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『窓+買い物=再会 』
セレスティ・カーニンガム1883

「――うーん……」
 私が唸っているのは、別にどこかが痛いわけではない。
(読む本はない)
 ネットサーフィンも、そろそろ疲れてきた。
 ――つまりは暇なのである。
(昨日あの本を最後まで読んでしまったのが、”失敗”でしたね)
 私は毎日読む本の計画を立てていて、それに合わせて本を予約・購入している。しかし昨日途中まで読む予定だった本が、あまりに面白くてやめられなかったため、最後まで読みきってしまったのだった。予定がずれたままでいるとあとが大変になるので、今日は読まずに明日からまた予定に戻らねばならない。
(さて、どうしましょうか)
 こうしてのんびりと部屋でまどろんでいるのもいいけれど、折角あいた時間、どうせなら有効に使いたい。
 そうしてあれこれと考えをめぐらしていると。
  ――コン コン
 控え目なノックが聞こえた。
「はい?」
「あのっ、運転手の某ですが……」
「ああ、某さん。どうぞ?」
 立ったままだったパソコンを落として、運転手を迎え入れる。運転手はいつものサングラスをしていた。喪服のように黒いスーツもいつものことだ。
「どうしたんですか? キミがここまで来るなんて、珍しいですね」
 運転手は大抵いつも車の中でスタンバっている。屋敷の中にいて下さいと言っても、自分から「いつでもすぐに出発できるように」と言って運転席に座っているのだ。
 そんな運転手が私の部屋までやってきたのだから、私のその言葉も当然だった。
 すると運転手は。
「実は――ウィンドゥ・ショッピングでもいかがかなと思いまして……」
「ウィンドゥ・ショッピング?」
「ええ。毎日お部屋の中で過ごされるのもいいでしょうけれど、やはり気が詰まりますでしょう? わたくしが案内しますし、荷物持ちも致しますよ」
「ふむ……」
 実の所、ウィンドゥ・ショッピングならほぼ毎日のようにしている。――そう、ブラウザ上で。あれも”ウィンドゥ”だ。違うのは、目に映る物が本物ではないという点。
(たまにはリアルに)
 触れてみるのもいいですね。
「わかりました。行きましょう」
「ホントですか?!」
「案内の方、よろしく頼みますね」
「はい!」
 やけに嬉しそうだったその運転手を、その時はあまり気にとめなかった。

     ★

「……どうしました?」
 車の中で1人苦笑していた私に、ハンドルを握った運転手が問い掛ける。
「いえ、ね。今日も皆にとめられるのかと覚悟していたのですが」
「むしろ、羨ましがられていたような」
「人気あるんですね、キミ」
「逆だと思いますよ……」
 漫才のような会話に、私はまた笑った。
(私はこの運転手が嫌いではない)
 頭の回転が速く、的確に言葉を返してくれる。時折回りすぎて、少しずれた位置に着地することもあるが、それもまた面白いのだった。
「――それで、どこへ連れて行ってくれるのかな?」
 話を変えると、運転手の声も真面目に変わる。
「大した場所ではないのですが……今人気のアーケード街ですよ」
 雨が降っても大丈夫、というわけらしい。
(一体どんな物があるんでしょうね)
 私は今さらながら、とても楽しみになっている自分に気づいた。
(そういえば――)
 もう永いこと、こうして自分で買い物に出かけるということはしていない。
 これでも昔はよく1人で出歩いたりしていたのだが、周りに世話をしてくれる人たちが増えるにつれ、必要な物は彼らに頼んだり、ネットで注文したりすることが多くなっていった。それはその方が、彼らにとっても負担が少ないからである。
(以前は”バリアフリー”なんて言葉もなかったですからね)
 車椅子で出かけることは、本当に大変なことだったのだ(ちなみに1人で出歩く時のコースはいつも決まっていた)。
「ずいぶんと便利な世の中に、なったものですよね」
 しみじみと告げた私の言葉に、運転手は苦笑して。
「一体おいくつですか」
 そう口にした。私があまりにもお年寄りくさいことを言ったからだろう。
(実際はその”お年寄り”よりも、よほど永く生きているんですけどね)
 わざと、言葉を選ぶ。
「キミが思うより、29倍は永く生きていると思いますけどね」
「に、にじゅうきゅうばい?!」
  ――キキーーーッ
 私はとっさにドアのハンドルに掴まった。
「すみませんっ、大丈夫ですか?!」
「これくらいのことで動揺しないでくれませんか」
「いや、しかし、やけに具体的な数字を出されるとですね……」
(私はこの運転手が嫌いではない)
 ――からかいがい”も”あるからだ。
「冗談ですよ」
 私がにっこりと笑って告げると。
「相変わらず趣味が悪いですね」
 他の使用人には到底言えそうにない言葉を吐いて、運転手は前に向き直った。その背中に、私はもう一度。
(冗談、ですよ)



 アーケード街は、買い物客で埋め尽くされていた。
「休みでもないのに、ずいぶんと人がいるんですね」
 そういう光景を見ることですら久しぶりのような気がして呟く。後ろで車椅子を押してくれている運転手(ある意味車椅子を運転している)は、見かけに似合わず来慣れているのか解説してくれた。
「今はオータム・バーゲンの季節ですからね。某野球チームが優勝した影響で、便乗バーゲンも多いですし」
「日本人は”お祭りごと”が好きだものねぇ」
 私は小さく笑いながら応える。
 なんでも、どんな行事でも、祭りのように盛り上がってしまうのが日本人。そんな所がなかなか好きだった。
(キリスト教でもないのに)
 クリスマスであそこまで盛り上がれるのがいい例だ。アーケード街にも既に、クリスマス・カラーが漂っていた。
 運転手の案内で、様々な店の前で立ちどまる。表のディスプレイを見れば、店に入らずともその店の大体の傾向を読み取ることができた。ウィンドゥ・ショッピングというのは、なかなかどうして効率のいい買い物の仕方かもしれなかった。
(もっとも)
 私の場合視力が弱いので、ガラスに張り付くようにして見なければならず、ウィンドゥの中のマネキンのごとく周囲の視線を集めていたけれど。
「……サングラス、貸しましょうか?」
 車椅子を押しながら告げた運転手の言葉に、私はまた笑ってしまった。
(なるほど)
 この”顔”も問題ですか。
「いえ――なければキミが困るでしょう?」
「たくさんありますから」
 私の答えに一度手をとめると、運転手は胸ポケットから数個のサングラス(しかも全部同型)を出して見せた。
「それは……つけたらつけたで目立つでしょうね」
(お揃いのサングラスなんて)
 既に周りからは笑いがもれている。
「あ、そうですよね。失礼しました」
「私は気にしませんから、大丈夫ですよ」
「はい。――あ、あそこに入ってみませんか?」
 不意に運転手が指差した場所は、店と店の間にたつ小さな画廊のようだった。
「いいですね」
 こんなアーケード街に画廊があるなんて、なかなか洒落ている。芸術にも人並みに興味のある私は、喜んで画廊の中へと入っていった。
「――すみません、セレスティ様」
「え?」
 入った途端運転手が謝る。しかし私には、何のことだかわからなかった。
「こちらへ」
 運転手は車椅子を押して、どんどん奥へと進んでいく。画廊は細長くできているようで、絵画の海を抜けて私は最奥の壁へとたどり着いた。そこには大きな1枚の絵がかけられていた。
「!」
 これだけ大きいと、触れなくてもわかる。何が描かれているのか。
「人魚……?」
 しかもその顔は、雰囲気は、ひと月ばかりともに過ごしたあの娘に似ていた。
「これをお見せしたくて、ウィンドゥ・ショッピングにお誘いしたのです」
「キミが描かせたの?」
(あの娘が人魚だなんて)
 知らないはずなのに。
 問いかけた私に、運転手は首を振った。
「いいえ、私も偶然見つけたのです。それで懐かしく思って――彼女、今頃どうしているのでしょうね?」
 使用人たちには、あの娘が自分から出て行ったのだと言ってある。どこかで元気で暮らしているのだと。
(絵の中の彼女は)
 楽しそうに笑っていた。
 誰かの、望みどおりに。
「――重そうですが、大丈夫ですか?」
 運転手を見上げる。それだけで、彼はわかってくれた。
「もちろん! 大丈夫ですとも。そのためにわたくしが来たのですからっ」
 私は小さく苦笑してから。
「すみません。この絵を譲っていただけませんか?」
 後ろに控えていた女性に声をかけた。
(こんな発見があるならば)
 自分で欲しい物を、買いに出かけるのもいいな。
 そう、思いながら。





(終)
PCシチュエーションノベル(シングル) -
伊塚和水 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月13日

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