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『【かみさまの一日−さなの場合−】 』
風祭・真1891
 うららかな冬の日の早朝。
 浅いまどろみの海をたゆたっていた私の意識は耳朶に軽やかに流れてくる数羽のすずめの生を喜ぶ歌を歌うかのような囀りに誘われるように浮上する。
 開いた瞼。最初に飛び込んできたのは白のレースのカーテンの隙間から差し込む光。それが色んな意味でとても眩しくって、私は小さく微笑んだ。
 やっぱり中から見て感じる光よりも、自分の蒼紫の瞳で見て眩しく思ったり、肌にその温もりを感じる光は違っていて。
 私はそれに喜びと何かが起こるような期待と心地よい不安を感じながら、差し込む朝日に照らされた体をそっと丸めた。まるで母親の中で優しい時間を過ごす胎児のように。
 久方ぶりの体。だけど力や意思の伝達はスムーズ。それぐらいは『さなはおっとりとしすぎ』とまことやしんに言われている私でもできる。
「えへっ。ちょっと、得意げ」
 と、ベッドの左横に広がる窓までのスペースに何枚もの毛布を重ねて作り上げた寝床で眠っていた彼の両耳がぴくぴくと動いた。それは何ともかわいらしくって。そしてまるでそれ自体が何か別の生き物のようにぴんと立って、そしてまるまる尻尾。そんなかわいらしい尻尾の動きにベッドに横になったまま口に両手をあててくすくす笑う私を見上げた彼に、
「おはようございますですわ」
 私は朝の挨拶をした。
 そして白の花柄模様のベッドカバーがかかった布団に両手をついて私は上半身を起こす。ちょっと態勢を変えてベッドの上に女の子座り。両手で寝乱れた髪を梳いて、そしてもう一度彼に微笑んだ。
「お久しぶりね。今日は私の日なの。だから今日一日、宜しくお願いいたしますわね♪」
 まるで緩やかなダンスを踊るように左右に振れていた彼の尻尾。だけどその尻尾が数秒後にやはり何か別の生き物のように下がったのはどうしてだろう?
 私は顎に人差し指をあてながら小首を傾げさせる。だけどそんな疑問符の海に溺れた私の意識はその後すぐに思い浮かんだとても素敵なアイデアに消え去った。考えただけでも顔が綻ぶのを止められない。
 私は私の顔を見上げる彼の視線から逃げるように立ち上がると、窓の前に立って、開けた窓の向こうに上半身を乗り出させた。だって、あのまま顔を見られていたらくすくすと笑い出してしまいそうだったんですもの。
 だけどやっぱり、私はその思い浮かんだ素敵なアイデアに微笑んでしまう。そんな私の顔を撫でるのはある冬の日の冷たく澄んだ朝の空気。それはとても心地良くって。
「とても良い天気」そう言って、くるりと半回転して私はさりげなくという感じを心がけながら、私の正面に立って、私の顔を見上げる彼に提案するの。
「ねえ、今日はせっかくの花音の定休日なんですもの。二人で街に出かけましょうよ。今日だったら後から怒られる心配も無いですし」
 ちょっとなぜか私の顔から視線を逸らした(なぜだろう?)彼に私はさらにお願いする。
「ね、お願いしますですわ」

 街。
 そこはたくさんの建物と人、そして音に満ちた世界。
 普段はまことの後ろでしんと一緒に眺めているその世界もやっぱり自分で実際に見て聞いて、感じるのとではだいぶ感じが違う。
 乱雑に建ち並んでいると言われる建物。だけど私にはまるでドミノ倒しのドミノのようで見ていて面白いし、そんな建物を飾る看板もすごく色とりどりで煌びやかとしていて綺麗。
 見ていてちっとも飽きない。私は子どものようにはしゃぎながら見慣れない風景を指差しては、それを訊ねた。
「ねえ、あれは何ですの? とても綺麗な看板ですけどって、あらあら、どうして私のスカートを引っ張るんですの? 私はあの看板のお店に、って・・・」
 などと、その興味の持った看板のお店に入れることもあれば、こうやってなぜかその看板のお店に近づこうとするのを断固拒否されたりもする。うーん、その両者の間にはどんな違いがあるのでしょう?
 そしてそんな私には玩具箱をひっくり返したようにも見える街に満ちた音は人があげる喧騒に、どこからか流れてくる音楽。車の音。喧騒は人の元気さを感じるし、音楽はいつも一日の大半を聴いている琴の音色とも違って、ちょっとやかましかったり、私にはテンポが速かったりもするけど耳に心地良い感じ。だけど車の奏でる廃棄音という名の音楽はやっぱり私にもいただけない。そう言えば…
「そう言えば、馬車や人力車、籠に汽車は乗った事があったけど……車ってないわよね」
 顎に右手の人差し指をあてながら小首を傾げる。さらりと揺れて顔にかかった髪を掻きあげながら私は道路を走る車を眺めやった。
 と、その私の視界を横切った車のうちの一台が止まった。どうしたんだろう? だけどそんな私の疑問も他所にその車に乗っていた男の子3人のうちの2人の子が車から出てきて、私の前に立つ。その茶色の髪の下にある顔には親しげな笑み。はて、まことのお知り合い?
「ねえねえ、君、今、暇?」
 顎に人差し指をあてて小首を傾げた私に開口一番に彼が言った言葉がそれだった。君…という事はまことの知り合いではないのかしら?
「うーん、暇、というか…街をお散歩しているんですの」
「あ、そうなんだ! じゃあさ、もしもよかったら俺らの車で今からドライブしない? 街を散歩するよりも絶対に面白いからさ」
「そうそう。絶対に損はさせないよ」
 ドライブ? 車に乗せてもらえるということ?
「まあ、それは本当ですの? とても嬉しいですわ。私、ちょうど、車に乗ってみたいと思っていたところですの」
「うおぉ、本当に。やった」
「んじゃ、行こうか」
 こちらが車に乗せてもらうというのにそんなにもお2人に喜んでもらえると私も嬉しくなる。
「さあ、行こうか」
 しかもお姫様のようにエスコートまでしてもらえて♪ と、
「あら、何ですの?」
 と、なぜか私に忠誠を誓うはずの眷属である彼が私を通せんぼ。
「ん、なにこの犬?」
「でけぇー、犬」
 目を丸くしている2人に私は悪戯っぽく微笑む。
「あら、彼は犬ではありませんわ」
「え?」
「犬じゃないって?」
 なぜか固まる2人。はて? ちょっと前に停まっている車の運転席からこの方たちのお友達が出てきて、クラクションを鳴らしながら早く来いよ、などと言っているのですが、いいのでしょうか?
 そんな疑問符の海をたゆたう私に彼らも同じような顔をして、
「あ、あの、犬じゃないって?」
「え、ええ、狼ですわ。白狼ですの」
「「お、狼ぃー?!」」
「はい」
 頷いた私に彼らは真っ青な顔になった。
「だけど、とても良い私のお友達なんですのよ」
「え、あ、いや」
「あ、えっと、この狼さんもセットなのかな?」
「え、セット?」
「あ、うん、だから一緒に車に乗るのかな?って」
「はい」
 こくりと私が頷いた瞬間、
「がぅ」「「うぉぉぉぉーーーーーッ」」「あら? あらあら?」
 お2人は車に走っていって、右手をそちらに伸ばして「どうしたんですの?」と問う私の言葉にも答えてもらえずに、そのお2人が転がり込むようにして乗り込んだ車はものすごい音をあげて走っていってしまった。
「はて?」
 それを見送りながら顎に人差し指をあてた私は小首を傾げさせた。

「ねえねえ、俺らとカラオケ一緒に行かない。奢るからさ」
「空の桶?」
「ガゥ」

「あの、もしも良かったら貴女の幸運のために祈らせてもらえませんか?」
「まあ、何教ですの?」
「ガゥ」

「ねえねえ、一緒に映画なんてどう?」
「映画? ああ、活動写真」
「ガゥ」

「ねえ、もしもよかったら俺ッちと一緒にゲーセンに行かない? この近くに伝説のゲーマが現れたという店があるんだけど、その店のゲーム記録を俺が塗り替える瞬間ってのを見せてあげるよ。ぬいぐるみだって欲しいのを取って上げるしさ」
「まあ、ゲームがお上手なのですわね。私の知り合いにもつい先日、ゲームの…」
「ガウゥ」

「お嬢さん。お嬢さん。もしもよかったらお茶しませんか? ほーら。薔薇が咲いた」
「まあ、すごい。何も無かった手から薔薇が」
 今度は通せんぼはされない。許してくれたようだ。嬉しい。
 と、しかし彼にエスコートされた場所は・・・
(ここはあれですわよね? ちょっと、その…えっと、よくお店のテレビで流れるドラマなんかに出てくる…若い男女が……あの、その……)
「どうしたのさ、真っ赤な顔をして? ほーら、薔薇が咲いたって……あれ? はて、僕はこんな所で何をしていたのだろう?」
 と、神眼で魅了した彼はよたよたとした足取りで人ごみの中に消えていった。
「申し訳ございませんけれど、お茶しかお約束した覚えはございませんし。それにしてもふぅー、やれやれですわ」
 私は額を覆う前髪に指をうずめて天を振り仰いだ。

 歩き回っていた私はぴたりと足を止めた。隣で私を見上げた疾風に、私はため息を吐いてみせてから、
「少々、疲れましたわね。どこかでお休みをって、危ないぃ!!!」
 どこか休められる場所を探しながら周りを見回していた私はそれを目撃して叫んだ。なんと工事中のビルの下を歩いていた男の方の上に鉄骨が落ちてきたのだ。そしてその鉄骨は運悪くその男の方に直撃してしまった。
「これはいけませんわ」
 じわりと広がっていく血の湖の真ん中に沈むその方を囲むようにして出来上がった野次馬の群れを私は掻き分けて、その方の傍らに立った。見ただけでわかる。瀕死の重傷だ。だから私は迷わず彼の血だらけの体を抱き起こして、そして顔にかかる髪を掻きあげながら私はその方の唇に自分の唇を重ね合わせた。
 そう、それが私の力。【慈悲神格】である私の力は相手にキスする事で状態異常回復、及び身体治療が可能となるのだ。そしてそれを証明するように彼の傷は塞がり、固く閉じられていた瞼が開いた。
「もう大丈夫ですわね。あら? あらあら? でもお顔が赤くなられて。治療したはずですのに?」
 変な事もあるものですわ。だけどこの方の治療はもう完璧なはずなのに。はて? 顎に人差し指をあてて小首を傾げさせた私に真っ赤な顔をしてその方は何やら奇妙めいた動きで両手をふった。はて?

 歩き回ったのと、神力を使ったのとで、私の疲れはピークに達していた。それだからお腹を摩りながら通りを歩いていた私の鼻に美味しそうな食べ物の匂いが届いた時に、私のお腹の虫がぐぅーっと鳴ったのはしょうがありませんわ。
「この匂いはどこからかしら?」
 匂いの元を辿れば私の視界に入ったのはお嬢様が通うことで知られている有名な私立の女子高の校門だった。そこに立てられた看板を見れば今日は学園祭が行われているらしい。綺麗に紙の花で飾りつけられたそれを見るだけでもわくわくしてくる。
「見て見て、学園祭ですわ。行きますわよ」

「ふぅー。満足ですわ。ちょっと、ここで日向ぼっこでもして休みましょうか」
 キャンパスの真ん中に置かれたベンチに座って、私は学生さんたちが売っていった冊子やビーズアクセサリー、ポストカードや色んな物が入っている両手いっぱいのビニール袋を隣に置いた。足下では彼が完全にお疲れモードで暖かい陽光を浴びながらあくびをしている。私はそんな彼にくすくすと笑ってしまった。
 そして笑う私を見上げる彼に笑みを深くする。
「本当に気持ちいいですわね、この太陽の光。夜の闇にそっと光を投げかけてくれる月の明かりも好きですけど、やっぱり私は明るい昼間の太陽の日差しが好きですわ。もうどれだけの時が経ったのかわからないほどに浴びてきた太陽と月の光」言いながら私は静かに風に舞う髪を指でそっと梳く。「そして同じように命を運ぶこの風も。この世のすべてが大好き。それは確かに永き時を生きるが故の寂しさもあるけど…それでもこの世界を見つめ続けられる事に喜びも感じられるし、それにあなたもいる。花を誕生日にプレゼントしてくれたあなた。いつも見守ってくれているあなた。ずっと側にいてくれるあなた…」
 眠そうに座っていた彼が立ち上がる。その真摯な光を宿す瞳で私を見つめる彼の首に私は両手をまわして、抱きついた。
「ありがとう、私たちは皆、あなたに感謝しているんですのよ。だからこれは…」
 そして私は今朝、メトロノームのように横に振れていたふわふわの白い尻尾にその態勢のままに両手を伸ばして、
「これはその感謝の印ですわ」
 尻尾に先ほど美術部のお店でこっそりと買っておいたかわいらしいリボンを蝶々結びした。これは朝からずっと温めていたアイデアなのだ。
 彼は揺れる自分の尻尾の中ほどに結ばれたリボンを数秒眺めると、立ち上がった私を見上げて、小さく口元に笑みを浮かべた。うん、喜ばれているようですわ。
 風になびく髪を掻きあげながら私も微笑む彼に微笑んだ。
「うん、似合いましてよ」
 こくりと頷く。
 そして私は彼を足下に寝かせて、聞こえてくる明るく元気そうな少女らの声をBGMに日向ぼっこを楽しんだ。

 浅いまどろみの海から私を引っ張りあげたのは騒がしすぎるおてんば歌姫たちの囀りだった。
 私が上半身を起こした気配を感じ取ったように3羽のすずめたちが一斉に隣のベランダから飛び立っていく。
 私は寝癖のついた髪はそのままに顔を片手で覆い隠した。
「なによ、これ? 全然眠った気がしないわ。なんかつい今しがたまで起きていたような…」
 寝起きはいいはずの私はまるでテスト期間中の連日連夜徹夜をした学生のような気だるさを覚えながら、部屋を見て…そして固まった。
「な、なによ、これは?」
 部屋の中はまるで玩具箱をひっくり返したようなそんな風景。物珍しい雑貨から、そこらの百円ショップで売っているような何気ない物、そして少女趣味なフリルドレス等見覚えのない物で溢れかえっていた。
 しかしそんな部屋の様子に驚く私を他所に珍しく彼は深い眠りについていて。そして彼の尻尾を見て、私はまた驚きの声をあげた。彼の尻尾にはかわいらしい乙女チックなリボンが蝶々結びで結ばれているのだ。
「リボン?」
 呆然とした声でそう呟いた私の声が聞こえたように眠っている彼が苦笑いを浮かべた。だけど私にはそれがまた同時にとても幸せそうな微笑にも見えて。
 そんな幸せそうな笑みを浮かべられる彼を私はとても羨ましく想い、そしてしばし頬杖つきながら、幸せそうに微笑みながら眠る我が眷属であり、友人であり、父や兄である彼を朝日を浴びながら見つめていた。たまにはこんなゆったりとした時間も悪くないから。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月11日

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