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『 愛を花束に寄せて 』
神坐生・守矢0564

「守矢兄、私……好きな人が出来たの」
 彼女の口から紡ぎ出される言葉に、神坐生・守矢(かんざき・もりや)は息を飲み込んだ。いつも傍に寄り添い、さりげなく守ってあげていた彼女。最初は妹を見守るような気持ちだったが、徐々に生涯を共に生きていたいと認識しはじめていた相手だっただけに、彼女の言葉は守矢にとって、地に叩き付けられたような痛みが貫かれる痛みだった。
「……そう、おめでとうございます」
 心の中とは裏腹に守矢は精いっぱいの微笑みで彼女を祝福する。相手がどうであれ、彼女が選んだ相手だ……幸せになって欲しい。
「でも、守矢兄はずっと大切なお兄さんだから、これからもよろしくね」
 無邪気な笑みで彼女は言う。まぶしいぐらいの笑顔に、今すぐ心の中にある想いを吐き出したい。そんな衝動に守矢はかられた。
「……これはボクからのお祝いです。彼にもよろしくと伝えておいてくださいね」
 守矢は店内の花を簡単に花束してまとめた。その中に1本だけ忘れな草を添えて。
「ありがとう! うわぁ……とっても綺麗……」
「今度のクリスマスには一番のクリスマスローズを用意しておきますね。プレゼントに添えればきっと、彼も喜ぶと思いますよ」
「うん、楽しみにしてるねっ」
 彼女はいつまでこんな風に自分に声をかけてくれるのだろうか。一瞬そんな不安がよぎったが、彼女には悟られるまいといつもどおりの笑顔を返し……角の向こうに消えて行くまでそっと彼女を見送っていた。
 
 それからしばらくしてのことだ。いつものように開店準備の作業をしていたとき、守矢はふと小さな置物を見つけた。小さなアネモネの花をかたどった小物入れだ。淡く桃色に染められ、前まで入っていたのだろう、バラのポプリの香りがまだほんのりと染み付いていた。
 それは昔、彼女から誕生日祝いに送られた品だった。花屋である自分にふさわしかろうと花の小物入れを選んでくれたのだろう……アネモネの花言葉は「貴方を愛する」……果たしてそこまで深く読んでいたのかは今では尋ねることも出来ないのだが、守矢は贈ってくれた誕生日への祝福と日頃の感謝の気持ちだけでも十分嬉しかったのを覚えている。
 先日の事もあり、忘れかけていた存在を懐かしむように、しばし作業の手を休めてその小物に魅入っていた。時を知らせる時計の音がなければ、もしかするとそのまま眺めていたかもしれない。
「……そういえば、たしかあれがまだあったはずですね……」
 守矢は贈呈用のラッピングがまとめられている棚の中を漁った。棚の隅に眠っていた香りつきの不職布を細長く切り、花の形を作り出す。それを小物入れにそっと入れてレジを上にさり気なく飾った。
「折角の贈り物ですし、やはり人目に付く場所にあった方が良いですからね」
 すっと視線を時計に移す。気付けばもうすぐ開店時間だ。急いで準備をしなくては間に合わない。守矢は素早く残りの作業に取りかかった。
 
「あ……これ……」
 飾られた小物をみつけ、彼女は喜びの声をあげた。
「ちゃんとつかってくれてたんだ、よかったぁ……!」
「せっかく贈って下さったものだし、使わないとその子も寂しがるでしょうね」
「ね、守矢兄……これ造花? なんかすごく甘い香りがするよ」
「ああ、それはバニラの香りですよ。丁度、香り付きのラッピング紙があまっていたので飾ってみたんですが丁度よいでしょう?」
「こういう使い方もあるんだね……じゃあ、今度からは花束のラッピングにこういうのくっつけてね。香りは……そうね、ラベンダーとかカモミールとかお花の香りのするやつでお願いしたいな」
「分かりました。今日は……どんなお花をお探しですか?」
「うんと……明日、お友達の誕生日があるの。どんなのがいいかな?」
 少女はきょろきょろ花達を見回す。守矢は相手の趣味や予算を聞き、最適な花束を作り上げてやった。早速花束の手元にさり気なく、先程話題にしていた花の形をした不職布を付け加える。
「かすみ草はつけますか?」
「うーん……欲しいけど、高いんだよね。かすみ草」
「いつも買ってくれていますし、サービスでおつけしますね」
 そういって守矢は青い色をつけたかすみ草を追加で花束の中にくわえる。黄色と白の清楚な雰囲気だった花束にぱっと華やかさが加わった。
「有難う! やっぱ守矢兄って優しいよね。私、守矢兄を信じているから!」
 優しくする度に返される感謝の言葉。彼がいるという宣言を告げられた当初は、その言葉を聞く度に胸の奥がぎりりと痛んだが、今はずいぶんと冷静に受け止められるようになっていた。
「ね……守矢兄」
「なんですか?」
「あのね、私……守矢兄のこと大好きだから。あの人とはちょっと違う好きなんだけど……でも、ずっとずっと仲良くしていたいの。守矢兄は大切な私のお兄さんなの……いいよね? そういうの」
「……」
 じっと見つめる少女に守矢は穏やかな微笑みを少女に向ける。
「ええ、勿論ですよ。ボクにとっても……大切な『妹』なんですから」
 たとえ血縁関係でなくても兄妹という立場は存在する。お互いを信頼し、助け合う。そんな存在であればいい……守矢は心にそう思いながら、彼女に語りかける。彼女が理解できなくてもいい、せめて自分自身に言い聞かせよう、と。
「守矢兄……」
「これからも私の大切な妹でいてくださいね……」
 守矢は愛情と父性の意味をこめて、そっと一度だけ彼女の額に唇を触れさせた。
 
 文章執筆:谷口舞
PCシチュエーションノベル(シングル) -
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東京怪談
2003年11月06日

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