▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『お見合い話は突然に 』
藤井・百合枝1873)&藤井・雄一郎(2072)

「と、父さん‥‥本気?」
 とある喫茶店。最近の流行曲が流れている店内。その中で向かう男女。
 デートという雰囲気ではない。何せ、本当に親子ほどの年齢が離れているのだから。いや、事実、親子。
 藤井百合枝は、突然、父の藤井雄一郎から「話がある」、と、この喫茶店に呼び出された。そして、これまた突然に切り出された言葉は、『お見合い』。
 困惑しないはずがない。
 とりあえず、動揺している自分に驚きながら、落ち着く為に珈琲を啜る。
 鏡を見なくても、渋面顔になっているのが、自分でもわかる。嫌な感情はすぐ表に出てしまう性質だ。
 眉間に皺寄せているが、これが癖にならなければいいな、と、思いながら、頭の中で電卓を叩く。
(「いつも通りに葛に押し付ける訳にはいかないなぁ。でも、まだ若いとは言っても22歳なんだから結婚できる‥‥」)
 いやいや、そういう問題ではないだろう。
 お見合いとはターゲットとなる男女を決めてから成立するものだ。妹の葛を生贄に出したところで、話にはならないのは目に見えている。
「やっぱり、お断り」
 自分もいい年だし、というのが脳裏に過ぎったが、お見合いするのは嫌だ。きっぱりと断る、百合枝。
「そんなぁ‥‥」
 返答を聞いて、雄一郎はうな垂れる。いい年した体格のいい男が、しゅんとした姿になるのは、何となくかわいらしさがあるかもしれないが、百合枝にとっては、鬱陶しいだけであった。
「ま、まままさか、男がいるのかっ!?」
 突如何を思ったか、雄一郎はテーブルを強く叩きながら百合枝の顔に迫ると問い詰めようとした。
 とりあえず、おしぼりを掴んだ手で、その暑苦しい顔を奥へと押しやる。
「むさっ苦しい顔を、娘の顔に近づけるな。というか、どうしてそんな話になる」
 ウェイトレスに頼んで、新しいおしぼりを持ってきてもらう。
 はぁ、と、百合枝は溜息を吐く。まぁ、父は娘たちに悪い虫――男がついていないか、しょっちゅう心配している。このような反応は予想された事だ。
「とにかく。男はいない」
 きっぱりと言い切れる自分に、かなり虚しさを感じてしまう百合枝であった。
(「料理も洗濯も掃除も完璧にできる男って、そうそういないんだよな」)
 単に高望みしているわけではないのだが、自分の好みにあった男となかなか出逢える事がなかっただけだ。
 それにしても、どうして今更こんな見合い話を持って来たのだろうか。
 心を覗いてみようか。
 ふと、そんな思いに駆られた。だが、自分で首を横に振る。ただでさえ心を覗くのは気が止めると(自分では)思っているのに、まして父親の心を覗くだなんて。
 子供の心配をしているのだとは、わかる。だが、ただそれが煩わしい。
「じゃぁ、どうしてお見合いしてくれないんだっ!」
「嫌だから」
 きぱっ、と、即答する百合枝に、雄一郎はテーブルの上に崩れ落ちるのであった。
「どうして、どうして‥‥俺はおまえの為にと思って‥‥」
 泣いているようではあるが、それが嘘泣きだというのは経験上わかっている。空になったカップを見て、百合枝はおかわりを頼んだ。
 コーヒーのおかわりはタダではないが、どうせ、ここの支払いは雄一郎にさせるつもりだったから、問題はない。
 ふと、視線をテーブルに向けると、おぃおぃと泣いている雄一郎の横に、厚い表紙の冊子のようなものが重ねられているのに気づいた。俗に言う、お見合い写真という奴だろう。
 父親が一体どのような男を選んだのかが気になって、ちょっとだけ見るつもりで手に取る、百合枝。
「おぃ」
「ん? それか。とある財閥の御曹司で、将来性溢れる若者だぞ」
 確かに将来はあろう。何せ、どっからどう見ても小学生なのだから。
「こら」
「それはなぁ、ワイルドな男の方が好みかと思って、苦労して見つけた男の中の男だ」
 写真の中の男は、ハーレーに乗った、グラサンかけた爺様であった。
「まて」
「おっ。目が高いな。流石、俺の娘だ」
 お見合い写真というよりか、ボディビル大会の写真としか言えようがない。百合枝はブルブルと震える腕を懸命に抑えながら、ビキニパンツ一つの筋肉男の写真を、テーブルに戻した。
 さて、どうしてくれようかと悩む。
 雄一郎の方はと言うと、百合枝がお見合い写真を手にした事で、一縷の望みができたと思っているのか、にこにこ笑顔だ。ただ、興味を持っただけなのに。
「さぁ、好きなのを選べ」
「選べるものじゃないだろっ!」
 雄一郎の言葉にブチッと切れ、テーブルを持ち上げてそれで頭を叩きつけてやろうとする、百合枝。
「今、死にたい? それとも五秒後に死にたい?」
「どっちも変わらないじゃないかっ」
 たじろぐ雄一郎を見下ろしながら、百合枝は冷徹な声色で尋ねたが、父親はガタガタと首を横に振るだけであった。
 まぁ、周囲の視線も少しは気になるし、先程から店の者が制止している声が聞こえる。何事もなかったかのようにテーブルを戻すと、百合枝はコーヒーの追加を頼んだ。
「ともかく、尚更お断りだから」
 突き放すように言った。これでこの話は終わりだと言うように。
 静寂。
 先程の騒ぎのせいで、皆が注目しているような気がする。
 沈黙。
 雄一郎は、ただ黙って俯いたまま。
 何だか別れ話をしている不倫カップルのようだと、我ながら思ってしまった。
 一度そう感じてしまうと、ここにいるのは居心地が悪く感じられる。コーヒーが来るのを待たずして、百合枝は席を立とうとした。
「待ってくれ!」
 そう叫ぶと、雄一郎は椅子から床に飛び降りて膝をつくと、頭を床につかんばかりにと土下座した。
「頼むから、見合い‥‥してくれ!」
「ちょ、ちょっと、父さん」
 慌てて身を起こすようようにさせるが、雄一郎は頑として頭を上げようとしない。
「俺の目が黒いうちに‥‥おまえには幸せになって欲しいんだ‥‥」
 心の奥底からの言葉。声には涙が混じっているような気がする。
 いつにもなく必死な様子の雄一郎に、百合枝は戸惑う。
 何故、いつにもなく見合い話にやっきになっているのだろうか。どうして突然――。
 それにしても周囲の視線が突き刺さるように痛い。客どころか従業員まで一挙一動、注目してるようだ。
「いいわ」
 つい、根負けしてしまい、頷いてしまう、百合枝。早くこの場から逃げたいが為に。
 まぁ、お見合いするだけで結婚するとは限らない。一日だけ精神的苦痛を味わうだけでいいのだ。いざとなれば、妹を影武者にしてもいいかも、と、思った。
「そうか!」
 百合枝の言葉を聞いて、涙流しながら喜ぶ、雄一郎。もしかすると、目薬を用意してきているのでは、と、百合枝は訝しむ。
 実際は目薬どころか、他のものまで雄一郎は用意していた。
 大喜びして手を上げた瞬間、それが百合枝の視界に入った。
 テープレコーダー。
 先程の会話が録音されているのであろう。「いいわ」という、承諾の言葉が。
 テープレコーダーを見つけ、がくりとうな垂れてしまう、百合枝。これで逃げる事は不可能となった。
「そこまでやるのか‥‥」
 これで、後に引けなくなった。逃亡計画も、影武者計画も無理だろう。
 その、相反する二人の様子を、物陰から喜ぶ人物がいた。それは、百合枝の母親。密にレジの台に隠れて見守っていたのだ。
「これで、ようやく百合枝も‥‥」
 呟いた言葉は、心底喜んでいる様子であった。
 何だか、自分が悲劇の主人公になったかのように、床に手をついて落ち込む百合枝であった。
「お見合い、か――」
 罠にはまったような気がするのは、きっと気のせいではないだろう。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
月海歩人 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月14日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.