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『願いと想いと…… 』
黒葉・闇壱1764)&真迫・奏子(1650)

「ふ〜む、困ったでやんすね……」
 薄暗い屋内の一室、目の前に置かれた箱を前にして、黒葉 闇壱は一人呟く。何時もの和装に伊達眼鏡を掛けた表情が困惑の彩りを表していた。
「何かがありそうなんでやんすけど、あちきには分からないでやんすよ……」
 闇壱を困らせている原因は、目の前の箱の中身にあるらしく腕組みしたままその箱を見詰め続けている。箱の表に書かれた記載によると、三味である事は見て取れるのだが、何がどうなのかはまるで判らない。長年、この仕事をやって来た闇壱が感じる物であるのだろう事は確かなようである。
 この品物を手に入れたのはつい先日の事、たまたま仕入れた物の中にこれが有っただけの話だ。だが、そこから感じる違和感と言うか微妙な気配が、闇壱を悩ませている原因であった。
「しょうがないでやんすね。ちょっとあそこに持っていってみやしょ」
 そう呟くと、闇壱は立ち上がり箱を抱えて、店を後にするのだった。

 時刻は夜。浅草にある置屋『柚木』に闇壱の姿があった。夕刻過ぎて出て来たのだから、辺りが闇に包まれるには十分な時間ではあるが、それにしても時間が掛かりすぎた感じはする。
「すっかり遅くなってしまったでやんす……これだから電車は嫌いなんでやんすよ……」
 口元に涎の跡があるのを気付いてない闇壱は、遅れたのを電車の所為にした様だ。
「ごめん下さい〜ちょっと良いですか?」
 声を掛けながら戸を開き中へと入る。中からは、一人の和装の女性が現れた。
「はい?どちらさんですか?」
「あちき、黒葉 闇壱と言う者でやんすけど、こちらに真迫 奏子さんが居られると思うんでやんすが……」
「ああ、彼女でしたらもう芸妓のお座敷に出かけてますよ」
 答えを聞いて、しまったと言う顔をした闇壱に女性は続けて言う。
「火急の用事でしたら、お座敷の場所お教えしますけど?」
 闇壱は一瞬悩んだ後、頷いた。

 浅草にあるとある料亭の前に、闇壱の姿がある。
「ここでやんすか……大丈夫でやんすかね〜……取り敢えず、行ってみやしょ」
 不安と期待を呟きながら、闇壱は料亭の中へと歩を進めた。四季折々の景観を醸し出す為の庭が、ライトアップされて綺麗に夜の闇に映えている。赤く染まった紅葉の葉の美しさに目を奪われながらも、闇壱は入り口へと辿り着くと、戸を開き中に入る。
「いらっしゃいませ」
 間髪入れずにやって来た挨拶に戸惑う闇壱に、笑顔を向ける女中。一瞬の間が、二人の間に流れる。
「お客様?」
「あっすいやせん。あちきは客として来たんじゃないんでやんすよ。ちょっと御人を呼んで欲しいんでやんすが、構いやせんか?」
「構いませんが、どちら様を御呼び致せば宜しいでしょうか?」
 態度は変えぬ女中に感心しながら、闇壱は告げる。
「置屋『柚木』からの芸妓、藤華さんをお願いするでやんす」
「畏まりました、少々お待ち下さい」
 笑顔を残し、女中は奥へと消える。残された闇壱は、抱えた箱を敷居に乗せ待っていた。目の端に、値打ち物と思える磁器を発見しそれをしげしげと眺めている。
「あら?闇壱さんじゃない?どうしたのよ?」
 お座敷用の艶やかな着物と、結い上げられた髪に白粉……何時も見ている真迫と違う風貌に、一瞬闇壱は見惚れる。だが、それも一瞬の事で闇壱は口を開く。
「あっいえ、ちょっとお頼みしたい事がありやしてね」
「今なの?冗談じゃないわよ?私が今何してるか知らない訳じゃないんでしょ?」
 真迫の表情が険しくなる。
「分かってやすよ。でも、どうしても見て欲しいでやんすよ」
 そう言うと、箱を開け始める闇壱。その様を見て、真迫は呆れ言い放つ。
「闇壱さん、どういう事情がおありか知らないけれど、仕事の邪魔はしないで」
 踵を返すと真迫は溜息をつきながら去って行こうとした。その時……
 ベン!
 三味の音が廊下に響き渡り、真迫は振り返る。闇壱の手には立派な三味線が握られていた。
「これを弾いて欲しいでやんすよ。何か言いたげな雰囲気が有るもんでやんすから、弾けば何か分かると思でやんす。お座敷でも結構でやんす、どうか頼むでやんす」
 頭を下げ、手に持つ三味線を差し出す闇壱を真迫は静かに見詰め、ふぅと、溜息一つ……
「分かったわ……頭をお上げなさいな」
 頭を上げた闇壱を、苦笑いを浮かべた真迫が見詰めていた。

「おお!戻ったか!ん?何だその三味線は?」
 座敷に戻った真迫は、闇壱から受け取った三味線を抱えていた。その場に座ると、三味を脇に置き座敷にいる一同に向かい頭を下げる。
「座を離れて申し訳ありませんでした。少々、特別な三味を頼んで居りまして、今しがた来た次第です。お許しと有れば、今より一席弾かせて頂きたく思いますが、如何な物でしょうか?」
「おう!是非とも、その音聞かせてくれ!」
 言葉を受けて、真迫は頭を上げると笑顔と共に頷き準備をする。調律をし、音を確かめる真迫だったが、闇壱が言う事が少し分かった。音が、それを教えてくれた。
「では、暫し御清聴下さいませ。これから、弾き語るは悲恋の物語……」
 ベン!ベベン……
 静かに始まる三味の音色が、未だざわめいた室内を静寂に変える。そんな中、朗々と真迫の声が響き始めた。
「時の〜過ぎ去りし夢の如くは〜泡沫の想いも消し去る程に〜」
 真迫が唄う詩は、遂げる事の出来なかった想いの詩……響く音から感じた想いを代弁するかの様に、真迫は唄った。激しくも、悲しく響くその音に、席からは涙する者の姿もある。そしてまた、闇壱もその音を聞いて涙を流した。
「そうでやんしたか……そう言う事だったでやんしたか……」
 静かに呟いた闇壱の呟きと同時に、真迫の演奏が終る。三味を置き、一礼をする真迫には拍手と喝采、そして……一人の遊女の涙と笑みを湛えた一礼が贈られた……

「これで良かったかしら?」
 全てが終って置屋『柚木』、真迫は闇壱に三味線を返す。先程までしていたあの未練を湛えた音ではなく、澄んだ音色になった三味線をだ。
「ありがとうでやんした。何とかしてやりたかったでやんすからね」
 微笑みながら三味線を受け取ると、闇壱は静かに箱の中に納める。
「別に良いけれど、今後はこう言う事……ちゃんとお昼までにしてね?次お座敷の最中だったら、やりませんからね」
 少しきつめに闇壱を睨む。
「申し訳なかったでやんすね〜。では、これから食事でもどうでやんす?お詫びに奢るでやんすよ?」
 そんな真迫に未だ微笑んだままの顔を見せる。その表情を見ると、真迫の表情もまた緩む。
「そうね。じゃあ、行きましょうか。闇壱さんの奢りで」
 微笑む真迫に、闇壱は頷くと歩き出す。語らいながら歩く道程は、秋の色を魅せると共に静かな夜を彩っていた……




PCシチュエーションノベル(ツイン) -
凪蒼真 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月04日

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