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『嫉妬の海を泳いで 』
海原・みその1388)&海原・みなも(1252)

 泳いでいたのはいつもわたくしの方。
 流れに身を任せていると沈んでしまう。
(ライヴァルはあまりにも多い)
 ですからわたくしは、いつも泳いでおりました。
 岸で待つあの方を目指して。
 いつかあの方も同じように、わたくしを目指してくれることを。
(祈りながら)



 わたくしは最近、あの方の前でよく妹であるみなもの話をするようになりました。それはみなもの経験する事件がとても面白いことばかりだということもありましたが、何よりも。
(わたくしがあの方を)
 信じ始めたから。
 わたくしを愛して下さるあの方を、信じ始めたからでした。
 以前までは、わたくしはあの方の前でみなもの話をしようとしませんでした。それは過去の例もありますし、何よりもわたくしが嫌だったからです。
(でも――今は違う)
 わたくしがみなもの話ばかりしていると、あの方は機嫌が悪いように話をそらそうとします。受け答えも素っ気ないのです。
(ああ……)
 わたくしはやっと、わたくしのために泳いでいただけたのだと感動しました。
 それがたとえ、隣の子供におもちゃを盗られてしまったといったような、些細な心境でも構わないのです。
 わたくしにとってそれは、奇跡のようなことなのですから。
(可愛い人――)
 その反応があんまり嬉しかったので、わたくしはつい調子に乗って、みなもの話題を話し続けてしまいました。するとあの方は、唐突にこう仰ったのです。
 ”みなもを殺してくれ”――と。
 さすがのわたくしもそれには驚きました。駄々をこねているのでしょうか?
 それでもあの方の命令であれば従わないわけにはいかないので、わたくしは適当な理由をつけてみなもを呼び出しました。
「――みそのお姉さま?」
「こっちですわ、みなも」
 何も知らずにやってきたみなもを、混沌の部屋へと入れました。
 ”混沌の部屋”――そこは混沌の住む部屋。混沌に犯される部屋なのです。
 不安そうなみなもを独り残して、わたくしは部屋を出ました。そしてドアの隙間から、こっそり覗き見をします。
 みなもははじめキョロキョロと部屋の中を見回していましたが、何もないとわかるとちょこんとその場に座り込みました。
(――そう)
 みなもにはそれが見えないのです。”巫女”ではないのですから、それは当然のことなのかもしれません。そしてある意味、幸せなことでしょう。
(あなたの魂は、これからその混沌に喰べられてしまうのよ)
 薄い笑みを浮かべながら、わたくしはその時を楽しみに待ちました。
 ……わたくしは、とうに狂っていたのです。
(あの方を手に入れた)
 手にしたのだと、感じた時から。
 堕ちて狂ってしまったのです。
 けれどそれを、後悔はしていませんでした。
 ずっと望んでいたことなのですから。
「きゃぁぁぁあああああ――」
 やがて水の中に、みなもの叫び声が響き渡りました。これであの方も満足して下さるでしょう。
 そう思って、みなもの身体だけを抱いてあの方のもとへと戻ると、今度は”その身体も”と仰いました。
 どうやらわたくしが抱いて戻ったことがいけなかったようです。
 わたくしは少しだけ迷いましたが、やはり言うとおりにしようと思いました。
(今のわたくしには)
 妹よりもあの方の方が大事なのですから。
 わたくしはみなもの身体を時の部屋に移して、今度は自分自身の手で、その身体を消すことにしました。
(”もの”の流れを、操ることのできるわたくし)
 水に始まり、風や大陸対流、龍脈や気、エネルギーや魔力――果ては、時間。
 わたくしは時間の流れをもって、みなもの身体を風化させたのでした。
 少しずつ少しずつ、砂のように崩れてゆくみなもの身体。その表情が、可愛くてたまりません。
(あなたはずっと、わたくしの妹よ)
 そう思いながら、その手を休めませんでした。
 そうして”みなも”というものがすべて消えた後、あの方のもとへ戻ったわたくし。
 満足したあの方は機嫌を直されて、その夜の蜜はいつもよりも甘く深いものになりました。
(強く)
 愛して下さったのです。
 わたくしは満足でした。
 この手でみなもを葬り去ったことですら、どうでもよくなるほど。
 この味をずっとわたくしのものにしておけるのなら、何をしても構いません。
(何を乞われても、構わないのです)
 しかしその後、あの方は気恥ずかしかったのか、みなもを戻して下さいました。もちろん”殺された”という記憶をなくして。
(狂ったわたくしでも)
 やはりそれは、嬉しかったのです。
 こういう方だから、わたくしは愛したのだと。この方のために狂ったのだと、誇りに思いました。
 身体と魂を取り戻したみなもは、不思議そうにわたくしを見上げました。
(そういえば)
 わたくしはまだ、みなもに呼んだ用件を告げていなかったのでした。まさか殺すためだったとは言い出せませんし。
(――仕方ありませんわね)
 そこでわたくしは、まだあの方との余韻の残る火照った身体で、みなもと百合ごっこをしてごまかすことにしました。それにはもちろん、もう少しだけ、あの方をからかう意味も含まれております。
 新しく生まれたばかりのみなもの身体は敏感で、わたくしがほんの少し突付いただけでもそそるような声をあげました。わたくしはみなもの手をとって、わたくしの――
(これ以上は)
 あの方を本気で怒らせてしまうかもしれません。わたくしはある程度百合ごっこを楽しんでから、みなもを陸(おか)の上へと返しました。
「また遊びましょうね?」
 にこりと微笑むと、みなもは顔を真っ赤にしながら、それでも頷いてくれました。
 その次の夜は――再びわたくしを、大いに満足させるものとなりました。



 嫉妬の海を泳いで。
 泳いで。
 泳いで。
 たどり着いたのは、狂気の岸辺。
 わたくしはここで、あの方を待っているのです。
 あの方がこの海を、泳いでやってくるのを――。





(終)
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東京怪談
2003年11月07日

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