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『現の夢 』
伍宮・春華1892)&天波・慎霰(1928)

 夢は現、現は夢と。
 誰が言ったか。
 触れている感触でさえ曖昧な境界となる、この――世界で。

「春華、後ろへ回り込め、その隙を見て俺が攻撃する!」
 草間興信所での依頼。伍宮春華は天波慎霰と共に他のメンバーよりも先にとある場所へたどり着いていた。
東京の夜よりも薄暗い空間は廃墟となったビルが辺りにある所為なのか、はたまた敵が「夢魔」であるからなのか、人の目ではお互いの声を確認できるのがやっとなほど。
春華は、先ほど言葉をかけた慎霰の言葉に頷くと敵の背後へ回り込むべく動き出し、慎霰もまた挟み込もうと動く。
だが。
追い詰められた敵は想像以上の能力を発揮し……音もなく背後へ近づいた春華の、何かを掴んだ。
「―――ッ!?」
 声にならない声が春華の口から漏れ、倒れる。
(―――ミツケタ)
 夢魔の声が頭の中で、春華の思考をかき乱してゆく。
 嫌われたくはないと思い、日々を過ごす「学生」の生活。何処かにぽっかりと穴があいた、春華自身気付かぬ心の空虚さを―――夢魔は見つけたのだ。
(コレハオオイニタベラレル……)
 舌なめずりするような声に抗うことも出来ぬまま、春華は意識を手放し、近くにいた慎霰もまた、その攻撃を間接的に受け春華の夢へと、堕ちる。
「春華? おい、春華っ」
呼ぶ声すら、春華には届かないのか。先ほどの場所よりも一層暗い光さえ射さぬ場所に――慎霰は置かれた。
 そして春華は――夢を見る。
遠い、遠い、日々の夢を。振り返っても届きはしない、日々を。


+++


 時は平安。
全てが緩やかで、人は一日を過ごすのに懸命で何もかもが己の力で動いていた、時代。
誰も居なかった。春華は春華であったけれど、それ以上でもそれ以下でもなく、またそれ以外でもなかった。
『あそこの社は鬼が棲む』
 そう、言われた自分が住んでいた社。
自分とは違う人々が不思議で仕方がなかった頃。

(何で、皆すぐ消えてしまうのだろう)

 人の「生」が春華とは違い短すぎることに納得できず。

(何で、俺は一人なのだろう)

 『同族』すら探せずに、同じ場所にいた人の生が眠る瞬く夢のような――日々。
嫌われたくはない、一人にはなりたくない。誰かと、一緒に――けれど。
『誰か』とは、『誰』なのだろう? ………つまりはそれは。

(……考えたくない……)

 夢の中、春華は再び瞳を閉ざす。
振り返りたくない、孤独の日々。それらを教えた人々の存在を。好かれたいと願った自分自身にさえ。

――ぴちゃり、と。

まるで何かを舐めとるような音が記憶の中で、聞こえた。


+++


(……やばいな……)

 暗闇が一層、強くなったと。慎霰は辺りを見渡しているときに気付いた。
此処は、春華の夢の淵。決して春華自身では覗けない、世界であり――そして。
慎霰が攻撃できない世界でもある。
春華が、起きてくれるのならこの淵ごと、いっそ。

 ……シャクシャク、シャクシャク。

淵の内部から林檎か何かを齧っているような音が。絶え間なく、響く。

「…頼むから、とっとと起きてくれよ春華……」

 俺は居るから、此処に。この場所に。


+++

 夢は廻る。
懐かしい馨りの世界から、現代へ。

そこには、いつものように微笑う自分が居る。
けれど、気を緩めてはいけないといつも自分自身に足枷をはめているのだが。
決して何にも残りはしない、自分。声さえも、姿さえ。

『あれ、伍宮と一緒に写真撮ったはずなのに……』
『また隠れちまったのか? あいつ隠れるの上手いよな……いつだったか、こっそり写真撮ろうとして』
『うん?』
『何時の間にか、消えちまってんの。伍宮……』
『うわ、怖っ! そーだ、話変わるけどさ今週の……』

 クラスメイトたちの話す声。隠れる、消える。それでごまかされてくれるうちは、まだいい。
問題はその後だ。
自分たちとは「違う」と気付いた後の彼等の顔。
畏怖か、もしくは嘲りか? それを想像するのは、怖い――でも。

(多数の誰かと一緒に居なきゃ、俺は寂しくて)

誰かが居ないと寂しいんだ。
「待つ」事を前提に置いていかれるのは怖いことを考えてしまう。
誰も、戻って来はしない。
誰も俺を必要としない、誰も。

――誰も?


(……考えたくないのに、どうして)

考えてしまう?

何故、こんなに。
「人」ですらない身でさえも。
――寂しさを感じるのだろう。
いいや、「独り」だから尚更に「孤独」を感じるのか。

いつまでも、独り、だから?
なら、独りでなければ寂しさを、感じない?


(――違う………)


 何処かで自分自身を呼ぶ声がする。
懐かしいような、不思議な声。
……誰だった?
括れないほどに大きな、存在だった様な気がするから。

 
夢は幾度も、巡る。
 春華と、慎霰の周りを走馬灯の様に、消え行く鬼火のように速く。


+++


 逢ったのは、つい最近。
初めて、だと目の前に居る天狗の装束を着た春華は自分へと告げてくれた。
初めて、自分と同じ種族を見たと。

瞬間。

慎霰は、不意に自分よりも遥か年上であろう人物の頭を撫でていた。
どうしてかは、慎霰自身にも解らない。
けれど。
戸惑うように笑顔を見せた春華の表情が忘れられなくて、ただ撫で続けて。

『何処にも、行かない』

 同族を見て嬉しいと告げてくれるのなら、いつでも呼んでくれさえすれば。
此処に、居るから。
近くに、ずっと近くに。


+++


 そして夢は、本当の「今」へと辿りつく。
不安で不安で、どうしようもない日々から忘れている日々へ。

「だいじょーぶ、俺が居るから楽勝で事件は片付くって!」
「だから、お前のその自信はどっから来るんだっての」
「それは俺が春華と同じ天狗だから!」

 ふふん、と。まるで見下すように天狗そのものの笑みを浮かべる慎霰に対し春華もいつしか笑っていた。
自信家で、こうと決めたら梃子でも動かなくて強情。
だが、それが嫌な感じに見えるのではなくて逆に良い方に見えていて。

「仕方ないな……んじゃ、付き合ってやるよ。楽勝、なんだろ?」
「おっし! 決定! じゃ、とっとと行ってさっさと片付けてバイト代たんまり貰おうな!」

 そうだ、そんな風に言って此処に来たんだ。
慎霰と一緒に。

(……慎霰は……何処だ……?)

夢から現実へと辿る道を、漸く認識し我へと帰る。
暗くて、ただ黒い闇の中を春華は見渡す。
…自分以外、誰も見えない。

何処に居る?

たった一人、同じ。
『誰か』と言う『不特定多数』ではない、存在。


「何処だ、慎霰!」

 声の限りに叫ぶ。

――すると。

 音を立てて世界が割れる……いや、割れたように見えただけかもしれないが…そこに、探していた人物は居た。
何処か憮然とした表情で、こちらを見ながら。
そんな表情の慎霰が開口一番に発した言葉は。

「おっせーんだよ、呼ぶのが!」

 と言うものだったけれど。
知らず、春華の口に苦笑が浮かぶ。

「仕方ないだろ、あんな風に急にとっつかまったら誰だって……」
「いーや! 春華ならすぐに出れたはずだっ」
「んな無茶な事言うなって……」
「無茶も案山子もへったくれもないっての。おら、目を醒ませ。春華を放ったまま俺だって起きれないんだからな」
「それも、そうだな…じゃあ、また現実で」
「おう。また、向こうでな」


 笑いあいながら夢の淵にたつ自分たちを認識しつつ、本当の意味で瞳を開け辺りを見渡す。
色々な夢を見ていた所為か頭が、重い。
だが確かに。
窓からビルが立ち並ぶ風景。
自分たちが確かに来ていた筈の廃ビルの中の室内。
部屋の片隅には、どう逃げるか思案しているかのような夢魔の影と――そして慎霰が、居た。

(……帰って来れたか……)

 春華は立ち上がり、すぐ近くに居た慎霰と目をあわす。
もう二度と、失敗は出来ない。
――いいや、夢に囚われる事がないようにしなければ。
けれど慎霰は「心配すんなって!」と言うような笑みを浮かべ――。
 何のためらいもなく小太刀二刀を手の数珠から出現させると、夢魔へと斬りつけた。
天狗火が室内に鮮やかな光となって、舞う。
それを合図とするように春華は背から翼を出し、痛みに震える夢魔へ幾つもの羽根を打ち込んでゆく。

羽根は、硬質な刃へと転じ夢魔の命を奪う。
声なき叫びを夢魔は上げ――綺麗な黒い宝珠が床へと乾いた音を立てて、落ちた。
慎霰は満面の笑みを浮かべ、その黒い宝珠を手に取ると、数珠へと封じ込める。

「おし、完了! あんまり天狗なめてっと痛い目見るぜって言うことで♪」
「なあ…慎霰、先にやるってのはずるいんじゃないか…?」
「春華、こりゃ俺の優しさだぜ? 止めは春華にやらせた方が良いだろうと思ってさー。何と言っても夢魔に色々喰われかけてたしさ」
「……何か、凄く含みを感じる…ってーか、俺って一体なんだ? 何か、色々と損してないか?」
 真顔で春華は慎霰へ問い掛ける。
だが、慎霰はただ笑うのみ。
「さーてねっ。んじゃ、俺は今から草間興信所に依頼の結果報告だけして帰るとしますか」
「おい、待て慎霰! 興信所へは俺も報告に行くんだからな?!」

 夜の闇の中、駆け出すふたり。
慎霰を追いかけながら春華は一度だけ廃ビルを振り返る。

(凄く、怖いと思ったんだ――夢が)

 誰も居ないんじゃないかって、一瞬考えてしまっていた時には。
だけど。
もう二度とそんな風には考えない。

孤独は決して拭えはしない。
だがその孤独と寂しさを埋めてくれる存在が居る、それだけで癒される。

現の夢。

今ある日々がこのまま続けば良いようにと願う――それは果てない夢の日々。


―End―
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
秋月 奏 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月06日

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