈りました。
 おそらく現(うつつ)では、一瞬にも満たない刻(とき)を。
 この夢の中では、数百年にも達する刻を。
 そうしてすべての心が喰われてしまった時、わたくしは気づいたのです。
(ああ……それは杞憂だったのね)
 わたくしは堕ちようと決心したわけではなかった。とうに堕ちていたのです。わたくしという”存在”自体が。ですから心を喰われても、狂ったままのわたくしは変わることがありませんでした。
(どんな存在も)
 既に壊れているものを、壊すことはできなかったのです。
 残りの魂を侵されつつも、わたくしは穏やかな気持ちであの方の許しを待つことができました。
(この辛く苦しい)
 夢の中で。
 現実へと戻る扉が、開かれるのを。

     ★

 夢から覚めたわたくしは、すぐにもう一度、夢の中へと連れ去られました。ただ違うのは、今度の夢は苦痛の夢ではないということです。
(それどころか――)
 夢の中で意識を取り戻すと、いつもあの方の腕の中でした。それ以外の場所が、1つも出てきません。
 あの方はわたくしだけを愛し、わたくしだけを見て、わたくしだけを抱きました。何度も唇を塞ぎ、何度もわたくしの中で弾け、何度も愛の言葉を囁くのです。
(それはまさしく、夢のような刻)
 それが数年間、続きました。
 この愛しい数年間のために、あの苦痛の数百年が存在していたのなら、わたくしはいくらでも許容するでしょう。むしろ自分から飛びこんで行きたいくらいに。
(わたくしは待ち望んでいたのです)
 これほどまで、あの方を独り占めできることを。



 そんな1クールが終った時、あの方はわたくしに明かして下さいました。
(機嫌を損ねた理由)
 わたくしを夢へと閉じこめた理由。
 あの方は、”自制のため”と仰いました。わたくしだけを見ることは、あの方の中では許されないことなのです。
(もしかしたら)
 他の巫女との兼ね合いもあったのかもしれません。見えないところでの落としあいはよくあることですから。
(狂った巫女たちは)
 もう手段を選びません。もちろんわたくしも含めて。
(ですからわたくしは)
 今なら迷わず、口にすることができるのです。
(あの方は堕ちていない)
 堕ちることができない、そのわけを。
(――同じ)
 壊れていた私を、もう一度壊すことができなかったように。
 ”最初から”堕ちた存在であるあの方を、もう一度堕とすことはできないのです。
(堕ちて堕ちて)
 多くの愛を求め続けるあの方。
 わたくしにできることは、ただあの方の腕の中で眠る夢を見ながら。
(この夢の扉が、永遠に開かなければいい)
 時間をとめて、そう祈ることだけなのでした。
(わたくしだけのものにしたい)
 そのために命を奪うことすら厭わない、自らの想いを必死に抑えながら――。





(終)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
伊塚和水 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月17日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.