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『散歩道の果て 』
観巫和・あげは2129

11月4日。
観巫和あげはは草間興信所の前に立っていた。
初めてここを訪れたのは10月31日。折しもハロウィンパーティーの当日。
依頼そっちのけで事件に巻き込まれ、何故かその後開催されたパーティーにまで参加して、ふと気が付けば今日に至る。
うっかり忘れかけていたが、あげはは行方不明の愛犬を探して貰わなければならないのだ。
ハロウィンの日で、愛犬が行方不明になって3日。それから4日も過ぎてしまった今日で1週間になる。
今日こそは探して貰わなければ。
あげはは閉ざされた扉を3度、ノックする。
と、中からややくぐもった返事。
この興信所の所長、草間武彦。
「あのう、お願いしたい事があるのですが……」
と言うと、草間は顔を上げてこちらを見る。
「ああ、君か。確か犬を探して欲しいとか言ってた」
どうやら覚えていてくれたらしい。
どうぞ、とあげはにソファを勧めながら、何故か草間はキョロキョロと辺りを見回し、別室に続く扉を開けて中を確認する。
あげはを待たせたまま興信所内を隅々まで見回して、自分以外人っ子1人いないと分かると、草間はそっと舌を鳴らした。
それで、何故キョロキョロしていたのか、漸く納得が行った。
犬探しの依頼を、他の誰かに押しつけようとしたに違いない。
もしかして、ものすごーく怠惰な人なんだなぁ……と思うが、取り敢えずそれは口に出さないでおく。
ひたすら大人しくソファに腰掛けて待っていると、草間がコーヒーを手に戻ってきた。
「どうぞ。ええと、犬ですね、犬……」
犬の捜索がそんなに不満なのだろうか、犬、犬と呟く草間の視線は少々泳いでいる。
「さて。犬の名前は?いつ頃居なくなったと言っていたかな?」
草間の入れたコーヒーはやたら温かった。
が、文句も言わずそれを一口飲んで、あげはは口を開く。
「名前はクロと言いまして、中型の雑種です」
取り出した写真を1枚、差し出す。
半月ほど前に撮ったものだが、賢そうな顔を僅かに傾けてコチラをみている愛犬。
新しく付け替えた赤い首輪が可愛らしい。
「首輪や狭いところを抜ける特技を持っていて、どうしても逃げてしまうんです。大体1日〜半日で帰るので気にしなかったのですが、今回はもう、今日で7日になりますから……」
「長期間行方不明になるのは今回が初めて?」
「いえ、半年程前に1週間孵らない事がありました」
その時は焼き鳥をくわえて嬉しそうに帰宅したのだと言う事を、あげははつい昨日の事のように思い出した。
「そうですか、1週間ね……」
今回もまた、今日明日にでも帰ってくるのでは?と言いたげな草間。
そこであげはは2枚目の写真を差し出す。
川岸を撮った物……と、草間の目には映っているのだろう。
「これが?」
と首を傾げる。
それに答えず、あげはは3枚目の写真を机に置いた。
商店街だろうか、幾つもの店が建ち並ぶ通り。
続けて、4枚目も置く。
今度は灰色の塀と塀の隙間だ。
クロの写真を入れて次々並んだ4枚。
全く何の関連性もないようだが。
「………………」
暫し沈黙して、草間はポンと手を打つ。
「そうか、君は確か念写が出来るんじゃなかったか?」
気付くのが遅いと思いつつ、あげはは頷く。
「で、これは?」
そのあげはの前で、写真を指差す草間。
……たった今、あげはに念写の能力がある事を確かめたばかりなのだが。
「クロがおなくなってから、時間をズラして撮った写真です。撮った順に並べてあります」
言ってからあげはは5枚目と6枚目を差し出す。
再び川岸近くと思われる草村、そして、何も写っていない写真。
「最後がこれ、暗闇?」
「はい」
「つまり、どう言う事かな?」
「それを調べたらクロの居場所が分かるんじゃないでしょうか……?」
「成る程。犬が歩いた経路の写真か……」
……この草間と言う男。時々どうしようもなく惚けてしまうのか、それとも犬探しなどやる気がないのか。あげはは少々不安に思ってしまう。
「で、今念写するとどんな感じに?」
言われてあげははデジカメを取り出す。
「今、居場所を念じながら撮ると暗闇だったり薄明かりが差し込む場所だったりします。今朝は薄明かりが差し込んだ場所で、ここに来る前は暗闇でした」
「もう一度撮って貰えるかな」
頷いて、あげはは愛犬の居場所を念じながら額にデジカメを押し当ててシャッターを切る。
小さなモニターに映し出されたのは……。
「暗闇、ですね」
一寸の光も射さない暗い場所。
「それは、君の心の浮き沈みで左右されたりはしないのかな?」
つまり、あげはが不安に思うあまりきちんと念写出来ていないのではないかと問う草間。
あげははゆっくりと首を振った。
今までのところ、そんな経験はない。
「もしかしたら、どこかに嵌って動けなくなっているのかも……」
もしそうならば、早く助け出してあげなければ。
「しかしその犬は、首輪や狭い場所から抜けるのが得意なんdろう?嵌って動けなくなる可能性は低いんじゃないかな?」
第一、暗闇だったり薄明かりの指す場所だったりするのは多少なりとも移動している証拠だ。
「嵌っているんじゃなくて……何か理由があって行動範囲が限られていると言う事は考えられないかな」
確かに、そう言う可能性もある。しかし、写真に写らない以上あげはではどうしようもない。
「……まぁここでグズグズしていても仕方がない。写真を手がかりにして足取りを追ってみよう」
観念したのか、犬探しに多少興味が湧いてきたのか、漸く草間は立ち上がった。


クロの足取りを追う為に、あげはと草間はまずあげはの自宅に行った。
そこで地図を開き、写真に写った川岸……、河原と商店街らしい場所を探す。
河原と商店街。どちらもすぐに見つける事が出来た。
あげはの自宅から南に暫し行ったところに河原があり、そこから更に南下すると小さい商店街。
「塀と塀の隙間は取り敢えず保留だな。河原を見て、そこから商店街に行ってみよう。もしかしたら誰か見かけた人がいるかも知れない」
あげはの返事も聞かずに、草間は歩き出す。
河原で似た光景を探して2人は草村を南下する。
「あ、ここですね」
暫く行ったところで、あげはは足を止めた。
雨が少なく水は少ない。草村だけを見れば5m前後しても場所の判別がつかないが、写真に僅かに写った橋が見える場所だ。
サラサラと風が草を撫でる。
なかなか綺麗な場所だとあげはは思う。足元にゴミさえ落ちていなければ。
「この辺には隠れるところも嵌ってしまいそうな場所もありませんね。」
あげはの言葉に頷き、草間は再び歩き始めた。
「このまま川沿いから商店街に行ってみよう」
……その川沿いから、と言うのが問題だった。
何気なく進んでいたのだが、途中に道路に戻る道がなく、ひたすら背丈ほどもある草を掻き分けての前進。
小さな虫、枯れ草、朽ち果てたゴミ点…、そんなものが容赦なく2人の衣服を汚してしまう。
うっかり口を開くと口内に虫が入ってしまうので会話さえ出来ない。
しかも気が付けば商店街は川向こう。
橋がないので水の少ない岩場を選んで川を渡らなければならなかった。
漸く川を渡り、歩道まで上がった時にはもう2人ともよれよれ。
が、ここで帰ってしまう訳にはいかない。
精一杯汚れを払って、今度は商店街へ。


「あらまぁ、クロちゃんじゃないの!」
額の汗を拭いつつ、最初に尋ねた肉屋の店主が言った。
「え、うちのクロを知ってるんですか?」
あげはが驚いていると、店主が笑う。
「勝手にそう呼んでたのよぉ。時々うちの前を通るから、よく焼き鳥なんかやってたんだけどねぇ」
……どうやら半年前にここで焼き鳥を貰ったらしい。
つい最近見たのは何時かと尋ねると、4日程前だと言う。
何時も通り焼き鳥をやると、東の方に走って行ったのだと。
「東、ですか」
店を後にして、あげはと草間は地図を開く。
東へ行くと商店街から逸れる。そこから道沿いに真っ直ぐ進むと、河原に合流する。
「商店街の次は何が写っていたんだったかな?」
「塀と塀の隙間です」
そこで2人は溜息を付く。
「塀と塀なんて山ほどあるかなら。もう少し手がかりがないか、そうだ。もう一度念写してみたらどうだろう。焼き鳥を貰った後の行動が分からないかな。それから、現状が」
あげはは急いでデジカメを取り出す。
東に向かい、焼き鳥をくわえた愛犬の姿を思い浮かべながらシャッターを切る。
一度。続けてもう一度。
覗き込んでくる草間にモニターを見せる。
「何だ……?また河原か?」
「それに、暗闇ですね」
再び河原に戻ったかのような生い茂る草。そして6枚目と同じ真っ暗な場所。
「兎に角、東へ向かって河原に入った事は間違いないようだな。それじゃ、河原に行ってみるか。そこでもう一度君に写真を撮って貰うとしよう」
言って、草間は歩き出す。
あげはは慌ててその後を追った。


北から南に向かって流れる川に、西からの流れが交わる。
その合流点に立って、草間とあげはは周辺を見回した。
「この辺りにいるんでしょうか、それともまた他のところに行ったのでしょうか」
あげはの自宅からここまでなかなかの距離だ。
犬と言う動物はこんなにも遠くまで出歩くものなのだろうか。
考えながら、あげはは2度シャッターを切る。
そして、あ、と小さな声を上げた。
「水路か?」
「それに、パイプ……」
1枚目に映ったのは草に囲まれたコンクリートの細い水路。そして2枚目はその水路から続く灰色のパイプだ。
「水路か……」
暫し考えて草間は河原を見渡す。
この辺りに水路なら沢山あるだろうが……。
「もしかすると、水路から出られなくなっているのかも」
「ああ、中を歩いている内に出口が分からなくなった可能性もある。最近は雨が少ないから良いが……」
もし雨が降って増水でもすれば、中で溺れてしまう。
雨が降らないにしても、4日もその中にいるのであれば、体力的にも随分消耗しているだろう。
早く探さなければ。
「俺はこの地点から川下に向かって探してみよう。君は川上へ」
何かあったら呼ぶようにと言って、草間は躊躇う事なく草の生い茂る河原へ入って行った。
あげはもそれに倣う。
大人ならば歩道からどうにか姿を確認出来るが、子供や小さな動物では見つけるのは困難だ。
この河原の水路の何処かに愛犬がいる。
もし怪我でもして動けなくなっていたら……。
考えるとだんだん不安になってしまう。
あげはは水路を探して必死になって草を掻き分けた。
そして30分後。
「おおい!」
と呼ぶ声に顔を上げると、草間がこちらに向かって手を振っているのが見えた。
「この辺りから鳴き声が聞こえるんだ!」
あげはは慌てて草間の元に走り寄る。
途中、足を取られて何度か転んだ。
「シッ。……聞こえるか?」
漸く辿り着いたあげはに黙るように促し、草間は水路に耳を澄ます。
「あ……!」
聞こえる。
クンクンとなく小さくか細い声が。
「クロ!」
真っ暗な水路に向かって呼びかける。
と、答えるように一声鳴いた。
思わず目に涙が浮かんだ。
生きている。
あげはは愛犬を呼び寄せようと何度か名前を呼んだ。
しかし、近寄ってくる気配がない。
「そこにパイプがあるだろう。あれを外せば中が見えると思うんだが」
と言っても、外すための工具がない。
それを取りに戻る時間も惜しい。
かと言って無理に外して壊してしまう訳にもいかず。
「仕方がない」
草間はジャケットを脱いであげはに渡し、腕まくりして足元の土を掘り返し始めた。
水路にはコンクリートの蓋が被せてある。
それを外せば犬を救い出す事が出来る。
素手で土を掘り返す草間。あげはも荷物を草の上に置いて手伝った。
爪の中にまで土が入り込み、ガラスの欠片で手を切り……、数分後、漸く周りの土を取り除く事が出来た。
水路とコンクリートの合間に指を入れて、草間が蓋を持ち上げる。
結構な重さだが、草間は両手両足を駆使してどうにかそれを横にずらす事に成功。
「クロっ!」
水気のない水路に光が射し込み、覗き込んだあげはの目に愛犬が映る。
「おいで、クロ」
呼ぶと、クロは立ち上がりふらふらとあげはの元に歩いてきた。
しかし、抱いて中から救い出そうとすると抵抗する。
「どうしたの?」
尋ねるあげはに、クロはクゥクゥと鳴いて水路の中に視線を戻す。
と、草間が中を覗き込み声を上げた。
「猫だ」
「え?」
「猫の子がいる」
小さな山の様な影。初めそれはゴミか何かだろうと思っていたのだが、よく見ると折り重なった子猫だった。
手を伸ばして、鷲掴みでそれを取る。
まだ目が開いて間もないような子猫が3匹。
「もしや、その犬はこいつ等を守っていたんじゃないのか?」
自分のジャケットに子猫をくるんで尋ねる草間。
「クロが、ですか……?」
見ると、クロが自分を見上げて申し訳なさそうな顔をしている。
「母猫が戻らなかったのか……、多分、事故か何かで死んでしまったんだろうな。それを見つけて、守っていたんだろう」
時折、犬が猫を育てると言う話もある。
豚が虎を育てる事だってあるのだから。
「クロ……」
しょんぼりした愛犬の頭を、あげはは撫でた。
「優しい良い子ね……」
草間のジャケットにくるまれてか細い声で鳴く子猫。
クロにも子猫にも、怪我をした様子はない。
ただ、兎に角空腹ではあるらしいが。
「お家に帰って、みなでご飯にしましょうね」
あげはは1週間振りに愛犬を抱きしめ、草間の腕の中の子猫に笑顔を向けた。
数日後。
草間興信所と甘味処【和】にこんな張り紙がされた。

『里親募集 猫の飼い主を捜しています』




end


PCシチュエーションノベル(シングル) -
佳楽季生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2003年11月04日

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