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『袖に出来ない生き物達 』
本郷・源1108

 伝統というものは保たれもし廃れもする。当代の風俗と照らし合わせてそぐわなければそれはもう容赦無く衰退の一途を辿る。存在そのものは失われずともだ。特に日本というこの国においてはその傾向が強い。実利主義とでも言おうか。
 だからその幼女が一人で外を歩く事はあまりない。
『まあ可愛い』
『んーお母さんはどこかなお嬢ちゃん』
『ファンタスティック!』
 等と言う、好意的でしかし不躾な声がいくつもかかってしまうからだ。幼女としては大変不本意な。
 別段その幼女が奇異なわけではない。こんな幼女なら5、60年前ならそこらをほこほこ歩いていただろう。しかし残念な事に21世紀を迎えた現代、幼女のような幼女はあまり外をほこほこ歩いていない。好意を込めた珍獣扱いも無理からぬ事である。全く世は住み辛い。
 しかし頃は11月も半ばとなればこの幼女の不本意な境遇も少しだけ緩和される。桃の節句や正月などもこの類いだがこちらは残念ながら日時がきっかり限定されてしまう。
 一年でこの時期だけは幼女は気兼ねなく気詰まりもなく街を一人で闊歩できる。その時期もまたもう数年で限界が来るが。
「……そう言えば今年は源も今年は祝いをせねばならぬのじゃ」
 闊歩闊歩と街を行きながら、ふと思いついたように本郷・源(ほんごう・みなと)は一人ごちた。
 11月15日前後のお宮参りの季節にはこんな幼女も街では珍しくない。源は桜色の『振袖』も愛らしい当年6歳。
 これは頃は七五三のお祝いの時期を迎えようと言う、そんなある日の出来事である。



 にゃあ。
 その声が源の耳元を掠めたのは夕暮れ間近。
 街を胸を張って一人歩く快感をたっぷり堪能したその後での帰り道。富豪の娘である所の源が良くぞ誘拐されなかったものだがそこはそれ、一人と思い込んでいたとてその後ろにはサングラスの怖いお兄さんなどがこそこそゾロゾロ付いてきていたりはするわけである。知らぬは本人ばかりだが。
 さて、そんな、源本人の耳にはいれば確実に怒髪天をつく些細な大人の事情はおいておいて、その愛らしい鳴声はにゃあにゃあと幾度も繰り返され源を声の元へと誘惑する。
「……猫かのう?」
 呟き、源はちょこちょこと声のした方へと足を進める。夕暮れの児童公園は季節もあってか閑散としていた。もうこの時間では外は十分寒いのである。
 それは先刻まで子供が遊んでいた余波にゆらゆら揺れている源も結構好きな遊具の側に置かれていた。源の手でも何とか抱えられそうなダンボール箱だ。因みに紫色でアバウトななすびの絵と出荷した地名が記されているが中身は勿論@@県産のなすではない。
 ダンボールの中には申し訳程度にタオルなどが敷かれていた。その上にはなすより余程愛らしくそして余程厄介なものがちょこんと鎮座している。
 にゃあ。にゃあ。
 それは口々に唱和でもしているかのように鳴いた。
 実に典型的な捨て猫の図である。
「哀れなのじゃ……」
 源は伸ばしかけた手を思わず引っ込めた。黒と茶トラの仔猫は触れそうになった指を懐かしんでかにゃあにゃあ鳴きつつダンボールにかりかりと爪を立て始める。
「むむむ」
 はっきり言おう。愛らしい。
 非力な動物が己を守る手段が『愛らしさ』であるという。それをめいっぱい体現している存在に若干6歳、己もまた体現者である本能的な存在が耐えられるか。答えは否だ。
 だがしかし!
「生物じゃからなあ」
 稼ぎはあろうと6歳児。残念ながら法的にも実状としても衣食住誰かの世話にならないとどうにもならない存在としては迷ってしまう所である。
『誰が面倒を見るのか』
 と問われた時、己の面倒もまだ見きれていない源に『源なのじゃ!』と胸を張って答える権利はない。自覚がある分余所の6歳児より偉い。
「すまぬが源もまだ扶養家族なのじゃ。扶養家族が扶養家族作る事は出来ぬのじゃ」
 ダンボールの横に座り込み、源は仔猫に頭を下げる。
 そして、
「さらばなのじゃ」
 言い置いて脱兎の如く駆け出す。
 否、駆け出そうとした。
「なんじゃ!?」
 袖が重い。動けなくなるほどではないがなんだかブラブラしてしまうほどに振袖の袖が重い。
「ああああ、なにをするのじゃ!」
 伸ばした腕の下には長い振袖。手は引っ込めても袖は仔猫の目前に残ってしまっていた。これ幸いと仔猫たちはその振袖に縋ったのである。仔猫と言うものは体重が軽いせいもあってか割とあっさり人間の衣服を登って来てくれたりするのである。
 にゃあにゃあ。わしわし。
 これではそれこそ袖にも出来ない。
 見事に小さな源の身体を昇りきった仔猫たちは登頂の褒美にちゃっかり源の胸元で源に抱えられていたりする。
 にゃあ。にゃあ。
 源を見上げて鳴く声のなんとか細い事か。その身体は源の小さな手にもまだ小さい。そしてその体毛はふわふわで、大きな瞳は金と緑。

 ……にゃあ。
 …………にゃあ。
 ………………にゃあ。
 ……………………にゃあ。
 …………………………にゃあ。

「ええいわかったのじゃ! 源が扶養するのじゃ!」
 その愛らしい暴力に、源は抗し切れずに怒鳴っていた。



 新たな扶養家族に頭を抱えつつも源の顔は笑み崩れる。
「こら、着物に爪を立てるななのじゃ! あああ、鳴かなくとも家についたらミルクも寝床用意するのじゃ」

 愛らしい生物が愛らしい生き物達に負けた、11月のお話。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
里子 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月14日

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