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『秘密の芸能界レポート 』
サイデル・ウェルヴァ0024
●打ち合わせ
 秋も随分と深まってきて、暦の上ではもうすぐ冬を迎えるというある日のことだ。
 その日、月刊アトラス編集部は取材のため、ほとんどの編集部員が出払っていた。残っているのは電話番のアルバイトを含め、ほんの数人程度であった。
 しかしその数人の中に、どう見ても編集部員ではない者が1人混じっていた。それはサングラスをかけた青い髪の女性。ソファに深く腰かけ、足を組んだまま少し退屈そうに編集部内を見回していた。
「いやいやいやいやいや! どうもどうもどうも! 随分お待たせいたしましたっ!」
 やがて女性のそばへ、ぺこぺこと頭を下げながら1人の編集部員がやってきた。手には何やらワープロ打ちの原稿が握られていた。
「いやー、相手の話が長い長い。電話を切るのも一苦労ですよ、はい」
 すいませんね、といった様子でその編集部員は目の前の女性に遅くなった説明をしていた。そして、女性の正面のソファへ腰を降ろす。
「ふぅん……にしちゃあ、かなり楽しそうに、盛り上がって喋ってたように見えたけどねえ」
 女性――女優のサイデル・ウェルヴァが皮肉混じりにつぶやいた。いや、彼女にしてみたら皮肉ではなかったのかもしれない。単に目に入ったことを、そのまま言ったに過ぎなかったのだから。
「ややややややや! サイデルさん、勘弁してくださいよ〜っ。あれも取材のためなんですから〜。機嫌損ねると、ほんと大変なんですよぉ?」
 苦笑いを浮かべ、ぺこぺこ謝る編集部員。ちなみにこの編集部員、今までサイデルとは馴染みのなかった者である。今日でようやく顔を合わせて話をするのが4、5回目といった所か。
「分かってるよ。芸能記者連中も、何がしかネタを拾いたい時はそんな感じだからさ」
 今度のサイデルの言葉には、明らかに皮肉が含まれていた。
「どもどもどもっ、すいませんね〜。忙しいとこ足を運んでいただいた上に、待たせてたんじゃ、ほんと罰が当たりそうですからね〜」
「……今日明日は撮休だからねえ。このくらい、どうってことないさ」
 サイデルはそう言うと、組んでいた足を元に戻し、身を乗り出した。
「で、これかい。例のブツは」
 テーブルの上に置かれていた原稿に触れるサイデル。一番上に大きく『芸能界レポート「狒々」 第1回』と見出しがついていた。
「サイデルさんに『ブツ』と言われると、何だか如何わしい物みたく聞こえますな〜」
 編集部員が笑いながら言うと、サイデルはサングラスの奥からじろっと睨んだ。
「いやいやいやいやいや、冗談です、はい」
「いーや、それで合ってるよ。一部の連中から見りゃあ、十分危険な『ブツ』さね」
 ふっ、と笑みを浮かべるサイデル。きっと頭の中に、何か思い浮かぶ物でもあったのだろう。
「……でもいいんですか?」
 編集部員は急に声をひそめて、サイデルに尋ねてきた。
「うん?」
「芸能界の、こんなレポート書いちゃって。まだ触りの部分とはいえ、ばれたらやばくないですかね〜?」
「そん時はその時だね。別にあたしは、原文のままでもよかったんだよ?」
「ややややややや! それじゃあ、ばれた時の目覚めが悪い! 今までうちの編集部、サイデルさんには色々世話になってんですから、せめてリライトして正体ばれにくくするのは当然でしょ〜」
 話の流れから察するに、サイデルが芸能界にまつわるレポートを書いて持ってきたのを、この編集部員がサイデルだと分からないようにリライトしていたようだ。
 ということは、それだけやばい内容なのだろうか……?
「どれ、見させてもらうよ」
 サイデルはリライトされた原稿を手に取ると、じっくりと目を通し始めた。

●芸能界レポート「狒々」 第1回
 さあさ、お立ち会い。これより話しまするは、一見華やかなる芸能界とは、切っても切り離せぬ関係の影なる話。最後までごゆるりとお付き合いのほど……。

 さてさて、諸兄諸姉は次のような話をご存知だろうか。
 鎌倉の昔、遠江国の何とかという神社がある森に棲みついた狒々を、信州信濃の光前寺に居た疾病太郎(地域により早太郎などとも呼ばれる)という名の山犬に退治された話だ。
 これに似たような話は、日本各地随所に残されている。古く有名な所では記紀神話にある、スサノオノミコトによるヤマタノオロチ退治譚もその1つとして数えられるだろう。
 けれどもこの手の話が、本当に怪物を倒したことを意味する話であるかというと、さにあらず。真実を覆い隠して伝わっている話も数あると言われている。
 例えば子殺し、例えば人身売買。殺すのは仕方がない、売るのは仕方がないといった理屈が、『生贄』という言葉に集約されていたのでは……?
 となると、『狒々』といった怪物は人買いなどに、『疾病太郎』といった勇者は権威が通用しない他所者を意味していたのではないかとも考えることが出来そうだ。

 何故冒頭でこのような話をしたかというと、芸能界でもこの図式はピタリ当てはまるからである。俗に、黒い洗礼などと呼ばれていたりするのは余談。
 テレビやラジオといった各メディアを見聞きしていて、『どうしてこの番組にこの芸能人が?』と思った諸兄諸姉は居ないだろうか。恐らく大半はそう思った経験があるに違いない。
 もちろん当人に秘めた実力があると思われているから出演しているのかもしれないが、『生贄』を出すことによってプロダクションが出演枠を手に入れたケースがあることを筆者は耳にしている。
 『生贄』となった者の中には、堪え切れず自ら生命を絶つ者も居る。名前を明かすことは出来ないが、例えばビルから飛び降りた某人気アイドル、自宅で首を縊った某若手俳優……などのように。
 ここに芸能界の理屈が見え隠れする。売れるには仕方がない、上に行くには仕方がない、と。
 先程の図式を芸能界風に言い換えるなら、『生贄』はタレントに、『狒々』はプロダクション・プロデューサー・政治家などとなるだろう。ただ『疾病太郎』だけは、変わらない。『狒々』の脅威・権威が通用しない他所者だ。
 では、芸能界においても『疾病太郎』は現れるのか? 実は……。
 ……と、ここで誌面が尽きたようなので、その話についてはまた機会を改めて。
 それでは諸兄諸姉、請うご期待――。

●チェック終了
「……何だか、少し講談が混じってないかい?」
 リライトされた原稿を一通り読み終え、サイデルが感想を口にした。
「あいやいやいやいや。私、そういうの好きなんですよ〜」
 編集部員は頭をぼりぼりと掻きながら言った。
「ま、悪くないさね。これ読んで、あたしたぁほとんどの連中は思わないだろうさ」
 原稿をテーブルに置くサイデル。とりあえず、内容には満足しているようである。
「そうそうそう、サイデルさん。一応1回目にしてますけど、2回目の原稿は……?」
「反応次第……気が向いたらだねえ」
 編集部員の問いかけに、サイデルはしれっと言い放った。
「……読者が誰も興味なきゃ、続きを書いても無駄ってもんさ。暖簾に腕押し、糠に釘ってよく言うだろう?」
 ニヤリと笑みを浮かべるサイデル。
「そりゃそうですけど……。けど、一応は用意しておいてくださいよっ!」
「分かってるよ。ちゃんと用意はしてあるんだからねえ」
 そう言ってサイデルは、とんとんと自らのこめかみを指先で突いた。

【了】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
高原恵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月10日

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